□5.セッキー関所を取り戻せ!②公衆便所の攻防

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                         ┃│ 離れ(本陣)│┃

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┏━━━━━━━━━━ 北門 ━━━━━━━━━━┛     ┏━━━┛

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┃ ̄ ̄ ̄__ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄[ 橋 ] ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄┃ 

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┃       ┌─────────┐       │ 魔法殿 │┃ 

┃       扉B        扉C     └─────┘┃ 

┃       │         │✝∩✝✝柵 ✝✝✝✝✝✝✝✝✝✝✝✝ ┃ 

┃       │         │    ┌──────┐┃

┃✝✝✝✝✝ 柵 ✝✝✝✝│  牢獄     │    │      │┃ 

┃       │ (兼貯蔵庫)  │    │  宿舎  │┃ 

┃ ┌────┐│         │    │      │┃ 

┃ │★WC  ││         │    │      │┃ 

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┃ └────┘│         │            ┃ 

┃       │         │            ┃ 

┃       └────扉A ───┘        ┌──┐┃ 

┃                          │矢倉│┃

┃                          └──┘┃ 

┗━━━━━━━━━━ 南門 ━━━━━━━━━━━━━━━━┛

★:チャット達の現在地



「いや最期の言葉の訳ねーだろ。公衆トイレでどんな非業の死を迎えるんだよ俺は」

 またしてもいい加減な前話の煽り文句に、チャットは不満たらたらである。


【何でも良いが、用心しろよチャット。柵の向こう側にはデビタンが沢山居る。木々で見通しは悪くなっているが、妙な音を立てたりでもしたら、忽ち見つかっちまうぞ】

 柵の南側においては、チャットという侵入者を探し求めて、兵達は定位置を離れてばらばらに動き回っている。しかし柵の北側では、侵入者は未だ目撃されていないため、定位置で通常の警備に勤しんでいるのだ。

「わかってる。気を付けるさ」


 丸太小屋のトイレに足を踏み入れるチャット。ドラゴン達は、その入り口でお留守番だ。

「む」

 便所には個室が三つ設けられている。が、その内手前の二つは既に使用中のようだ。チャットは、一番奥の個室へ入る。

 広々とした個室に設置された清潔な洋式便座は、非常に快適な一時ひとときを演出してくれそうだ。が、一つ問題があった。


「…そんで、そん時拾った財布に5万も入っててさー」

「おおお、で、お前それどうしたんだよ?」

「いや流石に盗れねーよ!大人しく交番に届けたさ」

「うわーお前偉いなー。でも馬鹿だなー」


「……」

 隣の二つの個室の住人は、ひっきりなしに会話をしている。それも、びっくりするほどテンションが高い。チャットは、なんとなく気まずい感じを味わっていた。一刻も早く用を済ませてここから出ようと、考える。


「おい」

「……」

「おい、お前」

「……え、俺?」

 黙ってやり過ごすつもりだったが、向こうの方から話しかけてきた。

「そうだよお前だよ、今さっき入ってきたやつ。後から来たのに挨拶も無しとか、何考えてんの?」

 挨拶だと?デビタンには、トイレの個室が隣合わせになったら挨拶をする風習があるのか。チャットは軽くカルチャーショックを受けた。


「あ、すいません。えっと、こんにちは。」

「は?なんだよこんにちはって。個室が隣り合ったら普通、"よろしくお願いします"だろうが」

「よ、よろしくお願いします」

 何をよろしくしちゃったんだよ俺。いかがわしい匂いプンプンじゃねえか。ここはハッテン場か何かか?

「おーけー。ズボン下ろしていいぞ」

 マジかよ、許可制だったのかよ。もうすっかり下しきっちゃってるよ。完全に戦闘態勢に移行済だったよ。

「ありがとうございます」

 戸惑いながらも、隣人のやり方に合わせるチャット。


「では今から入部テストを行います」

「入部テスト?」

 また変なのが始まった。

「ここはセッキー関所便所クラブ管轄の公衆便所。故に、部員以外の使用は認められていない。君がここで用を足したいのなら、まずは入部テストに合格してもらう必要がある」

「……わかった。早く始めてくれ」

「スカイプが使用可能な端末は所持しているかね?試験はオンラインで行うのが決まりでね」

「古いスマホなら持ってるぜ。あんたらのアカウント名は?」

 チャットは旧式のスマートフォンをズボンのポケットから取り出し、試験に臨む。


[お、ログインした?じゃあ試験始めちゃうけど、何か質問ある?]


[これスカイプでやる必要あるんすか?]


[便所とは、世俗から隔離された、異質な空間。故に便所内での重要な会話は、外部に漏らさぬよう、チャットで行うのが望ましいというのが我々の考えなのだ。我々をこのやり取りを、異空間通信ファンタジー・チャットと呼ぶ]


[こんな所でタイトル回収してくるとは思わなかった]


[では、試験を始めよう。問題。2002年、東京多摩川に出現して話題になった生物とは、次の内どれ?]


A.ネコ


B.イヌ


C.ゴマフアザラシ


 なんだ、くそ簡単じゃねえか。

 普段からじい達の世界について情報を集めているチャットにとっては、朝飯前の問題であった。


[C.ゴマフアザラシ]


[ブーッ!!はっずれ~。正解はアゴヒゲアザラシでした~。引っかかったな間抜け~♪]


 うぜえ…。


[でも率直に問いに答えようとする姿勢は認めよう。合格だ]


[何だったんだこのやり取り]


 結果として、チャットは排便を許された模様だ。


「おめでとう!今日からお前は俺たちの便所仲間だ!」

「最初は馴染めないだろうが、遠慮せずガンガン用を足してくれよな!変な音とか出しても、俺たち全然気にしないから!」

「あ、ああ…」

 便所クラブの仲間たちは、拍手喝采でチャットを祝う。別に悪い気はしないが、ちっともいい気もしない。


「はあ、ようやく用を足せるぜ」

 便所の入り口で待たせているじい達に負い目を感じ、急いで用を足そうとする。


「…なあ相棒、大事な話があるんだ」

「なんだよ改まって」

 …大事な話?一体何だ?

 チャットが用を足す間も、二人はしょうもない会話を続けていた。チャットはそれを殆ど聞き流していたが、よくよく考えれば、隣の二人は関所を制圧したデビタン軍の一員である可能性が高い。だとすれば、ここを奪還するにあたって、何か有益な情報をもたらしてくれるかもしれない。そう思い至ったチャットは、改めて彼らの会話を傾聴する。


「俺、この戦いが終わったら、あの人に告白しようと思うんだ」

 なんだ、どうでもいい話だった。

 チャットは緩めかけていた腹筋を、再び力ませる。


「おお、お前ついに覚悟決めたのか!応援するぜ。俺はお前とあの人、お似合いだと思う。やっぱり、決め手はあのケツか?」

「ああ、あの人のケツは最高だぜ」

 またケツの話かよ。便所の中では自分のケツに傾注で、便所の外では他人のケツに夢中か。


「なあ、お前もいいと思うだろ、あの人のケツ」

 と、チャットに話が振られる。

「え、あ、ああ。いいと思うぜ。ケツはまあともかく、あの人顔も素敵だし。なんか、正統派美女っていうか」

 適当に話を逸らさんとするチャット。


「美女?何言ってんだ、あの人は漢の中の漢だろ」

「ホモだったでござる」

 なんてことだ。完全に女の話をしていると思っていたが、彼らが先ほどから話題にしていたのは男のケツだったのだ。

 と、断定する前に、チャットはもう一つの可能性を思い当たる。彼らが男であるという前提がそもそも間違っていたのかもしれない。


「……あのー、もしかしてここって、女子トイレだったりします?」

「いや、男子トイレだけど?」

「やっぱりホモだったでござる」

 ここに至って、チャットは自身の貞操の危機を察知する。それは単に精神倫理上の問題だけではない。三十路みそぢ目前のチャットは、あと数か月純潔を保てば、魔法が使えるようになる予定なのだ。こんな所で、今までの辛苦を無駄にしたくは無い。


「にしてもあの人が俺たちと同じひらで、タッコの野郎が第二部隊隊長だなんて、どう考えてもおかしいよなー」

「タッコはイッカ司令の息子だからな。コネって奴だよ。あー羨ましいぜ。きっと大層ケツを肥やしてんだろうなあ」


 二人の会話が止む様子は無い。その隙を突けば、うまく逃げ出せるだろう。だがタイミングを誤れば、外でチャット達を捜索するデビタン兵に見つかってしまうかもれない。チャットは個室の小さな窓から、外の様子を窺い見る。

「!あれは……」



*



 便所の入り口前で、ドラゴンは退屈そうに欠伸をする。ご主人のトイレが長いためだ。

 一方、じいは思案していた。この状況を打破する、妙案はないかと。

 一つ気になっていたのは、デビタン達の連携の拙さ。いくら侵入者を見つけたからと言って、大勢が持ち場を離れて捜索に動き出すというのは、あまりにも杜撰である。本来なら侵入者を直接追うのは少数で、残りの者は上官に指示を仰いだり、離れた仲間に報告したり、その場で元の警備を継続するというのが、然るべき対応だ。

 そこに加わったのが、タッコが軍司令官の息子であるという情報。見るからに無能そうな彼が、関所攻略という重大任務を担った軍の一部隊長というのは、傍から見てもコネである事を疑わざるを得ない。デビタン兵の動きがちぐはぐだった原因の一端は、間違いなく彼にありそうだ。

 デビタン達の個々の戦闘能力は確かに高い。だが、組織力という点においては、かなり劣っているのではないか。つけ入る隙があるとすれば、やはりそこ以外無い。

 じいの考えは、少しずつ纏まりつつあった。


ポヨン。

【…ん?】

 不意に、じいはチャットからのスカイプメッセージを受信した。


[牢獄棟の外壁に、小さな採光窓があるのを見つけた。ドラゴンなら、あそこから中に侵入できるかもしれない]


 じいはドラゴンを移動させて、メッセージの内容を確かめる。チャットの言う通り、牢獄棟の外壁には、人の頭程の大きさのガラス窓が設けられていた。


[確認した。確かにドラゴンなら通り抜けられるかもしれない]


[だろ?上手くやれば、囚われた仲間たちを救出するのに使えるかもしれねえ]


[てかお前、他に端末持ってるなら早く言えよ。別行動しながらでもお前と通信できるなら、大分作戦の幅が広がる]


[バッテリー弱いからあんまり使いたくねえんだよ。んで、何かいい案は思いついたのか?]


[そうだな…こういうのはどうだ?]


 便所に追い込まれた二人と一匹の、反撃が始まる。

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