つなぎ止める首輪1
『ポリッシャー』と呼ばれる男は息を切らせて、白い少女スミナと、黒い少女ユキホの居る部屋へとやってきた。
「スミナさん! もう定期報告会始まっ――うわあ!」
ノックもせずに、ドアを開けて部屋に突入した男に、巨大な出刃包丁のような両手剣の刃が襲いかかった。それは首筋を切る直前で止まった。
「あら。女の子の部屋に、ノックも無しに入っちゃだめよ」
すでに黒衣を身を纏っていたユキホは、お化け包丁を背中に背負っている鞘にしまい、いつもの様に据わった目でニッコリと笑っていた。
「ン……」
彼女の傍らにあるベッドで、小さな寝息を立てて爆睡中のスミナが、寝返りを打った。
「ユキホさんまで何やってるんですか!」
「主人が動かないのに、勝手に動く忠犬なんていないもの」
自分の方を向いたスミナの顔を見て、ああ、かわいい……、とうっとりとした顔でつぶやく。
「ううん……、んだよ、うるせえな……」
スミナは身体の向きを俯せにし、マットレスに手をついて、腕立て伏せの要領で身を起こした。
「おはよう、スミちゃん」
「おう……。なんの騒ぎだ……」
ぺたん、と座り大きく伸びをして、それから大あくびをした。
「……ん? ……何部屋まで来てんだ、ポリバケツ」
「昨日言ったじゃないですか! 定期報告会始まってますよ!」
矢継ぎ早に大声でそう言って、あと、ポリバケツじゃありません! と付け加えた。
「あー、分かった、分かったから大声出すな」
片耳を塞いで顔をしかめ、スミナは迷惑そうにしていた。
「スミちゃんは私が連れて行くから、大会議室に行っててもらえる?」
「その言葉は信用できまああああ!?」
出て行こうとしない男に、ユキホは剣を抜いて最上段に振りかぶった。
「スミちゃんの着替えを見たいなんて、貴方は命知らずねえ」
「ヒィイイイイ!」
これ以上この場に居たら、(スミナの命令一つで)ミンチにされる、と思った男は、慌てふためいて腰が抜けたまま、廊下に飛び出した。
「えー、このように――」
広い縦長の大会議室の前にある壇上で、『社長』と呼ばれる『掃除屋』の経営者が、スクリーンに映るグラフをレーザーポインターで指しながら喋っている中、
「ユキ……、眠い」
「終わったら起こすわ」
最後尾に座る白いパーカーを着たスミナは、隣に座るユキホの腿の上に頭を乗せて、眠り始めた。
「かわいい……」
その寝顔を見ながら、ユキホはスミナの頭を撫でる。
「……」
その右隣にはかなり大柄の、変な色の迷彩色ジャケットを着た青年が座っていて、彼はガムを噛んでいる。そのまた隣には、茶色目の金髪を片方だけ縛り、それがカールしている少女が、つまらなそうにして座っていた。
その妙な四人の座る、椅子の列から一つ挟んで前には、先程の男を含む、『ポリッシャー』と呼ばれる人々が、八人ずつ三列程座っている。『ポリッシャー』は『プルーム』と呼称される、先程の四人が死体を片付けた後の処理をする人々の事を指す。
そこから二十列ほど、壇の十メートルぐらい前までは、『モップ部隊』と呼ばれる、仕上げおよび一般の掃除を請け負う人々が埋めていた。
「――であるからして――」
相変わらず多少間延びした声で喋る『社長』の話が続く。
「遅刻した上に、居眠りなんて良い度胸ね。スミナ」
暇を持て余したサイドテールの少女は、お構いなしに眠るスミナに絡みだした。
「……うるせえな。アタシは眠いんだよ」
むくり、と気怠そうに身を起こし、少女を見もせずに答えた。
「ちょっと! 先輩にその態度はないんじゃないの!」
すっくと立ち上がった少女は、背もたれに身を預けて、うとうとしているスミナに詰め寄ろうとした。
「スミちゃんに、貴女程度が近寄って良いとでも?」
少女の前に立ちふさがったユキホは、いつもより口の端を吊り上げながら、剣に手をかけつつ殺気を少女へと向ける。
「あーあ、まーた始まった……。いやー、どうもすいません、天谷さん」
「いやいや、お気遣いなく」
それを見つけた『社長』は、壇のすぐ前の役員席に座っている、太刀をはく背の低い女性を連れた青年に詫びてから、四人の周囲に居る従業員達を前の方に集める。
「……アイリを害するというのなら、殺す」
酷くざらついた低い声でそう言い、変な迷彩ジャケットの青年は、背中の鞘に収まるかなり大きな鉈を抜いた。それを見たユキホは剣を抜いて、臨戦態勢で構える。
広い会議室は、どちらかが動けば即座に、殺し合いが始まりそうな空気に支配される。
周囲がざわつく中、
「やめろバカ!」
「暴れたら嫌いになるわよ!」
良く通る二人の鋭い声が、ヒートアップしている二人に飛ぶ。
「スミちゃんがそう言うなら……」
「それはいやです」
二人はそれぞれそう言って、ほぼ同時に得物をしまい、自分の主の横に控えた。
「お前も、あんまりこいつを刺激しないでくれ」
「はあ? あんたの相棒が短気過ぎるからでしょう!」
「どっちが短気なんだか」
スミナは呆れ顔で、大あくびをする。
「何ですって!」
「アタシは嘘は言ってないつもりなんだが」
さらにヒートアップするアイリと、彼女をいなすスミナの元に、壇上から降りた怒り顔の『社長』がツカツカとやってきた。
「お前らもう帰っていいぞ!!」
騒ぎを起こす四人にしびれを切らした『社長』は、怒り顔で怒鳴った。
「いえ、そんな訳には!」
「じゃあ帰るわ。行くぞ、ユキ」
「ええ」
食い下がるアイリに対して、スミナはどこまでも興味なさそうに、足早に出口へと向かう。
「ちょっと! 逃げる気!?」
「……早く出て行かないと、八割弱ぐらい給料削るぞ」
「すいません、出て行きます」
スミナが消えた方に向かって叫んでいたアイリは、そのまま歩き出して二人の後を追うように歩きだした。青年は社長に一礼してから、アイリの後に続いて退散した。
会議室が静かになると、ぞろぞろと従業員達が元の席へと戻りだした。
「いつも、こんな感じで?」
天谷さん、と呼ばれた青年は、再び壇上に戻る『社長』にそう訊ねた。
「あ、はい……。見苦しい所をお見せして、申し訳ありません」
『社長』はものすごく低姿勢で頭を下げて、彼に詫びた。
「あんたのせいで怒られたじゃないの!」
「知るか」
スカスカの社員食堂で、締め出しを食らった四人は、遅めの朝食を摂っていた。といっても、ユキホはスミナにパンケーキを食べさせてあげ、青年はトーストにジャムをたっぷり載せてアイリに渡すなど、食べているのは実質、「二人の少女」だった。
「あほほは、へるほほろふぁらいふぇろ!(あそこは寝るところじゃないでしょ!)」
「れふいんらふぁら、ほうがらいらろ(眠いんだから、しょうがないだろ)」
口の中にものを入れたまま喋る二人に、
「口にものを入れたまま喋らないで下さい!」
「飯食うときぐらい仲良くしろよ」
若い白と黒コンビ担当の男と、迷彩服とサイドテールコンビ担当の中年の『ポリッシャー』がやってきて、二人はその様子を呆れて見ている。
「あぁん?」
「私に指図しないで!」
「ヒイッ!」
同時に白黒コンビ担当を睨み付ける、二人の息はぴったりだった。
「仲良しじゃねえか」
「なんでよ!」
アイリはニヤニヤ笑っている自分の担当に食ってかかり、
「ユキホ、落ち着け」
スミナは、ニタァ、と口の端を吊り上げたユキホをなだめた。
「こんなんで大丈夫なのか……」
「チームワークもクソも――、わああああ!」
白黒担当の目の前にあるテーブルに、フォークが突き刺さってしなった。
「すいませんね、手が滑ったのよ」
飛んできた方を見ると、ユキホがスミナの口の周りに付いた、ホイップクリームを拭いていた。
「嘘だっ!」
もーやだー、誰か代ってー、と白黒担当は、天井を仰いで嘆いた。
「一緒に仕事するとき、どうするつもりなんだ、お二人さん」
「どうせこいつと仕事する、なんてことは無いだろ」
「社長さんだって、私達の仲が悪いのは知ってるだろうし」
皿の横に置いてある、マグカップに入ったホットミルクを、二人はほぼ同時に飲んだ。
「まあ、チームワークは問題なさそうだな」
「わざわざ二人で同じものを――」
「いい加減、食事の邪魔をしないでもらえるかしら?」
「失せろ。アイリが不機嫌だ」
「ひっ……」
二人に殺気全開で睨まれた白黒担当は、失神してひっくり返った。
「おーい、誰かこいつを医務室持って行けー」
迷彩サイド担当近くにいた『モップ部隊』の数人が、すぐさま白黒担当を引きずっていった。
朝食を食べ終わった二人は、ゆっくりと立ち上がり、廊下に向かって歩き出した。
「さて、部屋に戻るぞ、ユキホ」
「早く来なさい」
二人がそれぞれ呼びかけると、すぐ前をユキホが、その後ろを迷彩の青年が陣形を組んで歩き始めた。
「なんでついてくるのよ」
「しょうがねえだろ。行き先が一緒なんだから」
「じゃあ、時間をずらすとかすれば良いじゃない!」
「文句言うならお前がそうしろよバカ」
「うぐっ。まあそうだけど……。ってバカってなによ!」
「なんでいちいち突っかかってくるんだ、お前は」
「あなたが気に食わないからよ!」
すぐにカッとなるアイリを、スミナはどこまでも気怠げにそれを捌く。
「アイリをお前呼ばわり――」
「スミちゃんが気に食わないなんて――」
ピタリと止まった護衛二人は、ぼそぼそ言いながら剣に手をかけた。
「すぐドンパチしようとするな! このバカ!」
「給料引かれるからそれはやめなさい!」
スミナはユキホの頭をひっぱたき、アイリは迷彩の青年の臀部に蹴りを入れた。
「あぁん……。もっと叩いて……」
「もう一度お願いします」
「……」
「……」
身をよじって悶えるユキホと、深々と礼をして懇願する青年に、なんかバカバカしくなって黙る二人。
「ふっかけといてアレだけど、不毛ね……」
「全くだ、疲れる……」
お互いの顔を見て、げんなりとため息を吐いていると、
「あ、いたいた。おーい、お二人さん」
事務方の男性が、曲がり角から顔を出して話かけた。
「なんだ?」
「?」
「今日の仕事は合同で行え、ってお達しですぜ」
「……。はあっ!?」
数秒の沈黙の後、顔を見合わせてから前を向き、二人は全く同じタイミングで叫んだ。
「はい、そんな不機嫌そうな顔しない!」
「なるに決まってるだろ! 寝ようとしてたのに!」
「そうよ! エステ行こうと思ってたのに!」
「うん、その個人的な理由は認められないね」
憤慨して詰め寄る二人を、『社長』はそうバッサリと切り捨てた。
「チッ」
「チッ」
「んん? 今の音は何かなぁ?」
口の端をヒクヒクさせながら、デカイ態度で座っている二人に訊ねる。
「アイツのガムだろ?」
「アレの舌打ちでしょ?」
「あ?」
「なによ?」
『社長』に向いていた二人の怒りが、今度はお互いの方に向いた。
「彼はそこまで態度悪くないわよ!」
「アイツは舌打ちなんかしねえよ!」
「私より背が低いくせに生意気なのよ!」
「高さより身体のバランスなんだよ!」
「何がバランスよ! 私の方が脚が長いわ!」
「うるせえまな板!」
「あんたもまな板でしょうが!」
勝手にしょうも無い罵り合いを始めた二人に、
「お前ら、給料減らすぞ」
イライラが最高潮に達した『社長』が、二人にぶちぎれた。
「すまん」
「それは勘弁してください」
それを聞いた二人は、あっさりと引き下がった。
「全く、どっちも大して変わらないだろうに」
「誰と誰がだゴラァ!」
「私の方が背も高いし脚も長いわ!」
余計な一言を言った『社長』に、再び二人の怒りの矛先が向く。
「スミちゃんはまだ伸びしろがあるわ。去年から2センチ伸びたもの」
「アイリも、1センチは伸びている」
二人の後ろで沈黙していた護衛二人が、メモ帳を片手にそう言った。
「え、なんで把握してるのよ?」
「お、それしか伸びてないのか」
アイリが動揺する一方、スミナは特になんということもない風にしている。
「脚の長さはアイリが長いが、胴はスミナ氏の方が短いようですね」
「胸はほんの少し、スミちゃんの方が大きいわね」
メモ帳を突き合わせ、主人のデータ比較をしている護衛コンビ。
「これでも似たり寄ったりと――」
「あー、わかったわかった。私が悪かったよ……」
面倒くさくなった『社長』はそう言って、少し薄くなりつつある頭を抑える。
「なんであの二人、把握しているのかしらね……?」
「ん? 別に普通だろ?」
「……」
なんの疑問も違和感も持っていないスミナに、アイリはドン引きした顔で彼女を見ていた。
「あんだよ?」
「あんたと居ると時々、『普通』が行方不明になるわ……」
「何言ってんだ。アタシ達はもう、『普通』もクソもねえ程狂ってるだろうが」
そういう彼女の赤い目には、全くと言って良いほど精気が無かった。
依頼内容は、今夜、ある組織同士の大きな抗争があるので、その際に出た『廃棄物』を速やかに随時処理して欲しいというものだった。
開始時間までまだ大分あるので、それまでは各自待機という指示が出た。
解散後、二人は自分の護衛と共に、自分の部屋へと帰っていった。
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