結ばれた綱

「ちょっと! いつまで寝てるのよ!」

 金髪を横で縛ってサイドテールにしている、碧眼の少女はそう言いながら、鉄製のドアを連打する。その後ろに、変な迷彩色の服を着た青年が立っている。この部屋は、同僚の少女二人組の寝室になっている。

 昨夜、死体清掃業者『掃除屋』に、本来の予定と違う急な仕事の依頼が入ってきた。二人にも、予定変更を事前に伝えてはいたが、出発時間の8時になってもいっこうに部屋から出てこない。

「そんなに連打しなくても、スミちゃんは起きているわ」

 碧眼の少女がしつこくノックしているとドアが内側に開き、黒いゴスロリ調の服を着た少女の声と共に、包丁をやたら大きくした様な剣が顔を覗かせた。

「アイリに刃を向けるな」

 すぐさま、碧眼の少女の後ろに居た青年――タケヒロ、が彼女を抱き寄せて、自分の剣を抜いてそれを受ける。剣を交える二人の目は、どちらも据わっている。

「だからすぐ剣を抜くな! このバカ!」

 黒い少女の頭に、彼女からスミちゃんと呼ばれた、背の低い少女がチョップを食らわせた。

「だって、スミちゃんが嫌そうにしてたんだもの」

 黒い少女は剣を背中の鞘にしまって、スミちゃんことスミナと向き合う。それと同時にアイリを抱き寄せた腕を放す。

「寝坊したアタシが悪いんだよ、ユキホ」

スミナは、まあ連打はどうかとは思うけどな、と言い、ぼさぼさの頭をかいた。

「あなた何て格好してるのよ……」

 白いタックトップと、ショーツのみを着ただけのスミナに、アイリは呆れた顔で言う。「うっせー。ユキ、ドア閉めろ」 

「はーい」

 指示通り、ユキホはドアをゆっくりと閉め、間にいたアイリを挟んだ。ユキホはその据わった目で、愉快そうに彼女を見おろす。

「ちょっと! 何すんのよ!」

 タケヒロは扉を掴んで隙間を広げると、アイリが身体を中に入れる。

「何で入ってくるんだ、お前」

 ユキホの頭をはたいてから、スミナは迷惑そうにアイリを睨んだ。

「あなた達二人に任せると、いつまで待たされるか分からないからよ!」

「悪い悪い」

 スミナは全く悪いと思っていない声でそう言った。

「アイリ」

 ずいずいと部屋に入っていくアイリに声を掛け、タケヒロも入ろうとする。

「あんたはそこで待ってなさい」

 その彼の額に手刀を入れてアイリはタケヒロを制止する。

「だが」

「心配性ね」

「……ユキ、廊下出て待ってろ」

 スミナは見かねてユキホに指示を出す。

「はいはーい」

「これなら問題ねえだろ」

 彼女には戦闘能力が皆無であることを、タケヒロも知っている。

「反論は認めないわよ。早く出なさい」

「……わかった」

 タケヒロは渋々了承し、部屋から出て行ってドアを閉めた。

「……」

「……」

 ユキホとタケヒロは、ドアを穴が空くほど凝視して待ち始めた。寝室の前を通り掛かった一般従業員は、来た道を引き返した。


「やけに獣臭いわね。この部屋」

 腕を組んでいるアイリは、パーカーを頭から被って着るスミナを見ながらそう言う。彼女の身体には、おびただしい数の古傷が刻まれている。

「お前の部屋も似たようなもんだろ」

 厚手のタイツを探すために、スミナはタンスの中を漁る。その中は乱雑に衣類が詰め込まれている。

「失礼ね。私はあなた達みたいに爛れてないわよ」

「昨日もよろしくやってたヤツがよく言う」

「何で知ってるのよ!?」

 動揺した様子で、アイリはユキホに詰め寄る。

「ビンゴか」

 お、あったあった、と言ってスミナは、黒いタイツを引っ張り出す。

「……」

 まんまと罠に掛かったアイリは、赤面して黙り込んだ。

「お前チョロ過ぎるだろ」

 スミナは呆れ顔で彼女にそう言い、タイツを穿いてその上から白いショートパンツを重ね穿きした。

「ひっ、引っかけるなんて卑怯よ!」

「引っかかるお前が悪い」

 脇に下げたホルスターに支給品の拳銃を入れ、スミナは上に白い外套を羽織った。伸びをした彼女は、大あくびしながらドアに向かって歩きだす。

「待たせたな、ユキ」

「スミちゃん」

 部屋から出てきたスミナを、嬉しそうにユキホが抱きしめる。

「好き……」

「知ってる」

 犬の様に甘えるユキホに、スミナは満更でも無さそうに身をゆだねている。

「アイリ、顔が紅い。何かあったのか」

「何でも無いわよ!」

 のぞき込んでくるタケヒロから顔を背けて、ズンズンと廊下を歩き出したアイリ。

「やはり昨夜の――」

 彼女は急に反転し、これ以上に無いほど紅い顔をして、タケヒロの腹にパンチを入れる。タケヒロにとっては痛くも何とも無いが、嫌がっている事を察して黙った。

「若人共ー。遊んでないで早くしろー」

 四人から見て右手の方向から、それぞれのコンビを担当する『ポリッシャー』の中年男性と青年が現われる。

「いくら何でもルーズ過ぎ――」

「ああん?」

「ヒイッ」

 青年の方は睨むスミナと、不敵に笑みを浮かべるユキホに怯む。

「なんで自分だけ……」

「俺に訊くな」

 中年の方は面倒くさそうにそう言った。


 六人はいつもの様に、デカイ蓋付きバケツ満載のバンに乗り込んで現場へと向かう。

「いい加減、バケツ積む車と分けなさいよ」

「そういうことは『社長』に言え」

 助手席に座る中年の方は、アイリの文句を適当に聞き流す。

「ユキ、眠い……」

「はいどうぞ」

「着いたら起こせ……」

 ユキホが膝の辺りを手で払い、そこにスミナは頭を乗せて爆睡し始めた。

「うふふふ……、かわいい……」

 現場に到着するまで、ユキホは怪しく笑いながら、スミナの頭を撫でていた。


                  *


「着きましたよ」

 地下駐車場の入り口近くにバンを停め、青年の方がそう告げる。

 車から降りた四人は、その中へと入っていく。ユキホとタケヒロは、手にバケツを一つずつ持って引きずって行く。ちなみに『ポリッシャー』の二人は、規則で安全が確認出来るまで車内で待機、ということになっている。


「うわ。盛大にやってんなあ」

「戦場みたいねえ」

 カーブを描くスロープを下りた先に、銃殺された死体がゴロゴロと転がっていた。

「あはっ」

 『主人』二人が執刀医スタイルになったのを確認してから、ユキホとタケヒロはいつもの様にみじん切りを始め、足元を血の海にする。彼女らはいずれも、狂ったような笑みを浮かべていた。

 そのきざまれた肉の塊を、スミナ、アイリは黙々とバケツの中に放り込んでいく。程なくバケツは満杯になり、二人はその蓋を閉めて密封した。

 その後、バケツを入れ替えるために外へと向かうが、

「……何でシャッターしまってんだ?」

 いつの間にか出入り口の分厚いシャッターが降り、四人は閉じ込められていた。

「……またいつものパターンみたいよ」

 各々剣を抜いて構える二人と、その前方にいる、銃などを構える覆面集団を見て、アイリはうんざりした様にスミナに告げる。

「そうらしいな」

 彼女も同様にそう言い、大きなため息を吐いた。

「あははははぁ!」

「殺す殺す殺す殺す……」

 覆面集団が何かを言う前に、二人はそれらを容赦無く滅多切りにしていく。

「流石に、スポンサー様の知名度低くねえか?」

「動かしてるヤツがアレなんでしょ」

 切りまくるユキホとタケヒロの、妖しい笑い声と不気味な声の二重奏が駐車場内にこだましている。目の前が、安いスプラッタ映画みたいになっているのを後目に、スミナとアイリはどこまでも冷静に会話する。

 数が半分になった覆面を、ジリジリと奥に押し込んでいく『下僕』コンビ。少し距離を置いて、その後を『主人』二人は続いてゆっくり歩く。

 その間がちょうど中央辺りに来た時、

「むっ!」

「スミちゃん!」

 破裂音のすぐ後に、シャッターが急に降りてきた。それは、重そうな音を立てて二組を分断した。

「うおっ」

「きゃっ」

 驚いたアイリとスミナは、ほぼ同時に尻餅をついた。分厚いシャッターのせいで、向こう側の音は遮断されている。

「おい冗談じゃねえぞ!?」

「何なのよ全く!」

 すぐに立ち上がり、二人してシャッターを持ち上げようとするも、当然びくともしない。

「……」

「……」

 手が痙った二人は無駄な挑戦をやめ、手袋を投げ捨てて同時にため息を吐いた。

「……毒ガスとか噴射されてないと良いけど」

「……したところで、けどな」

 二人は護身用の銃をホルスターから抜き、安全装置を解除する。

「……」

「どうしたお前。顔色がやべえぞ」

 苦しそうに呼吸する、へたり込んだアイリの顔が青白くなっていた。彼女の整った顔立ちのせいもあって、よりその人形のような美しさが強調されている。

「……バカに、しないのね」

 そう言って、アイリは弱々しくスミナを見上げる。

「お前も居ないとダメなんだろ。ユキみたいなのが傍に」

 そう言いながら彼女は、銃を構えながら辺りを見回している。

「も、って、あなた平気そうじゃないの」

 アイリは持っていた銃を取り落とし、それを慌てて拾い上げてから、苦労して立ち上がる。

「んな訳あるか。我慢してるだけだ」

 よく見ると銃を握る両手が、小刻みに震えていた。

「囲まれたら、はっきり言ってやべえな」

「そうね」

 二人は引き攣った笑みを浮かべ、互いに背を預ける。

「そう言えばお前のアレと、どう知り合ったんだ?」

 間を持たせるために、スミナがアイリに話しかける。

「彼はタケヒロよ」

「アイツそんな名前なのか」

「何回も言ってるじゃない」

「そうだっけか?」

 アイリは数秒間沈黙してため息を吐く。

「……いつも思うけど」

「なんだよ」

「バカなんじゃないの。あなた」

「バカとはなんだバーカ」

「何ですって! 実際バカじゃないの!」

「んだとゴラァ!」

 どんどん語気を強めて、しょうも無い喧嘩を始めたその時、奥の方から爆発音の様な轟音がして、灰色の砂埃が舞った。

「うわああああああああ!? 助けてくれええええ!」

「きゃあああああああああ!? 怖いよおおおお!」

 飛び上がらんばかりに驚いた二人は、半狂乱でその方に撃ちまくる。

「ああ弾倉が! 弾倉が!」

「どっ、どど! どうやって換えるんだっけ!」

 二人ともすぐ弾を撃ち切り、大慌てで弾倉を交換しようとするも、スミナは落っこちた換え二つを蹴飛ばしてしまい、アイリはそもそも換え方が分からない。

「あ、あんた代わりに撃って!」

「弾が違うだろ!」

「じゃあコレで撃ちなさいよ!」

「左手用なんか使えるか!」

 てんやわんやしている間に、何者かの足音がすぐそばまで近寄ってきていた。

「ああああああああ!」

「ああああああああ!」

 絶叫して腰を抜かしそうになりながら、二人同時に壁際まで後ずさる。

 埃の中から現われた、その『何者か』の正体は、

「危ないでしょう。スミちゃん」

「アイリ、安易に撃ちきったらダメだ」

 いつもの様に笑みを浮かべるユキホと、心配そうな目を髪の間から覗かせるタケヒロだった。

「おせえよバカ……」

「本当よ……」

 安堵感から身体の力が抜け、涙目の二人は床にへたり込んだ。

「遅くなってすまないアイリ」

「もう大丈夫よ。スミちゃん」

 二人はそれぞれの『主人』を、優しく抱きしめてそう言った。


「で、さっきの連中は?」

「言うまでもないわ」

 スミナの頭を撫でるユキホはそう言い、その頬にキスをした。

「もう安全だから入って」

 アイリが外の二人に無線でそう連絡すると、監視カメラのモニター室にいるタケヒロが、入り口のシャッターを操作してそれを開ける。

 バンが入ったのを確認してから、再びドアを閉める。駐車フロアに入って停車するなり、運転していた青年の方が、飛び出してきて隅っこで嘔吐した。

 全員がそれを無視して、ユキホ、タケヒロはリアゲートを開け、荷台に積んであるバケツを引っ張り出した。

「さてと、バケツは足りるかね」

「あなた達と組むと、いつもこうなるのは何なのよ……」

 『主人』二人は先程床に置いた手袋を拾い、それを再びはめ直す。

「んなこと知るか」

 幸いバケツは足りたので、スミナの心配は杞憂に終わった。


                  *


「やれやれ……」

「酷い目にあったわ……」

 ラウンジにある、三人掛けのソファーにどっかりと深く腰掛け、散々な目に遭って疲れ切った二人がそうぼやく。その真ん中を倒してできたサイドテーブルの上には、『下僕』二人が持って来た菓子の小皿と飲み物が乗っていた。

「しかしお前も……、弱い所あるんだな」

「……それはお互い様でしょう?」

 アイリとスミナは同時にお互いを見やり、その目線がかち合う。

「今思い出したけど、お前、アタシをよくもバカ呼ばわりしやがったな」

 スミナの発言に、いつもの鉄仮面な笑顔のユキホから、にわかに殺気がにじみ出す。

「嘘は言ってないつもりよ?」

 どや顔でスミナを挑発するアイリに、

「わかり易い誘導に引っかかるヤツに言われたくねえよ」

 不快そうに顔をしかめて、スミナはカウンターを食らわせた。

「ふっ、普通そんな事言うと思わないでしょ!」

 今朝の事を思い出たアイリは、瞬時に顔を真っ赤にする。

「アイリを侮辱するとは――」

「あはっ」

 タケヒロが背負っている剣を抜くと、ユキホも全く同じタイミングで抜いた。

「むやみに剣を抜くなバカ!」

「無駄な戦いは止めなさい!」

 それを見て『主人』二人はそう言って彼らを制止すると、ほとんど同時に手にした剣をしまった。

「だって……」

「だが……」

「言い訳は無しだ(よ)!」

 示し合わせたかのように、二人の息はピッタリと揃っていた。

「あー、余計疲れた」

「あなたが掘り返すからよ……」

 自分達よりも短気な二人を相手にして、頭が冷えた二人はため息を吐く。

「すまん」

「私も悪かったわ」

 ややあって、ゆったりと立ち上がった二人は、

「……風呂でも入るか」 

「……そうね」

 フラフラと、大浴場のある方向へと歩き出す。その後ろをいつもの様に、四白眼の二人が続いた。その視線は自らの主に向けられていた。

                               //

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る