3.本物のドラゴンだ・・・!
「ニートじゃねえよ!いやニートだけどNEETじゃねえよ!俺は名前はニートだけどなあ、職業は決してNEETじゃねえから!」
「仕事は?」
「してません」
「NEETじゃねえか」
「いや、さっきも言ったろ。俺昔は勇者だったって。今はちょっと休職してるだけだ」
「休職して何年になる?」
「あと三か月で丁度十年かな」
「ベテランニート乙」
これを聞いて、チャットは少しムッとして、機嫌を損ねたように窺える。
「おい、お前さっきから俺のこと馬鹿にしてるだろ。カメラつける前と後じゃあ随分態度が違うじゃねえか」
「そりゃあ相手が十年選手のニートじゃ尊敬する気も起きねえわ」
「はあ……これだから世間を知らねえガキは。大人にはな、色んな事情があるんだよ。俺にだって止むに止まれぬ事情があってこうしてニートしてんだよ。何も知らねえお子ちゃまに下に見られる筋合いは無えな」
「何だよ、大人の事情って」
「てめえは知らないかもしれないが、ファンタジー世界にだって色々面倒事は多いんだよ。やれ街の祭りに参加しろだ、教会に奉仕すれだ、儀式に参加しろだ……下らねえしがらみで一杯だ。お前の頭の中にある異世界人像は、ゲームの中の、自由に草原を駆ける冒険者だけかもしれないが、そんな脳みそ空っぽで居られる世界じゃない。皆苦悩しながら生きてる。お前らと一緒さ」
「……そんなものなのか」
じいは少し落胆気味にその話を聞いた。
「まあそれでも、こっちの世界には面白いものも沢山ある。お前の想像するような、魔法と幻想の光景があちらこちらに広がっているぜ」
それをフォローするようなチャットの言葉に、じいは再び目を輝かせる。
「そうか……じゃあ見せてくれ、そのファンタジーの世界を!」
「見せてって……もう既に見てるじゃねえか。俺の居るこの部屋も、お前にとっちゃあファンタジーな異世界の一角だろ」
そう言われて、じいはチャットの背に広がる部屋の様子をよく観察してみる。確かに、赤茶けたレンガで組まれた壁や天井の作り、艶やかな光沢を持った家具や調度品の数々、禍々しい気を放つ、壁に描かれた人の背丈ほどの大きな魔法陣、本棚に乱雑に押し込まれた大量の週刊少年ジャンプ。まさしくファンタジー世界の風景……ん、ジャンプ?
「おい」
「何だ」
「何でジャンプがあるんだよ」
「いい大人がジャンプ読んじゃ悪いかよ」
「そうじゃねえだろ。なんでファンタジー世界にジャンプがあるんだよ。ネットやパソコンの存在は、同じようなテクノロジーの発達をしたって事で譲歩するとして、ジャンプはおかしいだろジャンプは」
「あー、それね。よく河原に落ちてんだよ。子どもの時はジャンプが落ちてないかワクワクしながら河原を歩き回ったっけ。今はその複製が大量に流通するから簡単に手に入るけど。」
「……お前、本当に異世界人か?」
「おいおい正気か?これでもまだ疑うのかよ」
「寧ろお前と話せば話すほど、同じ世界の住人だと思えてならないんだが」
「ちっ、しゃーねーな。ちゃんとした証拠品を見せてやるよ」
「証拠品?」
「俺が愛用していた剣だ。ちょっと待ってろ」
そう言って、チャットは腰を持ち上げ椅子から立ち上がる。いかにも運動不足で体が重そうな感じだ。よれよれと、画面の向かって右側の方に歩いていき、フレームアウトする。
「ほれ、こいつがおれの愛剣レッドソードだ」
再び画面に姿を現したチャットが持っていたのは、すっかり赤黒く錆びついた細長い鉄の塊。柄の部分を見て、ようやくそれが剣だとわかる。
「……それがファンタジー世界の勇者が愛用する剣か?」
「馬鹿野郎、錆びついているって事はこいつが金属製、即ち真剣である証拠だ。そっちの世界の人間は、普通そんなものを部屋に置いといたりしないだろう?」
「まあそうだけど……」
イマイチ決定打に欠ける。
「もっとこう……明らかにファンタジーなものは無いのか?ほら、ドラゴンとか妖精とか居るって言ってたろ?そういうの見せてくれよ」
「ああ、ドラゴンなら我が家に居るぜ」
「!飼ってるのか!?」
「まあな。ほら、おいで~ドラゴン」
画面からは見えないが、チャットは自分の右側に居る何かに話しかけているようだ。その声に反応して、何かが歩み寄る音が聞こえる。
「どうだ、これがうちのドラゴンだ」
チャットはその生物を抱き上げて画面一杯に映しこんでみせる。
鋭い瞳、強靭な爪と牙、凛々しい髭……間違いない、こいつは確かに……
「みゃあお」
「猫じゃねえか」
「
「……確かに可愛いけども」
これじゃあ全然ファンタジー世界の証明にならない。
ピンポーン。その時、インターホンの音が鳴り響いた。じいの家ではなく、チャットの家の方らしい。
「あ、アマゾン来た」
「アマゾン!?」
じいの驚きに構いもせず、ちゃっとはその場から離れ、荷物を受け取りに行く。
「すまん、この時間に来るとは思ってなかったわ。アマゾンは時間指定有料だからなー」
「今のファンタジー人はアマゾンも利用するんだな」
「勿論。便利だし」
「因みに何を注文したんだ?」
「ティッシュとトイレットペーパー」
「外で買えよ!」
「外出たくねえんだよ」
「……ハア」
じいは嘆息する。まあ覚悟はしていたが、やはりこういう結果に終わったか。
「何だ、不服そうな顔だな」
「もういいよ、お前がファンタジー世界の人間じゃねえって事はわかったから。信じた俺が馬鹿だった」
「なんだよしつけーなあもう。何が気に入らねえんだよ」
と言いつつ、チャットは先ほど部屋を出た時に取ってきたと思われるコカ・コーラをグビグビと飲み干している。
「あ、もしかしてペプシ派だった?」
「ちげーよ!俺は炭酸は飲まねえ。ともかく俺はもうお前には見切りをつけた。時間を無駄にした。アイスでも食って忘れよう」
「ぎゃあああああああああ」
と、じいがスカイプを閉じようとしたその時、尋常じゃない悲鳴がパソコンから漏れ出した。
「な、何だ!?どうしたニート?」
じいが慌てて画面を覗きこむと、そこには右腕を氷漬けにしたチャットの姿があった。
「どうしたんだよそれ!?」
「わかんねえ……が、多分ドラゴンの魔法の暴発だ!普段はこんな事ないんだが、ドラゴン、頼む、早く炎魔法を!腕冷たい!死ぬううううう!」
「にゃあ?」
「いや、にゃあ?じゃなくて炎魔法だよ早く!!早くしてくれええ!」
「にゃっ!」
チャットに催促されて、ドラゴンはようやく動き出した。首を大きく上に持ち上げて、それを振り下ろすと同時に口から火を吐いた。瞬く間にチャットの右腕の氷塊を融解していく。
「おおっ!」
その光景に最も感激していたのは当事者のチャットではなく、寧ろじいだった。
「あつっ!あつっ!」
チャットは、ドラゴンの吐き出した火が何故か髪の毛にだけ飛び火し、凄く可哀想だが滑稽な恰好になっていた。
だがじいはそんなチャットには殆ど関心を寄せない。
彼が注目しているのはずっとドラゴンの方。
この猫は今、ご主人の駄目ニートの腕を凍りつかせ、また、口から火を吐き出した。手品やマジックなんかじゃない。これは本当の魔法……。
やっぱり、ファンタジー世界は、実在したんだ!
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