『掃除屋』の忠実な狂犬
赤魂緋鯉
『掃除屋』の忠実な狂犬1
立ち並ぶ無機質なビルが、星が瞬いているはずの夜空を容赦無く遮っている。その隙間を縫って、満月の光が谷間に降り注ぐ。
「今更だけどよ。なんでお前は、アタシに付いてくるんだ?」
「決まってるでしょう。私は貴女を愛する忠犬だかよ」
何となく良くなさそうな気が漂うそこに、どこか場違いな雰囲気を纏う少女達が居た。
「なーにが忠犬だ」
それは、少し不機嫌な白衣の少女と、忠犬を自称する黒衣の少女の二人組で、その後ろには数体の死体が転がっていた。その全てが、頭部と胸に弾丸を撃ち込まれている。
「これじゃあ狂犬だろうが」
そう言って足下に視線を移す白い少女につられて、黒い少女も同時に同じ所を見る。そこには、頭の無い死体が転がっていた。断面から排水管みたいに動脈血が流れ出していた。
「毎回毎回余計な仕事増やしやがって。お前は」
少し前に、突然白い少女へと襲いかかって来た彼の首を、黒い少女は狂ったように笑い声をあげて撥ねてしまった。
「その不心得者が悪いのよ」
彼女は白い少女の小言を意に介さずに、ニコリ、と、どこかあどけなく、歪んだ笑顔で笑う。
「それもそうか」
白い少女はその辺に転がっている、死体の頭部を蹴り飛ばした。
「そんじゃ、忠犬ついでにそこの死体全部バラしてくれ」
「あら、私を頼ってくれるのね」
嬉しいわ、と言って、白い少女の頬にキスをした黒い少女は、
「好きよ」
「へいへい」
まるで花を摘む幼い子どもような表情で、頭の無い死体を掴んで立たせる。
「あはっ」
それが倒れる前に、巨大な出刃包丁のような両手剣で、部位ごとにいくつかに切り分けた。彼女はどんな時でもにこやかに笑っているが、常にその目は据わっている。
「いつ見てもすげえな」
厚手のゴム手袋を手にはめた白い少女は感心しつつ、加工された破片を車輪の付いた大きなゴミ箱に放り込む。
「その上、重さも同じときたもんだ」
全てのパーツは寸分違わず、あまり腕力のない白い少女が持ちやすい重さになっている。
それを聴いて、満足そうな壊れた笑顔で笑う黒い少女は、残りの全ても同じようにバラしていった。
「ねえ、これはどうしたら良いかしら?」
元々の仕事を終えた黒い少女は、死体の頭部を持ち上げて、キャンプ用のパイプ椅子で休む白い少女に訊く。
「……好きにしろ」
全く興味なさそうな様子で答えて立ち上がり、手袋をゴミ箱に入れる。
「はあぃ」
そう返事すると、ものの数秒で死体を人間千切りキャベツにしてしまった。
「好きにしろとは言ったけどよ、なにミンチこしらえてんだ!」
白い少女に、頭を軽くはたかれた黒い少女は、
「もっと叩いてほしいわ」
恍惚の表情で嬉しそうに身をよじっていた。
「……これ以上、壊れられても困るから止めとく」
下手すりゃアタシが斬り殺されかねん、と呆れ顔で言いつつ、大きなビニール袋を白衣のポケットから取り出して、その中にミンチをかき集める。
「脳みそが溶けたって、そんなことしないわ」
着ているパーカーでお化け包丁の血を拭って、パーカーをその辺に放る。その下に着ているものも真っ黒だが、髪の毛と肌だけは作り物のように真っ白だった。
「ああ、好きよ……、スミちゃん」
恍惚の表情でそう言った黒い少女は、剣を鞘にしまってそれを背負った。
白い少女――、スミちゃんこと、スミナが肉片を集め終わると、黒い少女は自分より頭二つ分ぐらい背の低い彼女に、体重をあまりかけずにしだれ掛かる。
「へいへい」
彼女に腹の辺りをなでられているが、スミナは特に抵抗するでも無く、携帯を取り出して電話をかけた。
「終わったぞ。早く来い根性無し」
受話器の向こう側の相手に一方的に言って、彼女は通話を切った。
「帰るぞ」
「はーい」
服の中に手を突っ込んで、スミナに頭突きを食らった黒い少女は、手を服の中から引っこ抜いて返答する。
狭い路地を少し歩いたところで、急にスミナが苦しそうに呻きだし、左上腕の辺りを押えて立ち止まった。彼女が手にしていた懐中電灯が地面に落ちた。
「づぁ……っ」
額に脂汗を浮かべているスミナの手の上に、黒い少女の手が乗せられる。
「貴女を苦しめたものは、私が全部壊してあげたから。ほら痛くない」
「いつも、悪い……」
黒い少女に寄りかかって荒い息をしている内に、その痛みが治まっていった。
「いいのよ――」
「アタシが好きだから、だろ?」
「ええ」
そう言って黒い少女は、またスミナの頬にキスをして、寄りかかりっぱなしの彼女を優しく包み込む。
そんな二人の横を、先程通話していた相手である、ナヨナヨした男が通過した。
「人肉ミンチイイイイィ!?」
死体が詰めてあるビニール袋を覗き、男は情けない悲鳴を上げた。
だが二人は全く気にとめず、何のフォローもしなかった。
何とか処理を終えた男が、荷物を降ろすためにテールゲートを開けるやいなや、スミナは男に罵声を浴びせた。
「おせえんだよ、掃除機野郎!」
銀色のバンの後部座席にいる彼女は、頭の後ろに手を組んでどっかりとシートに座っている。その脚の間に、床面に座るユキホが収まっていた。
「あんたらが勝手に人肉ユッケ作ったんでしょうが!」
あと『ポリッシャー』は掃除機じゃありません! と抗議するも、
「あ?」
「すいません!」
黒い少女が、腿のサバイバルナイフに手をかけたので、男はやけくそ気味にそう言って、テールゲートを閉めた。運転席戻った彼は、さっさとバンを発進させた。
三人が乗るバンの車体には、清掃会社のロゴマークがペイントされている。
その清掃会社は普通の清掃業務をメインにやっているのだが、通称『掃除屋』の名称で、裏では様々な顧客から死体処理を請け負っている。
「作ったのはこいつだけど、悪いのはアタシを襲ったミンチの方だ」
膝立ちになって、スミナの腹に顔を埋めている、黒い少女の頭に触れて彼女はそう言う。
「スミナさんを襲うなんて、とんだ命知らずですね」
ルームミラーで顔色を確認しつつ、男はスミナにそう言った。
「大方
「はあ」
顔を放した黒い少女は、スミナの手をとってその甲をなでる。
「そうじゃ無ければ、こいつのヤバさを知らないはずがねえ」
彼女がその指をくわえてしゃぶり出すと、白い少女はデコピンを食らわせてやめさせる。
「あの最強とうたわれる
進路に自販機を見つけた男は、道の端に車を停めてハザードランプを点滅させた。
「……誰だそれ? 分かるかユキホ?」
ユキホと呼ばれた黒い少女は、スミナにその彼の前の通り名を教えた。
「ああ、アイツか。……いつの間に通り名変わったんだ?」
男は二人に何か飲みますか、と訊ね、スミナはレッドブルと答えた。
「ユキホさんはどうします?」
「私? そうねえスミちゃんの――」
「ユキ、アタシの体液は無しだぞ」
ろくでもない事を発言しようとしたユキホに、スミナは声を被せてやめさせた。
「あら」
残念そうに笑うユキホは、床から立ち上がり座面で膝立ちになって、スミナに覆い被さる格好になる。
「要らないってさ」
「はあ。本当にいりませんか?」
「要らないわよ」
困惑した顔でドアを閉め、男は自販機へと向かった。
「おい、その体勢だと危ないぞ」
「スミちゃんと戯れたいのよ」
「ン……、あとでいくらでも、相手してやるから早く座れ」
「わかったわ。約束よ」
二人のそんな怪しげな会話が、ちょうど終わった頃に男が戻ってきた。
「しかしまあ、よく分かりましたね」
男から缶を受け取ってそれ開けようとしたが、スミナは開封出来なかった。仕方なくユキホにやってもらい、甘い匂いがするそれを飲んだ。
「こいつとは長い付き合いだしな」
男はハザードを止めて、バンを再び発進させた。
しばらく、誰も言葉を発さず、車内にはエアコンの音と走行音だけが響く。
「そういえばスミナさん、ユキホさんって最初はどんな感じだったんですか?」
沈黙に耐えきれなかった男は、ユキホに膝枕されているスミナにそう訊ねた。
「そうだな……」
*
『貴女の目、綺麗ね』
『そりゃ、どうも……』
レインコートを着て血の付いた剣を持った少女の前に、左の肩から肘まで切られた少女が俯せに倒れていた。その周りには、首のない死体が転がっていた。
『ねえ貴女、死んじゃうの?』
『このままなら……、な』
ぼろ布を纏う倒れた少女の横には、小さな赤い水たまりができている。
『そう……。なら助けるわ』
『は?』
背負ってる鞘に付いている、カーキ色のポーチから止血帯を出す。
『アタシなんか……、助ける意味ないだろ』
『何で?』
レインコートの少女は、自虐的にそう言った彼女の、腕の付け根辺りを縛った。
『アタシは……、この世界に要らない存在、なんだよ……』
『要らないなら、私が貰ってもいいわよね』
『……お前は何を言ってるんだ』
『だめ?』
ひとまず止血をしたレインコートの少女は、据わった目で真っ直ぐと、誰のものでもない少女の目を見る。
『好きにしろ』
これは断れないし、断らせてもらえない、と思った彼女は、ため息を一つ吐いてそう言った。
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