□6.セッキー関所を取り戻せ!③犠牲となった勇者

                         ┏━━━━━━━━━┓

                         ┃┌───────┐┃

                         ┃│ 離れ(本陣)│┃

                         ┃└───────┘┃

┏━━━━━━━━━━ 北門 ━━━━━━━━━━┛     ┏━━━┛

┃                              ┃   

┃ ̄ ̄ ̄__ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄[ 橋 ] ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄┃ 

┃ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ┃     ┃   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄┃

┃                         ┌─────┐┃ 

┃       ┌─────────┐       │ 魔法殿 │┃ 

┃       扉B        扉C     └─────┘┃ 

┃       │         │✝∩✝✝柵 ✝✝✝✝✝✝✝✝✝✝✝✝ ┃ 

┃       │         │    ┌──────┐┃

┃✝✝✝✝✝ 柵 ✝✝✝✝│  牢獄     │    │      │┃ 

┃       │ (兼貯蔵庫)  │    │  宿舎  │┃ 

┃ ┌────┐│         │    │      │┃ 

┃ │ WC  ││         │    │      │┃ 

┃ │   ★││🐈        │    └──────┘┃ 

┃ └────┘│         │            ┃ 

┃       │         │            ┃ 

┃       └────扉A ───┘        ┌──┐┃ 

┃                          │矢倉│┃

┃                          └──┘┃ 

┗━━━━━━━━━━ 南門 ━━━━━━━━━━━━━━━━┛

★:チャット達の現在地

🐈:ドラゴン(+じい)の現在地


【…ここは、貯蔵部屋か】

 ガラス窓を破ってドラゴンとじいが侵入したのは、全面石造りの小さな一室。壁際に木箱や布袋がきちんと並べて置かれ、それと対照的に、剣や槍といった武器が乱雑に放られている。

 見張りは誰も居ない。畳二つ分ほどのごく狭い部屋だから、一々警備する必要性も無いと判断しているのだろう。


【ドラゴン、扉開けられるか?】

「んにゃ!」

 体の小さい猫にとって、戸を開ける作業は不得手のはずだが、ドラゴンは頼もしい返事をする。


 ドラゴンは立てかけてあった剣を壁際の木箱に突き刺すと、それを足場にして取っ手を掴み、全身の力を持って、扉を内側に引きこむ。

 扉は木製であったが、厚みがあり、かなり重い。なかなか動いてくれなかったが、ドラゴンが渾身の力を込めて引っ張ると、ようやく僅かな隙間が生まれた。

【すごいぞドラゴン!やったな!】


 扉が風で閉まらない内に、急いで外に出る。扉の前には誰も居なかったが、通路には何人ものデビタンが歩き回っており、すぐにその姿は捉えられた。


「おい、あの猫。侵入者と一緒に居た白猫だ!」

「追え、逃がすな!」

 チャットの行方知れずで痺れを切らしていたデビタン兵は、忽ち歓喜して、我先にと、ドラゴンを捕えようと仕掛けてくる。


【ドラゴン、一度右に向かってくれないか。Aの扉を確認しておきたい。】

「ふにゃ」

 じいの指示で、ドラゴンは先程の侵入経路である、南門近くの扉Aへ走る。


 扉の付近にも勿論、デビタンが待ち構えている。じいは素早く情報判断する。

鋼鉄の扉、多少の衝撃ではビクともしない堅牢な造りだ。ドラゴンの魔法でも破壊は難しいだろう。もう一つ特筆すべきは、内側からの施錠・解錠にも鍵を必要とする事。簡単に囚人に脱走を許さないための工夫だろう。取っ手のすぐ下に大きく張り出した歪な鍵穴が、その意図を物語っていた。


「にゃあっ!」

 ドラゴンは前後から迫り来るデビタンに、火炎弾で応戦する。

【ありがとう、ドラゴン。もう十分だ。通路奥右手の部屋、この騒ぎを聞きつけて、中に居たデビタンが戸を開いた。あそこに潜り込むぞ!】

 ドラゴンの瞬発力と華麗な身のこなしに、デビタン達はまるでついていけない。一度も被弾する事無く、目的の部屋に入り込む。

 部屋は向かって右側の壁に木樽が積み重ねて置かれ、床には半透明の液体が滴っている。酒の貯蔵庫だろう。足元のおぼつかない酒蔵前のデビタン達は、ここで白昼から酒を飲み交わしていたようだ。

【!この部屋にも窓があるな。こいつはついてる。ドラゴン、あそこから外に出よう!】

 人の背二つ分ほどの高い位置にあるが、壁際の樽を踏み台にすれば、なんとか跳躍が届きそうだ。

 ドラゴンは、部屋に流れ込んだ勢いそのままに外に通じる窓を破壊して、そこから飛び出した。


 足を着けたのは、先ほどチャットが体力切れを起こして撤退した、宿舎と牢獄棟の狭間はざまの鉄柵前。周囲は無論、デビタン達が睨みを利かせて警戒にあたっている。

「おい、猫を見つけたぞ!」

「やっと尻尾を見せたな!」

 こちらのデビタンも、ようやく発見した獲物に狂喜乱舞する。


【ドラゴン、まだいけるか?】

「にゃあ」

 先ほどからドラゴンは殆ど走りぱなしである。猫は瞬発力には優れるが、犬と違って持久力には乏しい。本来なら大分疲労が溜まっていてもおかしくないが、ドラゴンはそれを全く感じさせない。異世界の猫は、やはりこちらの猫とはスペックが違うのだろうかと、じいに想像させる。


 再び走りだすドラゴン。まずは宿舎に忍び込む。

 宿舎は三階立て。一階から三階まで隅々を見て回ったが、負傷兵以外にここに留まる者は無い事が分かった。デビタンの大軍、との話だったが、少なくとも現在この関所に残るデビタンの数は、そう多く無さそうである。


 追っ手の目を盗み、柵の隙間をくぐったドラゴンは、魔法殿を偵察する。柵の北側はやはり勝手が違って、兵達は落ち着いて警備にあたっている。関所に入る前に高台から確認した通り、建物の周りを七、八人のデビタンが周回していて、超厳重とまでは言えなくとも、全く隙の無い印象だ。中の様子はわからなかったが、恐らくそれなりの人数を割いて守っているに違いない。


 その足で牢獄棟の扉Cに向かったドラゴン達は、道すがら堀にかかった橋の様子を窺う。此岸に二名、彼岸に二名。本陣である離れへと通ずる唯一の道筋であるが、その警備は思ったより手薄である。司令官の、己の強さへの自負心の表れなのか。はたまた、何らかの意図があるのか。


【……情報は集まった。チャットと合流しよう、ドラゴン】

「にゃー」



*



「さてと、俺もそろそろ向かいますか」

 チャットは二人の便所仲間の耳を盗んで、密かに丸太小屋を抜け出した。デビタン兵に見つからないよう細心の注意を払いながら、牢獄棟の扉Aを目指す。


「俺が居なきゃ、あいつら建物中に入れねえもんな。急がねえと」


 じいの次の策は、ドラゴンを囮にした、チャットの牢獄棟侵入作戦だった。窓から牢獄棟内に入ったドラゴンが建物内の兵を外へおびき出し、外を走り回ってあちこちに散らばるデビタン達の注意を一身に引き受ける。

 その間にチャットは手薄になった牢獄棟内に忍び込み、一階フロアを耐久力ごり押しで制圧する。追っ手を撒いたドラゴンらを扉Cから引き入れて、合流。地下牢に囚われたジーファンタの仲間達を救出し、その勢いでに魔法殿に飛び込む。

 スピードとタイミングが最重要視される作戦だ。


「!お前、さっきの侵入者!やはりまだ居たんだな!」

「んげっ」

 慎重に歩いていたつもりだったが、デビタン兵と遭遇してしまったチャット。だが、相手は所詮一人である。

「ここは、闘うしかねえよなあ…?」

 勇者チャット、本日二度目の抜刀。



「ぐわああああああ、やられたああああああ」

 戦闘開始から十分後。デビタン兵は腹を斬られ、その場に倒れ込んだ。

「まだまだ剣の腕前が未熟だな」

 因みに彼が一度斬られる間に、チャットは三十二回ほど斬りつけられている。


「遊んでいたら時間食っちまったぜ、急ごう」


 小走りで扉Aから牢獄棟に侵入する。

「おっと、鍵を掛けておくんだったな」

 先ほど衛兵からくすねておいた鍵で、扉Aを施錠する。これも、じいの指示だ。

 幸い、一階にはまともに動ける兵は残っていなかった。

 チャットは通路の両脇に並んだ各部屋の中をチェックすると、合流地点である扉Cの前に移動する。

「扉の外には…誰も居ねえのか。居てくれた方が都合が良かったんだがな」


 ポヨン。

[開けてくれ!]

 じいからだ。


 チャットが戸を開くと同時に、ドラゴンが弾丸のように飛び込んできた。

【ジャストタイミングだ、チャット】

「おう、無事だったかドラゴン、じい。良かったぜ」

「にゃーお」

 再会の喜びを分かち合う三人。


【鍵は?】

「無い。扉の前の衛兵はどっか行っちまってた」

【なら取り急ぎ、さっきの刀を差しておこう】

 チャットは先程デビタン兵から奪った長剣を、バー型のドアハンドルに差し込む。


【一階は?】

「動ける奴は居なかった。もう制圧済みだ」

【ならこのまま地下牢へ向かおう。仲間の救出だ】

 ここまでは驚くほどうまく事が運んだ。だが、正念場はここからだ。

 地下牢に何人の敵が居るかはわからないが、それら全員と真っ向からやり合わなくてはならない。こっちはボス以外にはてんで弱い元NEET勇者と、魔法が使える小柄な白猫、それに異世界からビデオ通話しているだけの一般人の、三人のみの戦力だ。

 負けられない。逃げる事もできない。正に、真剣勝負。


【まずは俺とドラゴンが突入する。メッセージを受け取ったら、お前も突撃だ】

「ああ」

 扉Cのすぐ近くの下り階段。そのすぐ手前で、じい達は作戦の最終確認をする。


【行くぞ!】

「にゃあ!」

 この日一番気合の入った掛け声と共に、ドラゴン達は地下に繋がる階段を一気に駆け下りた!


「!?なんだ!」

 薄暗い地下室の中、状況を呑み込む前に、じい達は先手を打つ。

【今だ、ドラゴン!】

 ピキィィッ!

 耳に痛い超高音と共に、地下の床に凄まじい冷気が走る。忽ち、デビタン達の足元は凍り付き、床に接着する!

【来い、チャット!】

 ッターン!!

 異世界から放たれたエンターキーのプッシュが、紅の勇者に始動を合図する!


「うおおおおお!」

 瞬間、階上から傷だらけのデブ剣士が、恐ろしい形相で突進してくる!デビタン達は激しく戦慄する!!

「!?何だ、何が起こっている!」

「落ち着け、相手は一人だ。動けなくても、武器で応戦すれば撃退できる!」

 地下に潜んでいたデビタンは計四人。皆リーチのある長槍を手にしている。相手が動きを封じられているとはいえ、武器を持った雑魚兵士が四人。まともにやり合っても、チャットが勝つ見込みは薄い。

 だから初めから、闘うつもり等ない!


【チャット、手前右側の奴だ!腰巻ごとぶんどれ!】 

「!鍵が狙いか…させるか!」

 ターゲットのデビタンは、槍の突きで応戦する。チャットはそれをうまく受け流し、左肩で思い切り受け止める!

「なんだ!?当たったのに、怯まない!?」

 隙を見せたデビタン。チャットはすかさずその腰巻を切り裂き、鍵を手中にした!


【ドラゴン、柄に着火だ!】

「ふにゃっ!」

 炎の熱さで、デビタン達は武器から手を放す。ドラゴンは床に転がった武器を蹴り飛ばし、火を素早く消火する。これでもう、デビタン達は武器を拾う事はできない。完全に彼らの戦闘能力を封じた。


【うまくいった!チャット、牢を一つずつ開けていってくれ!】

「ああ!」

 チャットは奥の牢から、鍵を一つずつ試しながら、解錠を試みていく。


「…ありがたい、あんたは、ジーファンタの戦士か?」

「……昔は、な。今は、只のさ」

 囚われた帝国民たちは、助けに喜ぶというよりは、目の前で突然起きた出来事を信じられないという様子であった。


「よし、お前たちで最後だ」

「……」

 その中には、帝都と宿場町で顔を合わせた、若い戦士四人組も含まれていた。彼らも、生きていたのだ。

 念のため、牢を守っていたデビタン達を気絶させて牢にぶち込み、一行は一階へ出る。


 じいは事情の説明も程々に、本題を切り出す。

【ずっと閉じ込められていて疲労している所申し訳ないが、あなた達にも関所奪還の協力をしてもらいたい】

「協力…だと?」

 赤い髪の男…ジーペンが怪訝な顔を見せる。

【ああ、俺たちはこれから魔法殿に乗り込み、そこを占拠しようと考えている。魔法殿の強力な魔法があれば、デビタン軍の本陣である離れの制圧も可能だからだ。あなた方には我々とともに、その魔法殿制圧の戦力になってもらいたい】

「……」

 若い男たちは言葉を返さない。じいの作戦には不満は無いようだが、チャットの方をじっと睨みつけている。やはり、への不信感は拭えないようだ。


「わかった。ぜひ協力させてもらおう。先の戦いでわたしたちの仲間も少なからず命を落とした。彼らの無念を晴らすためにも、ぜひとも我々自身の力で、関所奪還を実現させたい」

 関所衛兵のリーダー格と思われる男の一声で、大多数の意向は固まった。消極的態度を見せていた若い男たちも、結局それに従う意思を見せた。


「しかし、俺たち武器が無いぞ?」

【ああ、武器なら、恐らく没収されたものがこの階の奥の部屋に放られていたよ。後で取りに行くといい。その前に、これから少し細かい動きをするから、その説明をさせてくれ】


 じいの指示で、兵達はいくつかの班に分かれて行動を開始した。外ではドラゴンの姿を求めて、デビタン達が徘徊している。いつ牢獄棟に乗り込んで来るかわからない。努めて効率的な動きが求められた。



 ―二十分後、全ての準備が整った。

【よし、準備万端だ。これより、魔法殿へ進軍する。チャット、お前が先に出て魔法殿に向かってくれないか?】

「え、俺一人で?」

【ああ、切り込み隊長って奴だ。安心しろ、奴らを撒いたのは宿舎付近だから、デビタン達はこぞって宿舎周辺にたむろってるはずだ。お前が見つかってフルボッコっていう展開はまず有り得ねえよ】

「本当かよ」

 流石に疑いの目を向けるチャット。

【もし見つかったら、お前があの紅の勇者ニート・ジョインだって、高らかに宣言してやるといい。きっと皆ビビッて、自ずから逃げ出していくぜ】

「まあ、そうかもな」

 おだてられたみたいで、悪い気分ではないチャット。


【じゃあ、頼むぜ!紅の勇者さま】

「ああ!」

 友に見送られ、チャットは意気揚々とCの扉を開く。



 ―ビッシリ。

 視界一面に、デビタンの大群。

「!おい、中から例の侵入者が現れやがったぞ!」

「あの男、やっぱりまだ潜んでいやがったんだな」

 すぐさま発見され、皆の注目を集める。

「野郎、騙しやがったな…」

 本当は牢獄棟に逃げ帰って、じいに文句の一つでもかましたい所だが、そんな事をしては、せっかくの作戦が水の泡である。そこで、彼のもう一つの言葉を思い出す。


「…そうだ、俺は紅の勇者、ニート・ジョイン!てめえらみたいな雑魚が、俺に勝てると思ってるのか!?」

 高らかに、自らの高名を声明する。


「ニート・ジョイン、だって?」

「確か、凄い賞金掛かってたよな。首を持っていけば、大手柄だ」

「隊長命令だ、総員、全力を以て捕えろ!!」

 一斉に押し寄せる、黒い人塊。

「これも嘘かよおおおおお!!」

 チャットは正面方向にダッシュする。目的地は魔法殿に設定されている。とりあえず、そこに向かおうと考えた。

 が、その周囲はしっかりと警備されていて、易々と侵入できそうにはない。


 チャットは肉を裂かれながらも鉄柵を乗り越え、必死で逃げのびる。

 あいつマジで許さねえ、後でぶん殴る。いや、ぶん殴れないけど。

 その怒りと復讐心が、彼の逃走の原動力となった。



*



 その頃、ドラゴンは、先に牢獄棟に侵入した小さなガラス窓から、丸太小屋を眺めていた。

 暫くすると、同性愛者風の男デビタン二人組が、ケツ丸出しで小屋から出てくる。


「おーい、お前ら、大変だ!何でも関所内に、あの紅の勇者が忍び込んだってんで、大騒ぎになってる。司令官命令で、総員総出で、勇者を見つけてひっ捕らえろだとよ!」

 二人が呼びかけるのは、柵向かい、扉Bの周辺を警備するデビタン兵達だ。

 それを聞いた兵達は、急ぎ動き出す。


「周り込むより、建物の中を通った方が早いんじゃないか?」

「いや駄目だ、何故か鍵がかかってる。周回していくぞ」

 デビタン兵達は扉Bからの建物侵入を諦め、外回りでチャットの捜索へと動き出す。


 それを見届けたドラゴンは、牢獄棟の東側の部屋へと移動して、今度は兵達が宿舎・牢獄棟間の柵を南に進んだ事を確認する。


[go]


 ジーファンタ兵の一人の端末に、メッセージが届く。その瞬間、一軍は扉Cを飛び出し、魔法殿へと急行する!

 ドラゴンとじいも窓から飛び降りて、それに合流する。


 運のいい事に、魔法殿の周りを固めていた兵達も、皆チャットの捜索に出払っていた。それだけ、紅の勇者のネームバリューは凄いという事だろう。


【このまま突入する!】

 ジーファンタの戦士たちが、一斉に石造りの聖殿へ侵入する!

 走る、武器を構えるという動作の必要の無いじいは、視覚だけに全神経を注ぐことが出来る。この場においても、真っ先に敵の人数を把握したのは彼。

 敵は七人。全員牢の兵と同じ、長槍持ちだ。

 一方ジーファンタ側は十四人と一匹。丁度一人に二人当てても、ドラゴンが余る計算。不意打ちの利もある。

【これなら、行ける…!】


 魔法殿の中は純白の石造り。ただでさえ背が低く、目立たないドラゴンであったが、その体毛の白さ故、殊更注目を得にくかった。

「フシャー!!」

 兵の一人ひとりが持つ武器の柄に、火炎弾を発射する。兵の距離はそれぞれ数メートルから十数メートル離れているが、最短ルートを結べば、ドラゴンのスピードなら十五秒も掛からない。


「あっつ…!」

「くそっ!」

 あっという間に丸腰になったデビタン達に、ジーファンタの戦士たちが、武器を突きつける!


「この前のお返しだ。観念しろ」

「っつ…」

 一分も経たない内に、魔法殿は制圧された。

【…すげえ、うまく行きすぎだろ】

 一番驚いていたのは、発案者のじい自身であった。


 後はこの魔法殿の術式を発動させれば、離れを制圧する事ができる。というより、破壊になりそうだが。

【ドラゴン、頼めるか?】

「ふにゃ?」

【いや、ふにゃじゃなくて。魔法殿の術式を発動して欲しいんだけど】

「にゃー」

 いや、それは無理、って調子の鳴き声である。

【なっ、どうしたんだ?もしかしてスタミナ切れとか?】

 思わぬ事態に見舞われた。まさか魔法殿を制圧したはいいものの、それを使用する事が出来ないとは。


「そうじゃねえよ」

 と、魔法殿の入り口から声が響く。

【!チャット、無事だったか】

 そこには、傷の修復が間に合わず、あちこちから血を滴らせたチャットの姿があった。

「どの口が言いやがる。ったく、人をいいように使いやがって」

【すまん、作戦上お前を騙す必要があったんだ。それで、ドラゴンが魔法殿を使えないってのはどういう事だ?】

「魔法殿の術式は複雑に暗号化されててな、ちゃんとアカデミックに魔法を学んだ奴にしか使えない設計になってるのよ。ドラゴンの魔法はそりゃあ強力だが、生来の才能を、自分なりのやり方で行使しているに過ぎないもの。この魔法殿を扱う技術は、全く備わっていない」

【……マジ、かよ】

 そういうことは早く言えよとツッコミたい所だが、今はそんな下らない言い争いをしてる暇はない。事態は一刻を争う。間もなく、チャットを追った大量のデビタンが、この魔法殿に流れ込んでくるだろう。


【誰か、魔法を使える者はこの中に居ないのか?】

「…使えない事は無いが、この魔法殿の術式を使いこなすほどの技量は無いな」

 他にも何人か手を挙げたが。皆似たようなことを口にした。ここには、魔法殿の術式を扱える者は居ない。

【……そうか、わかった】


 じいは、思案する。魔法殿は、もう使えない。だとすれば、残された手段は…。


【作戦、変更だ。直ぐに次の策を実行する】

「……ほう」

 暗青髪の男が、感心したように相槌する。


 じいは皆に向けて次なる策の概略を説明した後、チャットにメッセージを送る。

「ん?じいからか…」


[この作戦では、チャットの働きが最も重要になってくる。これは、お前にしか出来ない役目だ]


[俺にしかできない役目?それは一体…]


[ああ、それは…]


 じいは、少し後ろめた気に、送信を焦らす。



[囮だ]


[またかよ!!!]

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