13.フォレス森の幻惑③俺の言葉を胸に刻め!

 チャットの答えを聞いた泉の精霊は、勝利を確信した。そして、自信たっぷりに言う。

「剣を落としてないですって?いえ、貴方は確かに愛剣をこの泉に落としたはずです。嘘をついたあなたは、悪い木こりですね」

「嘘じゃねえよ。レッドソードなら、今俺が持っている」

「…そんなはずはありません」

 少々動揺を見せる精霊と対照的に、チャットは自身満々な表情で、懐からお馴染みの錆びた鉄棒を取り出す。


「ほら、レッドソードだ」

「!馬鹿、な…。では先程泉に落ちたのは……」

「只の錆びた鉄棒だよ。レッドソードは鍔の部分が小さいし、よく見なければ本当に単なる鉄棒と見分けがつかないからな」

 精霊が泉の底に沈んだ金属塊を拾い上げると、確かにそれは何の変哲もない鉄棒であった。


「こんな物、いつの間に…」

「茨の城に乗り込んだ時に拾っておいたのさ。レッドソードの囮に使う為にな」

「囮ですって?ではこちらの狙いに気づいて…」

「お喋りは後にしようか。鉄棒しか持っていない今のあんた、隙だらけだぜ。

「!!何故私の正体を…ちっ!」

 精霊は慌てて泉の底に身を隠そうとする。が、既にチャットは攻撃のモーションに移っている。

「もう遅い!喰らえ!!」


レッドソードエクストリーム突き紅蓮突!!」

「ぬわあああああああああ」


 低い姿勢で跳び上がったチャットの渾身の突きが、精霊の胸元に突き刺さる!精霊は一撃で水面に臥した!


「うう…」

「手加減はしといたぜ。ドラゴン、こいつを引き揚げるのに手を貸してくれ」

「にゃー」

 チャット達に腕を引っ張られ、手負いの精霊は陸に引き揚げられる。やがて魔力を使い果たしたのか、その姿は醜いデビタンへと様変わった。


 弱り切ったデビタンは、か細い声で自身を負かした相手に尋ねる。

「全て、分かっていたのですか、私たちの計画を。一体いつから…」

「初めは妖精の類の悪戯だろうと思っていたんだがな。それが違うとわかったのは、白雪姫の食べたリンゴを見た時。この森には赤いリンゴの成る木は無い。という事は、それは外部から持ち込まれたもの。この森を棲み処にしている妖精がそんな手の込んだ真似をする訳がねえ。犯人は森の外からやってきた強力な魔法の使い手、恐らくデビタンであろう事は容易に想像がついた」

 チャットは話を続ける。

「俺はお前ら一味を打尽しようと思い、まず情報を集めることにした。仲間の数は、八人前後。棺の周りの小人の足跡が丁度七つあったし、森に居る間に周囲を動く人影の数ともおおよそ一致していたから、おおよそ確定できた。注目すべきは、姫役以外に七人居たのに、小人が一人しか居なかったこと。おとぎ話の説得力を増すなら、頭数は多い方がいい。そうしなかったのは恐らく、変身の能力を持っていたのが二人しか居なかった為だ。実際、その後のどの童話でも、三人以上の人物が同時に登場する事は無かった。残りの者は棺や城の舞台を作り上げる役目だったんだろうな」

 チャットの思わぬ洞察力の鋭さに、じいも驚きを隠せない。

「俺にとって問題は、誰が親玉ボスなのかということだった。雑魚相手には力を発揮できない俺は、一味の頭を叩く戦法しかとれねえからな。変身の魔法は非常に難しいものだから、親玉の可能性が高いのは、おとぎ話のキャラクターに化けていた二人。俺はお前らの術中にまんまと嵌ったふりをして、どちらが当たりなのか見極める事にした」

「にゃにゃー」

 ドラゴンも感心して相槌を打つ。


「白雪姫、眠れる森の美女、そして赤ずきんちゃんに出てきたやけに若く美しいお婆さん。この三役を同一人物が演じていたのは明白だった。そこで俺は、もう一人の変身役が演じていた狼に、配役の決定法について訊き出した。すると狼は、自分も美女という美味しい役どころを得たかったのに、もう片方に全て取られてしまったと言う。これで狼役のデビタンより、美女役のデビタンの方が立場が上だとわかる。十人に満たない集団、それも組織能力に乏しいデビタン一派が、複雑な組織構造を持っているとは考えづらい。まず間違いなく、この美女役の者、つまり今さっきまで美しい精霊を演じていたてめえが一味のボスだと踏んだ訳だ」

「……なるほど。茨の城で鉄棒を拾っておいたのも、白雪姫の段階で私たちの存在に気づき、その戦いに備える意図があったからなのですね」

「てめえらがジーファンタの戦士から武器を奪っていると聞いていたからな。ダミーの武器は必ず何かの役に立つと思ったんだ」

 それを聞いて、精霊だったデビタンはふっと笑う。


「貴方は我々の術中に嵌っていると、すっかり思い込んでいましたよ。念の為あなた方の会話も傍受させていたんですが、まさかお仲間にも自身の目論見を隠していたとは……」

「仲間ってのは仲良く一緒に戦うだけがいい使い道とは限らない。お前のように部下を自分の引き立て役にしたり、捨て駒にするのも一つの手だろう」

 だがな、とチャットは続ける。

、という言葉がある。味方に偽りの認識をさせれば、自分の腹を隠す最高の隠れ蓑になるんだよ。人を騙し惑わすのを生業にすんのなら、よーく胸に刻んでおきな」

「……覚えておきましょう」

 言い終えたチャットは、決まったな、と言いたげな表情で、じいの方に顔を向ける。

【…まあ、お見事だったけどな】

 この策略には、じいも手放しで称賛せざるを得ない。


「ですが紅の勇者よ、私からも貴方に授けたい言葉があります」

「ん?」

 親玉デビタンは、まだ口を閉じきってはいなかった。


 ザザザザザザザザザザザザザッ。

 突如として草陰からデビタン一味の残党が現れ、チャット達に向かって突進してきた!

「うおっ、マジかよ」

【チャット、お前はじっとしてろ!俺とドラゴンで片を付ける!】

「ふにゃっ!」

 ドラゴンは前方に飛び出して、魔法を発動するのに丁度いい間合いを取る。


「フシャシャシャー!」

 火炎三連弾!向かって右側のデビタン三人が火傷を負って地に臥す。

「馬鹿め、こっちはまだ三人居るぞ!」

 被弾を免れた左側のデビタン達が、鋭い爪を振りかざさんとする。

「こっちにだって、

 凶悪面のデビタン達に、じいは魔法の力を行使する!

「アイス!!」

 ドラゴンの口から吐き出された、強烈な冷気が三人のデビタンを覆う!三人の上半身は、攻撃態勢のまま、カチンコチンに凍り付いた!

 六人全員、戦闘不能!

【やったな、ドラゴン!】

「ニャー!」

 喜ぶ二人。が、


「!まだだじい!もう一人居る!」

 チャットは声を荒げる。ドラゴンの背後には、数倍大きい体の狼が飛びかからんとしていた!

「オオオオオオオオオン」

「にゃっ…」

【!くそっ】

 じいもドラゴンも、反応が間に合わない!


 ブシャッ。

 獣の生臭い血が辺りに飛び散った。

「ドラゴン!!」

 チャットはドラゴンの元へ急いで駆け寄る!


 血を流し倒れる獣の前には、逞しい男が一人。

「…俺の弟分の飼い猫に噛みつこうとは、いい度胸じゃねえか、うん」

 チャットにも負けない、渋くダンディーな声。

「怪我はねえか、猫ちゃん」

 チャットの兄弟子、マスキングだ。

【助かりました、ありがとうございます】

「ん、ああ。猫ちゃんがやられても増食ますたべくんは傷つかないけどな。でも、気持ちは受け取っておこう」

「ドラゴン、平気みたいだな。ありがとうマスキングさん。俺からも礼を言うぜ」

 チャットは珍しく、深々と頭を下げる。


「いいって事よ。それより、これから先は俺は居ねえんだ。飼い猫を守ってやれるのはお前だけなんだから、しっかりやれよ」

「ああ」

 バシン、と、マスキングはチャットの背中を強く叩く。

 じいの気のせいか、マスキングと話している時のチャットは、いつもより少しだけ格好よく見えた。


「そろそろここを発たないと、夕刻までに宿場町に着けないだろう。次の目的地はオッパイだったな。気を付けて行って来いよ」

「おうよ。マスキングさんこそ、達者でな」

 二人はガッチリと一度だけ握手を交わすと、また別の道を進んでいった。お互い、決して振り返ったりはしない。


【また、新しい旅が始まるんだな】

「ああ、これまで以上に険しい旅になるだろうな」

 チャット達は青く澄んだ遠い空を見つめる。


「ところでじい」

【何だ?】

「もう次の授業始まってるんじゃないか?」

【あっ】

 プツッと、突然通信は切られる。


 だが、きっと直ぐにまた、通話は繋がる。

 二人と一匹の旅は、まだまだ始まったばかり。新たな土地を目指して、更なる勝利を求めて、彼らの冒険は続いていく―。

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