□9.ジーファンタ、かなり押されてね?

 宿舎前の小さな広場では、人の胸まで届く大きな火が焚かれ、戦いに勝利したジーファンタの戦士たちが祝いの杯を交わしていた。時折誰かが石を投げこむと、炎は青や黄や緑の色に鮮やかに映え変わり、見る者の目を飽きさせなかった。


【綺麗だな。こっちで言う所の、炎色反応みたいなもんか。あの鉱石が、色の変化を起こしているんだよな?】

「ああ、あれは銅だ」

【本当に炎色反応かよ】

 幻想的な光景であったが、特にファンタジー要素は無かった模様。


 チャット達は、それを少し離れた矢倉の下で眺めていた。紅の勇者は、彼らの輪に入りたくないらしい。

「ニートさん、こっちに来て一緒に呑みませんか」

 それを見かねた関所の衛兵の一人が、チャットを誘いに来た。

「俺はいいよ。混ざったら、空気悪くしちまうからな」

 チャットはジーペンら、若い戦士たちに遠慮をしているようだ。


 兵は二、三度説得を試みたが、ついにチャットの心は動かせなかった。

【良かったのか?】

「いいんだよ、酒は貰って来たし、話し相手はお前やドラゴンが居る」

 そう言い放ったチャットの声は、やはりどことなく寂しげであった。


「じゃあ、俺もう寝るわ。宿舎は自由に使っていいって許可も貰えたことだし」

 じいが自室の時計を見やると、既に十一時を回っていた。

【もうこんな時間か…。俺もそろそろ寝なきゃな】

 明日は火曜日。勿論じいは学校の授業がある。


「今日はお疲れさん、じい。また明日な」

【ああおやすみ、チャット、ドラゴン。】

 激動の一日は、こうして幕を閉じた。



*



 ―翌朝。

 じいが電話を掛けた時には、既に動きは始まっていた。


【帝国兵、か?】

 関所には銀色の立派な鎧に身を包んだ、沢山の兵が動き回っていた。デビタン達の身柄を都に移送し、関所の守りを強化する為に派遣されてきたとのことだ。

【随分朝早くから動いていたんだな。まだ7時だぞ】

「その時間に異世界に通話を掛けて来てるお前の言う事かよ」

 全くその通りだと、じいは思った。こんな明け方から首元の通話音で叩き起こされて、ドラゴンは若干不機嫌そうである。


「昨日の知らせを聞いて、軍は直ぐに援軍の準備を整えていたそうだ。未明から全速進軍し、着いたのは一時間前。手際よく事後処理してくれているよ。なんだかんだ言って、都の精鋭軍は違うな」

 精鋭軍。確かに関所を守っていた衛兵たちとは、顔つきが違う。落ち着き払い、引き締まった表情で、強者の雰囲気を纏っている。


【で、その精鋭軍が全部やってくれてるから、お前はやる事が無い訳か】

「そうだ」

 チャット達はさっきからロールちゃんをもしゃもしゃと頬張っている。応援の精鋭軍が食糧として持ってきたものを、頂いたらしい。


【……お前、これからどうするんだ?】

 じいは率直な疑問を、だらしない三段腹の勇者に投げかける。

「これから?」

【都陥落の危機はひとまず脱したとして、帝国がデビタン達に押されてるって状況は変わってない訳だろ。その戦いに、加勢しなくていいのか?】

「加勢、か。まあ帝国に滅んでほしく無いのは事実だし、俺に出来る事があるのなら、協力するのもやぶさかでは無い。けど俺はずっと引きこもっていたから、今の戦況を殆どよく知らない。加勢しようにもどう動いていいのやら…」

 ジーファンタの戦士は、軍の兵士と違い、個々人で独立して動く者。情報力に乏しく、仲間も居ないチャットがいきなり戦場に加わるというのは、確かに難しい事かもしれない。


「戦況なら、僕がご説明致しましょう」

 そこに現れたのは、ジーペンの連れの一人の、暗青色の髪の男だった。

「お前は…」

「スクールと言います。何度も顔を合わせる機会があったのに、名を名乗る機会を逸してしまい、申し訳ありませんでした」

「ニートだ。知っているとは思うが」

 スクールは軽くチャットと握手を交わすと、懐から黄ばみかかった紙切れを取り出した。


「上がタイリーク大陸の地図。下がジーファンタ帝国の拡大地図です」


●タイリーク大陸地図

                            ┏━━━━━━┓

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 ┃                                  ┃

┃                                   ┃

┃        周辺諸国                         ┃

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 ┃                  │                 ┃

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 ┃──┐             │                   ┃

 ┃   │           │ ̄    ジーファンタ帝国     ┃

 ┃    │          │                  ┃ 

 ┃   │        │                  ┃ 

 ┃     ̄_     │          ___─── ̄ ̄ ̄

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┃          ┃ 

┃           ┃

┃  デビタン領    ┃ 

┃           ┃ 

┃           ┃ 

┃           ┃ 

┃           ┃ 

┃           ┃ 

┗          ┃ 

  ̄───____──┛



●ジーファンタ帝国地図   

           ┏━━━━━━━ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄└━━━━━━━┓

           ┃               │          ┃

          ┃               │   ストレス     ┃

         ┃    コンプレックス    │               ┃

          ┃              │            _┃

       ┃ ̄─_           ___ └───── ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ┃

      ┃     ̄─── ̄ ̄ ̄ ̄                  ┃

      ┃        │      ○            ┃

      ┃        │                     ┃

   ┃ ̄ ̄       │                ★   ┃

  ┃  トラウマ     │                都◎┃

 ┃            │      ____──── ̄ ̄ ̄ ̄

┃           __── ̄ ̄ ̄ ̄ 

┃      _── ̄                  

┃___── ̄

★:チャット達の現在地



【また偉く角ばった地図だな】

 列強の分割に曝された、アフリカ大陸並の直線地形だ。

「今の戦況を端的に述べると、我がジーファンタ帝国はデビタン族の侵攻を受け、領土の大部分を占領されています。国の兵と我々戦士は、これ以上の領土の逸失を防ぐため、帝国内にて日夜彼らと攻防を繰り広げています」

 しかし戦果は芳しくなく、この度デビタンの一部に防衛戦のすり抜けを許し、あわや都落ちというような危険な事態を招いてしまった、とのことだ。

「デビタンの族長は長らくイラムという男でした。しかしそのイラムは十二年前、ジョイン家とトゥインクル家の二人の勇者によって倒されました。現在はイラムの忠実な家臣であった、ストレス、コンプレックス、トラウマの三人による三頭政治が行われています」

【絶妙に嫌な名前だな…】

「三人は元々兵を指揮する武官であり、今もそれは変わりません。ですから、トップである彼ら自身が、本国を留守にしてジーファンタ侵攻の陣頭に立っています。現在彼らは奪った領土を三つに分け、それを三人が各々自由に支配しています。北東部をストレス、北部中央をコンプレックス、南西部をトラウマがそれぞれ押さえています」

 スクールは地図を指で差し示しながら、丁寧に説明を続ける。


「本当は兵を一部に集中させて、少しずつ確実に領土を取り戻していきたい所なのですが、その間に兵の手薄な別の地域が奪われる危険があり、なかなかそうできません。三方面に均等に兵を割り振り、敵の突破を許さぬよう長い防衛線を敷いて攻撃を凌いでいるというのが現状です」

「なら、その防衛線のどこかに赴けば、ジーファンタ軍と合流して戦える訳か?」

「それも可能ですが、あまり賢いやり方とは言えませんね。離れて戦っているとはいえ、我々は全ての戦力が一つの意思によって統率されて動いています。いくら個人で動く戦士とはいえ、戦況や敵の装備や動きを全く知らずにいきなり戦場に飛び込んでは、却って足手纏いにもなり得ます」

 なるほど尤もだと、じいとチャットは頷く。

「この戦いにおける我々ジーファンタ勢の中核となっているのがここ、中継都市オッパイです。地図では○で示されています」

【段々ネーミングが酷くなっていくな…】

「オッパイは都と大陸の諸外国を結ぶ、商業ルートの中継地点でもあります。沢山の人間ヒト商品モノが行きかう経済の中心地で、規模で言えば帝都をも凌駕する大陸一の巨大都市です。防衛線の近くに位置している事もあり、戦いを指揮する軍の総本部もここに置かれています。ジーファンタの戦士たちもまずはここを訪れ、仲間や情報を集めてから戦地に向かうというのがスタンダードです」

 帝都を凌ぐ超巨大都市……。それを聞いて、じいは心躍った。

「人・モノ・情報、全てが集まっている戦いの最前線、それがオッパイです。戦地で活動したいのであれば、まずはこの地に赴くことをお勧めします」

 それを言い終わると、スクールは地図を畳んで立ち上がる。

「僕らも、オッパイに向かいます。もしあなたが同じ道を行くというのであれば、再び顔を合わせる機会もあるかもしれませんね」

 朝日が逆光になって陰になっているから、その表情はよく判別出来なかったが、スクールは何かチャットに期待している事を思わせた。


「スクール、そこに居たのか」

 と、そこに赤い髪のジーペンが駆け寄ってきた。

「!お前、ニートと話していたのか?何か余計なことを言ってないだろうな?」

「何も。ちょっと地図を御覧にいれただけだ」

「…とにかく来い、もうすぐ出発するぞ」

 ジーペンはスクールの肩を強引に掴んで、体を反転させた。

 去り際に、スクールはもう一度チャット達の方を振り返り、軽く会釈をした。


【チャット、どうするんだ?】

「…ああ、中継都市オッパイ。そこに行けば、俺もデビタンとの戦いに力を貸す事が出来るかもしれねえ」

【じゃあ…】

「ああ、決めたよ」

 朝日に照らされたチャットの顔は、何か大きな覚悟を決めた戦士の表情を浮かべていた。



「帰るわ」

【なんでだよおお】

 またしてもチャットの決断は帰宅であった。

「いや、流石に一度帰らないと母ちゃん心配するし、装備とかももうちょい整えないとまずいしな」

 確かに、チャットの服装はちょっと厚めの布の服を二枚着こんだだけで、まるで防具とは言えない。いくら回復力・耐久力に優れていたって、これではこの先の戦いを凌ぎきれないであろう。

【じゃあ、準備を整えてから再出発するって事か?】

「ああ。思ったより戦況はやばいらしいし、放ってはおけねえ。ここは紅の勇者さまが、力を貸してやんねえとな」


 じいが心配しなくても、チャットの覚悟は既に決まっていた。もう逃げ出したりしない。デビタンをこの国から追い出すまで、闘いを止めない。

 そんな志高いことを口にしながら、チャットはのっしりと自宅への帰路を急ぐのであった。

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