□8.セッキー関所を取り戻せ!⑤覚醒する者

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                         ┃│ 離れ(本陣)│┃

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┏━━━━━━━━━━ 北門 ━━━━━━━━━━┛ ★   ┏━━━┛

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┃ ̄ ̄ ̄__ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄[ 橋 ] ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄┃ 

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┃       ┌─────────┐       │ 魔法殿 │┃ 

┃       扉B        扉C     └─────┘┃ 

┃       │         │✝∩✝✝柵 ✝✝✝✝✝✝✝✝✝✝✝✝ ┃ 

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┃✝✝✝✝✝ 柵 ✝✝✝✝│  牢獄     │    │      │┃ 

┃       │ (兼貯蔵庫)  │    │  宿舎  │┃ 

┃ ┌────┐│         │    │      │┃ 

┃ │ WC  ││         │    │      │┃ 

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┃ └────┘│         │            ┃ 

┃       │         │            ┃ 

┃       └────扉A ───┘        ┌──┐┃ 

┃                          │矢倉│┃

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┗━━━━━━━━━━ 南門 ━━━━━━━━━━━━━━━━┛

★:チャット達の現在地



 じい達が離れの偵察を行っている頃、チャットは牢獄棟の地下牢から脱して、一階の扉Aを目指していた。

 通路には、扉B及びCの付近を除いて、兵は殆ど居なかった。というのも、じい達が一階の各部屋に、わざとひび割れの壁を作るなどして、脱出の突破口を、用意していた為だ。多くの兵はその周辺に集まって、なんとか外に出ようと画策している。通路にはそういった工作の類が無いため、人が寄りついていないのだ。

「よし、これなら見つからずに抜け出せるかも…」


「おい、そこのお前~」

 というチャットの希望は瞬時に打ち砕かれた。

「あっ、はい何でしょう…」

「酒、付き合えや」

 通路脇の一室から声を掛けてきたのは、顔を真っ赤にして、足元をふらつかせるデビタン。なんと、デビタンの一部は早くも脱出を諦め、酒に溺れているようだ。チャットは彼らのたむろする酒蔵に連行され、呑みに付き合う羽目になった。


「…でよ、そん時のあいつのケツがマジで真っ赤で、照れてるの丸わかりだったわけよ」

「あー、あいつ思ってる事ケツに出やすいタイプだからなー」

 こっちでもケツの話しかしねえのかよ。もうお前ら常に逆立ちして、ケツ突き合わせてケツで会話してろよ。と、チャットが思うくらい、先程からデビタン達はケツの話で持ち切りである。


「俺、ちょっとトイレ行くわ」

 チャットはおもむろに立ち上がる。

「あ、じゃあ俺も。ついでにケツも」

「俺はケツメインで」

 なんだよついでにケツとか、ケツメインって。ケツメイシみたいに言ってんじゃねえよ。もう全然意味わかんねえよこいつら。

「やっぱ止めるわ」

 デビタン達がついてきては、意味が無い。チャットは諦めて再び座り込む。

「んじゃ俺も止めた。よくよく考えれば、あんまりケツも乗り気じゃないし」

「俺も。今あんまりケツ無いし」

 いやケツはあるだろ。あんまり無いってどういう事だよ。そんなに存在が不確かなものなのかよ。なんかもう形而上学的なアレなのかよ。


「と思ったけどやっぱ行く」

 再度立ち上がるチャット。

「じゃあ俺も」

「俺のケツも」

 うぜえええええええええ。何なんだよこのケツ連呼集団んんんんんんん。

 作戦変更、酒をぐいぐい呑ませて潰れさせる。

 チャットは、アルコールへの強さには自信があった。短時間でぐびぐび飲ませ、なんとかケツ二人組の意識を奪った。


 部屋から出たチャットは、通路に人が居ないのを確認して、猛ダッシュで扉A経由で牢獄棟を脱し、外から再び鍵を掛けた。



*



「…っつー訳で、ちょっと出遅れた訳よ、悪いな、じい」

【いや、間に合って良かったよ。チャット、そいつが敵のボスだ。お前の力で倒してくれないか?】

「こいつが?」

 チャットの目の前に立つ、大男。こいつこそ、このセッキー関所を乗っ取った、デビタン一味の大親分だ。


「イカカカカカカ、イカにも。俺様がこの軍のボス、イッカ様だ。お前があのニート・ジョインだな。俺が討ち取って、更なる名誉の糧にしてくれよう!」

「俺を討ち取る?ふざけた事ぬかすな」

 チャットは愛剣レッドソードを構える。

 イッカも、触手の狙いをチャットに定める。

【頼むぞ、チャット!】

 戦闘、開始だ。


「うおおおおお」

 前方に大きく踏み出すチャット!が、石に躓いてすっ転んだ!

「いってえ!」

「何をしている?馬鹿じゃなイカ!?」

 イッカの触手が迫る!

 しかし、チャットは余裕の構えだ。

「数撃ちゃ当たるってか?舐めた考えだぜイカ野郎」


 ズドドドドドドドド!

 触手の衝撃が次々にチャットを襲う!百発百中だ!

「ぎゃあああああああああ」

【チャット!何でまともに喰らってんだ!?】

 体を転がして、なんとか触手の届かない所まで撤退するチャット。その間に、傷を癒す。


【敵はボスだぞ?お前の唯一の得意相手じゃないか】

「いや、そうなんだけどさ。あいつ語尾がイカだし、顔もなんかふざけてるし、全然ボスって感じしないんだよね。だからなんかやる気しないっつうか」

【我が儘言ってんじゃねーよ!】

 確かに、イッカは見た目も態度も、まるでボスという感じがしない。それだけに強さだけが顕著に浮き出て、妙にアンバランスな感じだ。


「イカカカカカカカ、ボスに見えなイカ。よく言われるよ。俺は実力はあるのに言動がまるでボスっぽく無い。それだから、格下にもしょっちゅう見下されてるんだ、ってな。だがそれが、ニート・ジョインには逆に効果抜群だったみだいだなあ!俺ってば、もしかして紅の勇者さまの天敵なんじゃなイカ?」

 イッカは相変わらず小物臭い笑い声をあげて、相性の良さを誇示する。

【どうすんだよ、このままじゃ…】

「まだ勝負は決してねえ。相手が手数の多さで勝負してくるんなら、その分つけ入る隙も多いってもんよ」

【隙?】

「行くぞおらあ!」

 チャットは再びイッカに突っ込んでいく。触手の容赦ない迎撃がチャットを襲う!だが、今度はやられっぱなしではない。チャットは特に狙い筋も無く、出鱈目に剣を振り回す!


「十本あればどれかに当たる!十本あればどれかに当たる!」

 なんかもう宝くじ感覚である。チャットは碌に前も見ず、ひたすらぶんぶんと両手を振り回している。

「痛っ!」

 狙い通り、触手の一本を、レッドソードの刃が切り裂いた!

 イッカはやむなく、猛攻の手を緩める。

「くっ…ちょっとかすっただけなのに、この強烈な痛み。一体なんだ?」

「この剣で傷を負ったものは、焼けつくような灼熱の痛みを味合う。故に、名をレッドソードという。その痛み、早く手当てをしなきゃあ、当分引かねえぜ」

 遠まわしに、さっさと降参して傷の手当てをしろと言っているようである。押されているのは自分の方なのに。


「なるほど、強力な剣のようだな。だが…」

 イッカは触手を伸ばして、チャットの握るレッドソードを薙ぎ払う!

「あっ!」

「それさえ奪ってしまえば、お前は恐るるに足りんという事じゃなイカ?」

 カランコロンと、レッドソードは遥か後方に転がる。

【取りに行け、チャット!】

「馬鹿め、背を向けたら最後、この触手の猛攻を凌ぐ手立ては無いぞ」

【……くっ】


「安心しろ、じい。俺には予備の剣がある」

 そう言ってチャットは、背中のリュックサックから、を取り出す。

【!まさか…】


「…そう、ロールちゃんいちご味だ!」

【ですよねー】


 それを見たイッカは目を円くする。

「!何故武器を持っている。何があっても武器を持ったままの者を関所に入れるなと、門番に言いつけていたのに、うまくそれをくぐり抜けたのか?」

「こいつだけ、リュックの奥に密かにしまっておいたのさ。門番は、はみ出したを見て、俺がホイップクリームを大量に所持している事には気づいていたが、それに目を奪われるばかり、いちご味の存在には全く気づいていなかった。関所に持ち込むのは容易だったぜ」

「…図ったな、貴様」

【いや、単に棒状スイーツ持ち込んだだけだよね。何で世紀の大策略みたいな扱いしてんのお前ら】 


「だが所詮市販の大量流通品に過ぎないじゃなイカ!その程度の武器で俺様を倒せるかああああ」

「ロールちゃんを舐めるなああ!!!」

 触手とロールちゃんいちご味の激しい応酬!甲高い衝突音が鳴り響く!

 キィン!キィイン!

【いや何の音だよこれ。触手もロールちゃんも、どう頑張っても絶対出せないだろこの音】

 両者、一歩も譲らない。猛烈な打ち合いは、一分以上続く!

【ロールちゃんの耐久力が完全にスイーツの域超えてるだろうが。てかなんでチャットの戦闘力も地味に上昇してんだよ】


「勝つのは、俺だあああ!!」

「ぐうっ!」

 チャットの体が、触手の一本に弾き飛ばされる。武器を持ち替えてもなお、イッカが優勢だ。

【大丈夫か!?】

「問題ない。まだ棒状の原型を留めている」

【いやロールちゃんの心配してねーよ】

 チャットはややふらつきながらも立ち上がる。まだ、闘えるようだ。


「そろそろ終わりにしなイカ?」

 イッカの追撃は止まらない。今度は防戦一方になるチャット。というか、ロールちゃんを守って、自分がダメージを一身に受けている。

「…本気で痛くなってきたぜ、こりゃ」

【まずい…!】

 チャットの傷の再生が間に合っていない。傷口からはドクドクと鮮やかな血が溢れ出してきている。

【このままじゃ本当に…!】

 まだ動ける二人の戦士に目を遣る。が、二人ともそれぞれ一本の触手に牽制されて、その場を動けない。

 下手に動こうとすれば迎撃されて、チャットの攻撃に向かう触手の本数を増やすだけだ。それがわかってるから、二人もアクションを起こせないでいる。


 ドラゴンは痛みが和らぎ、少しは動ける状態になっている。だが、まだ満足に闘える状態では無い。まともな魔法が使えるかどうかも、微妙なところだ。そもそも、魔法はイッカの触手で無効化されてしまうのだから、よほどうまく立ち回らない限り、有効なダメージは与えられない。ましてこの状態で攻撃に臨んでも、十中八九反撃を受けて終わるのがオチだろう。


【くそっ。俺がその場に居れば、何か、何か出来たかもしれないのに…】


 そんなは徒労だ。

 じいは考える。今の自分に出来る事。イッカと闘うチャットに、自分には何が出来るか。チャットと知り合ってから、これまでの出来事を全て思い起こし、手がかりを探す。

 ドラゴン…、ジャンプ…、チャリオット…、ロールちゃん…、デビタン…、ケツ…―。


【―!】

 …あった。そうだ、あの時、俺が初めて見た魔法は…!


 チャンスは一回きり。じいは、その瞬間を待つ。


 チャットはなぶられ続けている。

 血が滴り、もう立っているのも限界に近そうだ。それを悟ったイッカも、一度攻撃の手を止める。

「もう終わりか?紅の勇者と呼称されておきながら、全く骨の無い相手だったな。そろそろ、終わりにしようじゃなイカ」

 イッカの円い眼が、ギラリと赤く光る。


「死ねえええええええええ!!!!」

 イッカは左右六本の触手を互いに絡ませながら束ね、高々と持ち上げる!


 今だ!!

【―アイス!】

 ピキーン。

 瞬間、ドラゴンの口から放たれた冷気は、チャットの持つロールちゃんを凍らせ、棒状の氷塊へと変容させた!


 ズシーン。

 イッカは触手を凄まじい勢いで振り下ろす。が、そこにチャットの姿は無い。彼は…その背後に居た!

「んなっ…!」

 先程まで戦士とは思えない鈍間な動きを見せていたチャットが、今度はテレポーテーションの如く、一瞬でイッカの後ろに回り込んでいる。その事実に、イッカは驚嘆した。


 固まるイッカに、チャットは静かに語る。

「…動物ってのはな、どんなに闘争本能隠そうが、獲物を狩るその瞬間だけは、どうしても殺気が漏れちまうもんなんだよ」

「何、を…」

「今のお前、物凄く、ぜ」


 チャットの命を奪おうとしたその瞬間、イッカは確かに、ボスに相応しい威厳と風格を漂わせていた。それが、チャットの力を、最大限引き出してしまった!



 チャットの一閃!


「くらえ、氷漬けになったロールちゃんいちご味突きアイス・ロール・ストロベリー!」


「イカアアアアアアアアアアアアアアアアアン」


 背中に強烈な一撃を浴びたイッカは、その場にズシンと倒れ込む。

 再び立ち上がる事は出来ない。完全に、戦闘不能に陥った。


 ―チャット達の、勝利だ!



「…ふう」

 決闘の勝者は、胸をなでおろすように息を吐く。

【やったな、チャット!】

「てめえの方こそ、最後の最後で魔法でアシストしてくれるなんて思わなかったぜ。おかげで、一発で確実に奴を仕留める事が出来たがな」

【急に思い至ったんだ。ドラゴンが、初めて魔法を使った時の事をな】

 此度の戦の功労者二人は、劇的な勝利の喜びを分かち合う。


【ただチャット、一つだけ文句言っていいか?】

「なんだ?」


【ロールちゃんのネタ、引っ張りすぎ】

「俺もそう思う」


 ボスであるイッカを失い、自力で牢獄棟からの脱出ができないデビタン兵達は、大人しくチャット達の降伏勧告を受け入れた。

 ―セッキー関所、奪還成功。


 じいとチャット、それにドラゴンが、初めて共同で勝ち得た、栄光の勝利である。

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