□4.セッキー関所を取り戻せ!①突撃するニート

「言ってくれるじゃねえか、じい。だが、この関所を二人と一匹で落とすのはそう簡単な事じゃないぞ」

【ああ、正攻法じゃ返り討ちがオチだ。何か策を練る必要があるな】

「具体的にどう動くにしろ、まずは関所の内情をよく知っておく必要があるだろう。もう少し高い所に登って、中を覗き込むか」

 チャット達が立っているのは、街道から十メートル程高くなっている台地。関所の門からは十分な距離がある為、衛兵に発見される危険は少ないが、その門よりもやや低い位置にある為、中の様子は窺えない。

 切り立った崖のような坂を登ればもう少し高い位置に立てるが、雑木林に阻まれて、視界はやや悪くなりそうだ。


【いや、ここはドラゴンと俺に任せてくれ。ドラゴンがあの高い木に登って中の様子をカメラに映し、それを俺がお前に伝える。これが一番効率がいいだろう】

「確かにあの木の上からなら良く見えそうだな。じゃあ、頼めるかドラゴン」

「んにゃあ」

 じいに促されてドラゴンが登るのは、赤褐色の樹皮を持つ、ひょろひょろと痩せて細長い木。葉のつき方も花弁状の独特のもので、恐らくファンタジー世界固有の種であろう事を、じいに想像させる。


「見えるかー?」

【ああ、バッチリだ。下に降りて説明する】

 地上に降りたじいは、関所の内側の様を図解する。


                         ┏━━━━━━━━━┓

                         ┃┌───────┐┃

                         ┃│ 離れ    │┃

                         ┃└───────┘┃

┏━━━━━━━━━━ 北門 ━━━━━━━━━━┛     ┏━━━┛

┃                              ┃   

┃ ̄ ̄ ̄__ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄[ 橋 ] ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄┃ 

┃ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ┃     ┃   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄┃

┃                         ┌─────┐┃ 

┃       ┌─────────┐       │ 祭殿? │┃ 

┃       扉B        扉C     └─────┘┃ 

┃       │         │✝∩✝✝柵 ✝✝✝✝✝✝✝✝✝✝✝✝ ┃ 

┃       │         │    ┌──────┐┃

┃✝✝✝✝✝ 柵 ✝✝✝✝│  牢獄?    │    │      │┃ 

┃       │         │    │  宿舎  │┃ 

┃ ┌────┐│         │    │      │┃ 

┃ │ 丸太 ││         │    │      │┃ 

┃ │ 小屋 ││         │    └──────┘┃ 

┃ └────┘│         │            ┃ 

┃       │         │            ┃ 

┃       └────扉A ───┘        ┌──┐┃ 

┃                          │矢倉│┃

┃                          └──┘┃ 

┗━━━━━━━━━━ 南門 ━━━━━━━━━━━━━━━━┛



【こんな感じだった】

「お前文章で描写するのめんどくせえからって図使ってんじゃねえよ」

【うるせーな。下手な分でぐてぐて描写するより、読者もわかりやすいだろうが】

 妙なケチがつけられながらも、じいの記した地図は非常に正確であったため、これを基に作戦を立てる事になった。


【中にもたくさんのデビタン達が武装してうろついていたよ。真正面から向かうのはあまりにも愚策だろうな】

「まあ、そりゃそうだろう」

【敵の親玉はどこに居ると思う?】

「恐らくこの離れだろう。元々この関所を守っていた兵長が、普段この建物に構えていたと聞く。関所をぶんどったデビタンのボスも、ここにふんぞり返っている可能性が高い」

【なら、目標はそのボスを倒して、離れを制圧する事だな】

 元より、この人数で敵を殲滅する事は不可能。ボス特効というチャットの能力から考えても、敵将を討ち取り、敵軍の投降を促すというのが、最も現実的な手段であろうと、じいは考えていた。


「この大きな建物は牢獄で間違いないだろう。ジーファンタの関所には必ず設けられているものだ。確か貯蔵庫も兼ねていて、中には食糧やら武器やらも収められているはずだ」

【やはりそうか。となると、デビタンに敗れたジーファンタ兵や例の戦士たちがここに囚われている事もあり得るな】

「十分考えられる」

【それから一つ気になっていたんだが、この建物。一つだけ石造りで明らかに異質だった。何となく直感で祭殿、と記しておいたんだが、何の建物なんだ?】

「そいつは魔法殿だな。強い魔力が封じられていて、魔法使いが操る事で、超強力な魔術を現出できる。鉄を貫通する熱空気砲弾とか、鎧をハチの巣にする光の弓矢とかな。関所の防衛の要とも言える施設だ」

【そいつは凄いな。なら、その魔法殿を手中にすれば、離れの制圧も全く夢じゃないって事か】

 じい達に、微かな光明が差す。


「だが、そう簡単に奪い取れはしないだろう。門から離れてて襲われる危険は少ないとはいえ、奪われたら一気に形勢が逆転される超重要施設。手薄な警備を敷いているとは思えない」

【だろうな。遠目で見た限りでも、数人のデビタンが周りを囲っていた。俺たちだけじゃここの奪還は無理、だから、囚われている彼らの協力を仰ごう】

「何?」


 じいのプランは非常にシンプルなものだった。まず牢獄棟に密かに侵入し、囚われたジーファンタの兵と戦士たちを救い出す。同建物内に収められているであろう武器を回収して彼らに配布し、その戦力で牢獄を制圧。

 その後は牢獄棟に籠城しつつ、建物外の敵を牽制。隙を見て扉A、B、Cのいずれかから兵を放出し、一気に魔法殿に進軍、奪還。敵のボスが居座る離れに魔法を放って、チェックメイトだ。


「そううまく行くか?」

【行かないだろうな。だからこそ細かい動きは設定していない。まだ不明瞭な事も多く、イレギュラーの発生も予想される。臨機応変に動いていく必要があるだろう】


 大人数の敵と本気で戦闘するなんて、じいは戦略ゲームの中でしか体験したことが無い。しかもゲームとは違って、現実は殆どの情報が未開示で、予期せぬ事態が起こり得る可能性も高い。

 だが、この戦いの最大のポイントを、じいは理解していた。


【敵の最大の強みは、関所という強力な場を有している事。堅牢な牢獄棟、切り札となる魔法殿、堀の先に位置した攻めあぐねる本陣……。だが、もしそれをこちらがうまく利用できれば、勝機は見えてくるはずだ】


 ドラゴンが頻りに尻尾をゆらゆらさせる。彼女にも、チャット達の緊張が伝わっているようだ。

「んじゃあ、行くぞじい。突入だ」

【待て、まだ関所の中に入る策が決まってないぞ】

「それなら俺に考えがある」


 高台から降りたチャットは、門を守るデビタン達に、全く臆する様子無く近づいていく。

「よお、お疲れさん!」

「ん、ジーファンタの人間か?」

 チャットは門番の仕事に退屈した様子のデビタンに、労いの言葉をかける。

「ロールちゃん、食う?」

【お前そればっかじゃねえか】

 じいも大方予想していたが、またしてもチャットの作戦はロールちゃんによる餌釣りであった。


「どういうつもりだ」

「いや、中に入れてほしいなって」

「馬鹿を言え。そんなもので俺たちを丸め込めると思ったのか」

 流石に門を任せているデビタン達は手ごわい。

「二十本よこせ」

【数の問題かよ】

 ロールちゃん二十本という多大な犠牲と引き換えに、チャット達は関所への侵入に成功した。


「手ごわい相手だったな。今ので手持ちのロールちゃんを殆ど消費しちまった。もう同じ策は使えないぞ」

 チャットは神妙な面持ちで言うが、じいは耳を貸さない。

 関所の中は思った以上に見通しが良く、建物以外の障害物が殆ど見当たらない。防衛施設も兼ねて作られているから、侵入者の隠れづらい造りになっているのだろう。幸い門の内側入って直ぐには、左右に大きな縦長の柱が立っていて、大部分が死角になっているが、真正面から見ればチャット達の姿も丸見えだ。

【おい、正面右…いや、左の方にも敵兵が居るぞ】

 今は退屈そうにそっぽを向いているが、このままじっとしているだけでも、見つかるのは時間の問題だ。


「素早い行動が求められるな。早速牢獄棟に向かうぞ」

 と言って、チャットはまたしても、南門から目と鼻の先の牢獄棟入り口を、正面から訪ねていく。

【おい!今度こそまともな作戦があるんだろうな?】

「任せろ」


 誰だお前は?と決まり文句を口にする牢獄の門番に、チャットは言う。

「隊長!関所に侵入した不届き猫を発見しました!至急こやつを牢獄にぶち込んでやって下さい!」

【てめえ飼い猫出汁にしてんじゃねえええ】

 チャットは自分の成果だと言わんばかりに、誇らしげにドラゴンを持ち抱えている。

「俺隊長じゃないんだけど。まあいいや、この猫ちゃん可愛いし。我が軍の癒しアイドルとして預からせてもらおう」

「はっ!では私めが建物の中にこやつを運んで参ります」

「いやいいよ、俺たちがやっとくから。てかお前誰だよ、モロ人間じゃねーか。手柄は褒めてやるからもう帰れ」

「ええっ!?」

 チャットのびっくりするほどザルな作戦は、見事に玉砕した…かに見えた。


「んじゃ、帰り道気を付けろよ」

 門番は建物内に入ろうと、背を向ける。

「隙ありいいいいいいい!!!」

「ぎゃあああああああ!!」

 すかさずチャットはレッドソードで背中を斬りつける!

 哀れなデビタンはその場に倒れ込んだ。


「作戦成功だな」

【いや、成功はしていない】

 じいとドラゴンは、呆れた顔でチャットを見つめる。


「早速中に…と、この扉鍵掛かってないのか。こいつら一々開け閉めするの面倒だからって、開け放しにしてやがったな。んじゃま、こいつの持ってる鍵は要らない、と」

【待て、一応預かっておこう】

「?なんでだ?」

【後々有効に使える機会があるかもしれない。ついでに他の持ち物も漁っておこう。ロールちゃん無くなったから、もう少しアイテム携帯できるだろ?】

 じいに促されてチャットは斬りつけたデビタンの所持品を漁る。目ぼしい物として、武器の長剣に、侵入者捕縛用の縄、それに傷の手当て用の薬草が見つかった。


「使う機会あるかねえ、こんなもん」

【いざって時にそういうもんが役に立つんだよ。さて、問題はどうやって建物の中にうまく忍び込むかだが…】

「お邪魔しまーす」

 チャットは扉を開けて堂々と牢獄棟に踏み入る。

【おい、馬鹿!】


 中には案の定大量のデビタンが待ち構えていた。

「マジかよ。罠だったみたいだな」

【罠でも何でもねーよ。お前が自爆しただけだよ】

 槍で武装したデビタンは大声を上げる。

「侵入者だ!ぶっ殺せ!!」

 次の瞬間、二十はあろうかというデビタンの集団が襲い掛かってきた!


「すまん、じい。俺のせいだ。俺が無鉄砲に突撃し続けたばかりにこんな目に……」

【何でこのタイミングでガチの反省始めるんだよ!まあその通りなんだけど!】

「にゃあ!!」

 ドラゴンが鳴き声と共に、撤退を開始する。チャットもそれに続く。


「ドラゴン、こっちだ!俺に考えがある!」

 追いついたチャットは、建物を出るなり右方向に向かうよう、ドラゴンに指示を出す。

【おい、関所の奥に進む気か?どういうつもりなんだ?】

「このまま離れに突撃してボスを討ち取る」

【お前全然反省してねーだろ】


 チャットとドラゴンは、牢獄と宿舎の間の開けた道を駆け抜ける。まるで無謀な特攻に見えたが、あまりの不意の出来事に、見回りのデビタン達も対応できず、ポカンとその様を流し見る事しかできない。

【おい、案外このままいけちゃうんじゃないか?】

「……いや、そろそろ限界だな」

【限界?】

 急に弱気な発言をするチャット。無謀な作戦とはいえうまく行っているのに、何故なのか。


「俺の体力の」

【もっと鍛えとけや引きニートおおおお!】

 ガクッとスピードが落ちる。歩いているのと大差ない速さだ。

 現在地は魔法殿前の柵の一歩手前。柵を越えて、その出入り口をうまく封じられれば、追っ手の足を阻む事が出来る。


【あともう少しの辛抱だ、走れチャット!】

「帰りてえ」

【おいこらああああああ】

 その時、騒ぎを聞きつけて、背後の宿舎からデビタンの増援が現れた!


「おい、侵入者ってのはそこのお前かタコ?」

 尋ねたのは、チビの癖に態度だけはでかそうな不細工なデビタン。

「そういうお前こそ、一体何者だ?」

 こっちのデブも態度だけはでかい。

「俺はセッキー関所攻略軍第二部隊隊長タッコだ。幹部である俺様の事を知らないって事は、てめえやっぱり侵入者だなタコ?」

 火を見るより明らかな事を、タッコは改めて問う。


「いや、侵入者ってのは私の友人の事でして、私は彼を探しているだけです」

 無理な嘘をつくチャット。

「じゃあ侵入者の仲間って事かタコ?」

「そうです」

「捕らえろ!!」

 チビのデビタンの命令で、周りの兵が動き出す。


【チャット、あいつ第二部隊隊長って事は、部隊のボスだろ?お前のボス特効が活かされるんじゃないか?】

「いや、無理。あのチビは所詮、部隊隊長。関所攻略軍の全体のトップは別に居るんだろ。俺はその場に居る集団全体のボス一人にしか、やる気出せないから」

【なんで無駄に制約厳しいんだよその能力!】

 二人が話している間に、デビタン達はぐんぐん距離を詰めていく。


「仕方ねえ。ドラゴン、ファイアだ!炎で敵を蹴散らせ!」 

「んにゃっ!」

 ドラゴンは直径二メートルはあろうかという巨大な火の玉を連続で噴射する。


「あちっ!魔法!?」

「あのデブ、魔法使いだったのか!?」

 デビタン達は突然の反撃にたじろぎ、動きを止める。

「今の内だ!」

【チャット、柵の向こうにも敵が集まってきてる!一旦退こう!】

 じいの咄嗟の判断で、チャット達は元来た道を引き返す。


「逃がすな、追え!」

 が、デビタン達も見逃さない。ドラゴンはともかく、チャットの足は鈍い。このままではあっという間に追いつかれる。


【チャット、さっきの薬草を出せ!】

「えっ?」

【いいから早く!】

 じいに言われるがままに、チャットは薬草を追っ手の居る後方へと放る。

【ドラゴン、薬草に火を!】

「んにゃっ!」

 ドラゴンの火の玉で薬草が着火されると、もうもうと白い煙が湧き上がってくる。


「!?なんだ、この煙は!」

 デビタン達の追走の足が、一瞬鈍化する。

「おい、こっちが風下じゃねえか!」

【寧ろ姿を隠せて好都合じゃねえか、我慢しろ】

 薬草の火は地面の雑草に燃え広がり、瞬く間に煙が充満する。


【まだ薬草残ってるよな?今度はそれに火つけて、牢獄棟の出入り口にぶん投げろ】

「おーけー」

 肩にはなかなか自身があるチャット。牢獄棟の曲がり角から、入り口付近にぴったりと投げ込む。

 こちらに居たデビタンも、びっくり面喰らっている様子だ。


【煙は一時的だ。今の内に姿を隠すぞ!】

 チャット達は牢獄棟の手前にある植林に姿を隠す。林と南門の城壁までの幅はごく狭く、身を屈めただけでは直ぐに見つかってしまうだろうが、ドラゴンの魔法で竪穴を掘って体を埋めたので、よほど念入りに探さない限り見つからないだろう。


 しかし、動き回る事もできないので、そのままじっとしているしか出来ない。

 ―三時間、経過。


[経ちすぎだろ]


[仕方ねえだろ、あいつら躍起になっていつまでも俺たち探してるんだから]


 声を出すとまずいので、二人のやり取りはである。


[あっ、やべえ]


[どうしたチャット?]


[トイレ行きてえ]


[我慢しろ馬鹿]


[いやもう無理だわ、トイレ探してくる]


[おい、無闇に出歩いたら…]


[見当はついてる。牢獄棟の隣の丸太小屋、あれ絶対トイレだろ。ちょっと大きめの公園によくあるデザインだったもん。間違いねえ]


 チャットは竪穴からズボッと体を起こし、辺りを見回す。

「流石に騒ぎは収まったみたいだな。んじゃちょっくら行ってくるか」

【慎重に行けよ。見つかったら穴に籠ってた三時間がパアだ】


 チャットは見張りのデビタン達の目を盗みながら、ひそひそと丸太小屋に向かう。果たしてその正体は、彼の予想通りトイレであった。じいはそれに付き合うつもりは無かったが、ドラゴンがついていくので、止む無く現場まで立ち会う事になってしまった。


「じい、先に言っておく」

【ん?】

「うんこだからな」

【知らねーよ。何の宣告だよ。早く済ませてこい】


 この時、じいは知る由も無かった。まさかこの言葉が、彼の最後の言葉になるとは。



「うんこ…だからな」

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