6.紅の勇者って何をしたんだ?
「あの野郎……来るのおせーよ」
ぼやきながら、じいはすかさずキーボードを叩く。
まずどうしても、言いたい事がある。
[日本語でおk]
[すまん、設定元に戻ってたわ]
[遅かったな。何か用事でもあったのか]
[ああ、足だけで眼鏡を上手くかける練習してた]
[そんな事の為に三時間も待たされたのか……]
[どうせお前はその時間も有効活用したんだろ?んな下らねえ事に時間を浪費した俺の身にもなれよ]
[なんでお前がキレてんだよ]
[んじゃ、通話はじめっか。俺に訊きたい事があるんだろ?]
[ああ]
ビデオ通話が繋がる。今度は昨日よりも早く繋がった。今再び、ファンタジー世界と交信している。二度目であっても、その事実はじいを強く興奮させた。
「うーっす」
「相変わらずだらしない見てくれだな」
チャットは昨日と同じシャツにジャージ姿。ちゃんと取り替えているのかも疑問である。
「うるせえよ。で、今日は何が訊きたいんだ?早く言わねーならこっちが先に質問攻めにするぞ」
「そうだな……色々あるが、今日はお前の事が知りたいな。かつては"紅の勇者"と呼ばれたすごい奴だったんだろ?」
「ふっ……いいだろう。詳細に話してやるよ。このニート・チャット・ジョインの伝説の全てをな……」
相変わらず声だけは渋くてかっこいい。顔を見ていなかったら、じいは未だに本気でチャットに尊敬の眼差しを向けていたかもしれない。
「あれは雪の降る、凍える夜の日だった。ジーファンタ帝国帝都ミヤコーの中心街、アッタリメーダ教会に子を身ごもった母親があった。名をマンマ・カーチャンと言った。大変な難産だった。経験を積んだ熟練のシスターと医者が出産を手伝ったが、子は一向に腹から出てこない。神父は祈った。『主よ、どうかこの子と母親に慈悲を与えたまえ』すると、東の空に赤い光の柱が差した。妖しくも神々しいその光は、子が将来辿るであろう栄光と受難の道を暗示していたのだろう。やがて、子は無事に生まれた。それこそ正しく、かのニート・チャット・ジョインであった」
「ごめん、その辺は
「(中略)こうした数々の困難を乗り越え、大きく成長したチャットは、やがて更なる強さを求め、武者修行の旅に出る。かの有名な、三十二賢人を訪ねて廻るという険しき旅路である。まず第一の賢人ビンボーは……」
「ちょっと待ってどんだけ壮大なのお前の成長の軌跡。お前の結婚式で生い立ちフィルム流したら参列者の半数が途中で卒倒するレベルなんだけど。つーかなんで完璧に物語調に仕立て上げられてんだよ」
「うるせーな!黙って聞けねえのかお前は!人が折角三時間かけて書き上げた力作を読み上げてるってのに、邪魔すんな!」
どうやらじいを待たせていたのは、この物語をしたためていた為のようである。
その後もチャットの長い話は続いたが、まとめるとこうなる。
"チャットが住む大陸には、竜や妖精をはじめ、様々な種族が存在している。中でも強い勢力をもつのが、チャット達"人間"と、悪魔の種族"デビタン"である。
人間たちはジーファンタ帝国を筆頭に、ゴロツキ国、モブ国等、いくつかの国として勢力を分散させているが、デビタンは一つの勢力としてまとまっている。これらの勢力群の関係は必ずしも良好では無く、特にデビタン一味は最近になって執拗に人間勢力に攻勢をかけているらしい。つまり、平和でないのだ。
十二年前、デビタン達は、突如としてジーファンタ帝国に大攻勢をしかけた。不意を突かれたジーファンタは次々にデビタン軍の突破を許し、遂に首都を包囲された。だが、ジーファンタの戦士たちは負けなかった。二大勇者の一族トゥインクル家とジョイン家の勇者、そしてその息子たちの手によってデビタンの族長、イラムは打ち倒された。戦いの最中、二人の勇者は命を落としていたが、息子たちは無事だった。彼らは、制圧されたジーファンタの領土を取り戻すため、旅に出る。
それこそが、トゥインクル家の子息にして、蒼の勇者ビーム・オブ・トゥインクルと、ジョイン家の跡継ぎであった、紅の勇者ニート・チャット・ジョインであった。彼らの活躍によって、ジーファンタは次々に領土を回復していった。人々は歓喜し、彼らの功績を讃えた。まさしく彼らは、ジーファンタ帝国の勇者であり、英雄であった―。"
「おいおい、短くまとめすぎだろ。七万字書いたんだぜ七万字」
「その速筆は認める。お前は小説家になった方がいい」
「痺れるだろ?俺の活躍?」
「確かに、蒼の勇者たちも倒せなかったデビタンの竜騎士をお前一人で倒したって話は、臨場感もあったし凄かったけどさ、」
チャットの話にはまだ続きがあった。
"だが、その快進撃は突然終わりを告げる。蒼の勇者ビームが、激戦の中命を落としたのだ。士気が下がり、弱気になったジーファンタの戦士たちは、その後敗走を続けた。生き残った紅の勇者ニート・チャットは必死で戦いを続けたが、力及ばず、ジーファンタの戦士たちはデビタンの前で敗北を重ねていった。色々めんどくさくなった勇者ニート・チャットは、部屋に引きこもってNEETになった。”
「お前がNEETになった理由が適当すぎんだろ」
「まあ、俺みたいな高みに昇りつめた伝説の勇者でもさ、堕ちる時は呆気ないってことさ。よく聞くだろ、東大卒業して一流商社に勤めてたハイスペック女が、ひょんなことから借金作って風俗堕ちする話とかさ」
「なんでそんな話知ってるんだよ」
やはり、他人にはなかなか説明しづらい事情が色々とあるんだろうか。じいは心の中でそんな疑問を反復させていた。
「あ、悪い。俺夕飯に呼ばれたから今日はこれでお開きにしよう」
「おう、そうか。明日も話せるか、じい?」
「すまん、俺もそうしたいんだが、明日は塾があるんだ」
「昼間でもいいから話せないか?」
「?どうしてだ?」
「大事な話があるんだ。
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