第二章:動き出す運命の歯車

1.俺はニートだ。ここを、通してもらおうか

【いや"完"じゃねーだろ、"完"じゃ。何をとんでもねえ終わらせ方してんだ。完全に『俺たちの戦いはこれからだ』エンドじゃねーか】

「いやあ流石にビビったわ。しかもその後ご丁寧に丸二日更新止めやがったしな。善良な読者さんが本当に完結したと思って、続編所望のレビューまで下さってる始末だぞ。申し訳ねーよ、マジ洒落になってねーよあれ」

 チャットとじいは、帝都の街を歩きながら、第一章の終わらせ方についてぶつくさと文句を垂れている。今彼らは、デビタンの一軍に占拠された関所を奪還するため、その地に赴く途中だ。


 二時間ほど歩くと、ようやく街の出入り口に辿り着く。ジーファンタの都ミヤコーは海に面しており、海岸沿いに港が点在する。その最も大きな港を中心に、陸地に扇形の市街が広がり、それをグルリと取り囲むように、緋色の鉱石で造られた城壁が聳え立っている。

 チャット一行は今、その城壁の前に到着したのだ。

「誰だ!?今はデビタン軍が近くに迫っている状況。戦士以外の者は通す訳には行かないぞ」

 門番の衛兵が一行に尋ねる。

「ニートだ。通してもらおう」

「ニート?あのジョイン家の……?」

 衛兵は上官らしい兵士と暫くひそひそ話していたが、やがてチャット達の下へ戻って来る。


「貴様の事は信頼していない。だが、今は一人でも多くの戦士が必要とされている状況。全く期待はしていないが、微かな可能性を見込んで、通してやろう」

 と言って、衛兵は割とすんなり通過を許す。ツンデレさんらしい。

 衛兵が合図を送ると、氷のような冷たい青色をした門が、ゴゴゴゴと音を立てながら、ゆっくり開いていく。

 門の大きさは目測でおよそ20メートル。その大きさと美しさ、開門の迫力に、じいはすっかり目を奪われていた。

「行くぞ、じい。ここからは魔と魑魅魍魎が跋扈する、危険な世界だ。油断してたら、死ぬぜ。……俺がな」

【ああ!】

 完全にその場に居る感じの雰囲気を醸してるが、実のところ、じいは自宅のパソコンの前に座ってるだけなので、何の実害も受けようが無い。

 それでも、しっかり気を引き締める。この先は、何が起こるかわからない。魔物の襲来、盗賊の強襲、得体の知れない魔法や呪い……。その全てと、向き合わなければならない。

【かかってこい、どんな困難でも……!】



 いたって、平和だった。寧ろ何一つおかしな事は起きない。

【悪い事じゃないんだけど、退屈だな……】

 肩透かしを喰らった感じで、じいはちょっと不満げである。

「!おい、見ろじい!」

 その時、チャットが声を上げる!

【!何だ、魔物か!?盗賊か!?】

「椿の花が咲いています。とても、綺麗ですね」

【ピクニックしに来たんじゃねーだろうが。何で急に花を愛でる精神に目覚めてんだよお前は】

「おい、あれは!?」

【今度は何だ】

「あの雲の形、どこか懐かしい。しみじみと、何か大切な事を思い出させてくれるような・・・」

【ありふれた物に美を見出しすぎい!】

「あっ、あれは!」

【もういいよ】

「デビタンだ!」

「ええっ!?」


 ドラゴンが右に首を振ると、じいの視界にもそれが映り込む。真っ黒な皮膚に、真っ赤に充血した瞳。鼻と耳は異様に尖り、伸びきった爪は鋭い切れ味を思わせる。シルエットこそ人型であるが、およそ尋常の者でない。まさに異形、ファンタジー世界の種族じゅうにんである。

【敵……だよな?】

「ああ、ジーファンタにとってはな」

 答えながら、チャットはそのデビタンに近づく。

【おい、待て。大丈夫なのか!?いくらお前が紅の勇者だったとしても……】

 チャットの実力を直接見たことの無いじいは、心配の声を上げる。だが、チャットには届かない。

【何か、策でもあるのか……?】


「おい、お前!」

 チャットは乱暴にデビタンを呼びつける?

「え?」

「ロールちゃん、一緒に食わないか!!」

「食う食う!」

 チャットの策とは、餌付け作戦であった。


「チョコクリーム味最高」

「俺は王道のホイップ派だがな。しかし、ロールちゃんはどの味をとっても美味しい」

「いやマジ腹減ってたから助かったわ。さんくす☆さんくす☆ベリーさんくす♪」

 デビタンのノリはかなり軽かった。しかも語尾で必ずゲッツポーズをとるので、微妙にうざい。そのさまに、じいも思わず気が抜けてしまう。


「いやあ、でもお前アレだろ?ジーファンタの戦士だろ?いいの、俺助けちゃって?敵だよ、敵、敵」

「ふっ、戦場以外では敵も味方も関係ねえだろ。同じ大陸に住む同胞同士、困った時はお互いさまさ」

「いやあマジたまげたなあ。お前ホントいい奴☆いい奴☆」

 じいは知っていた。先ほどから頻りに、チャットは「ロールちゃん重い……」と漏らしていた事を。この善行は、半分以上は自分の為だったのである。


「んじゃ、俺行くわ。言い忘れてたな、俺の名はトッロ。いつかジーファンタとデビタンが仲良くなって、こっちに遊びに来る事があれば、色々世話するぜ。んじゃ☆んじゃ☆」

 そう言い残すと、トッロはチャットの名前も聞かず、去って行った。

【変な奴だったな】

「ああ、だが戦場では会いたくないものだな。ファンタジー世界こっちでは、ロールちゃんを一緒に食う事は、兄弟の盃を交わす事に等しい。あいつはもう、俺の身内同然だ」

【お前らの世界においてロールちゃんはどんだけ重要アイテムなの】


「しかしそろそろ疲れたな。今日はこの辺で野宿するかあ」

【前回の話で明日は来ないかもって言ってただろうが。そのまま永遠の眠りにつく気か】

「それはそうなんだが……」

「ニャア」

「ん?」

 じいの視界が揺らぐ。ドラゴンが首を振っているようだ。

 首の動きで、前方をよく見ろと、示しているらしい。チャットが遠くを窺うと、果たして、小規模な街を認めた。


「おお、あそこで宿をとれるな!でかしたドラゴン!」

「にゃあ♪」

【待て、いいのかそれで?今日中にデビタンが都に攻め込んでくる可能性もある訳だろ】

「平気平気。どうせデビタン達も、今日は関所を落とせたことに浮かれて、祝杯挙げてるに決まってる。兵の疲労や士気を考えても、そうする方が定石だしな。よーし、行こう。あの街に宿泊☆宿泊☆」

【さっきのデビタンの口調移ってんぞ】



*



「きゃー大変よー」

 街に入るなり、例によって女の素っ頓狂な声が聞こえる。街で、何か起こったらしい。じいもチャットも、その声を傾聴する。


「私がデビタンに襲われてるわー助けてー」

【当事者かよ】

 見ると、若い女を数人のデビタンが取り囲み、ケツを突き出して踊り狂っているではないか!


【……猥褻行為か?】

「いや、デビタン式の求愛行為だ」

【何だ、只の婚活か。行こう、チャット】

 二人は、所謂物語の主人公と違って、特に女性に優しくはない。チャット達はその珍妙な集団の脇を横切る。が、そこでデビタンの一人から声が掛かる。


「おいおいてめえ、人が必死でアプローチしている横を、何普通に通り過ぎようとしてんだ。喧嘩売ってんのか、おお?」

 先ほどのトッロとかいうデビタンと違い、いたって好戦的だ。

「……」

 チャットは、デビタンに背を向けたまま、言葉を返さない。何か、思考しているのか。


「聞いてんのか、てめえ。シカト決め込むつもりなら只じゃおかねえぞ。こっちは本気だぞ、本気」

 それを聞いて、チャットは向き直る。

 瞬間、空気が切り替わった。張り詰めて、ひび割れそうな極度の緊張感。

 次の瞬間、先程まで二本足で立っていた男の頭が、地に臥していた。



「すびばっっせんでしたあああああああああああああああ!!!!」

 チャットだった。

【えええええええええええええええええええええええ】

「マジすいません本当調子のりました。求婚中に横通るとかマジアレっすよね。せんずり中に部屋に入られるレベルの屈辱っすよね。配慮足りなかったっす。マジ反省してるんで今回ばかりは本当勘弁してください」

 つらつらと謝罪の言葉が出てくる。NHKアナウンサーの三倍速くらいの凄まじい勢いだ。それを一回も噛まないものだから、じいも却って感心してしまう程だった。


「ふん、最初からそうやって素直に謝っておけば良かったんだよ。今日は特別に勘弁してやる」

 チャットのエクストリーム謝罪によって、なんとか衝突の危機は避けられたようだ。


「ようし、じゃあ改めて求婚を・・・って女居ねえ!仲間も居ねえ!向き直りゃさっきのデブも居ねえ!」


 悲しきデビタンは、街の入り口にて、独り寂しく冷たい野風に臀部を晒していた。





 


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