3.独りで戦ってるんじゃ無い
先ほどまで喧騒が跋扈していた石造りの地下室を、静寂が支配する。まだ誰も、状況を呑み込めていない。
「やら…れた?隊長が、斬られた…?」
声を上げたのは、手前の方に居たデビタンの一人だった。その一言を皮切りに、一気にデビタン達に動揺が広がる。だが、そう素早く目の前の容態を整理し、冷静な判断を出来る程、彼らは賢くなかった。只、承服しがたい現実の知覚が、無闇な混乱を招いていたのみに過ぎなかった。
「ったく、俺は無駄な闘いはしたくなかったってのに」
それを余所に、チャットは無気力な独り言を呟く。
【すげえよチャット、ほんの一瞬で…。お前、さっきまでは本当の力を隠してたんだな】
「いや、さっきも全力だったけど」
【え?】
言葉の意味を理解できないじいに、チャットが説明を加える。
「いやー俺、所謂ボスって奴と対峙する時は、やる気が有り余っていつも以上の力発揮できちゃうんだよね。アドレナリンが出まくるって感じ?」
【は?】
チャットの解説によると、今の彼の本来の力は、街頭でチンピラデビタンと闘った時の程度らしい。だが、相手が敵のボスであれば、アドレナリンが出て爆発的な戦闘力を発揮できる。パワーもスピードも、剣術のテクニックも、全てが桁違いに跳ね上がる。一言で表すとするならば、ボス特効―。
適用できる相手が限られるとはいえ、その能力は確かに強力だ。しかし―。
【…って事は、この状況はかなりやばいって事だよな?】
「ん?」
ようやく現状をしっかり整理したデビタン達は、怒りをふつふつと煮え滾らしていた。
「おい、てめえ!!よくも隊長を!!」
「ふざけやがって。いくら剣技が凄かろうが、この数に勝てると思ってんのか?」
「皆一斉に行くぞ!このデブ剣士をミンチにしてやろう!!」
デビタン達は、今にもチャットに襲い掛からんとする勢いだ。
【お前雑魚相手には十分な力を発揮できないんだろ?この状況、どう切り抜けるんだ】
「落ち着け、じい。考えるんだ。土下座か、ロールちゃんで誠意を示すか…」
【謝罪しか選択肢ねーのかよ!】
「やめろ」
と、そこに若い男の声が割り込んだ。
「店内には一般のジーファンタ帝国民も居る。これ以上お前らが暴れるのを看過する訳にはいかない」
チャット達とデビタン達の間に立ったのは、赤い髪の若人。帝都でチャットを裏切り者と呼んだ、例の戦士だ。
「ジーペン…」
「……」
チャットの呟きに、男は何も返さない。今のは、この若者の名前だろうか。
「ああん?部外者が何の権利があって口出しをしやがるんだ?俺たちはボスを斬られたんだぞ。黙って引き下がれるか!」
「僕たちは、あなた達の為も思って、退けと言っているのですよ。見たところ、勝利の祝杯に酔って油断したあなた達の殆どは、武器を携帯していない。おまけに大分アルコールが回って、体の自由も利かないでしょう。そんな烏合の衆が、僕たち歴戦の戦士五人の相手になるとお思いですか?」
口を開いたのは、やや青みがかった暗色の髪を持つ若い男。赤い髪の男とは異なり、クールな立ち振る舞いが印象的である。
「歴戦の戦士だと?お前らのようなガキどもが…?」
「さっきの彼の動きを見ていなかったんですか?僕ら四人も彼と同等以上の力を持っています。若いからと言って、侮らないで頂きたい」
「くっ…」
暗青色の髪の男に押し負けて、デビタン達は押し黙り、やがて一人ずつ地下室から退場していった。
「助かったぜ、ジーペン」
デビタンが全員退いたのを見届けて、チャットは赤い髪の男に声を掛ける。
「……気安く名を呼ぶな。俺はあんたを助ける意図等、全く無かった」
冷たい言葉を放って、ジーペンと呼ばれた赤髪の男は地下室を後にした。仲間たち三人も、それに続く。
【…にしても、あいつらもこの街に立ち寄っていたんだな。てっきり関所に直行してるもんだと思っていたが】
「ああ、それでしたら」
背後から、声が掛かる。振り向くと、見慣れた店主が立っている。
【…あんた、いつの間に。マスターはどうした】
「マスターはグラスが割れたショックで寝込んでいます。彼らは、忘れ物をしてこの街に立ち寄ったようですよ」
【忘れ物?】
「全員、剣を忘れたそうです」
【武器を携帯してなかったのはあいつらの方じゃねーか!いかにも戦闘準備万端な格好しといて、とんだドジっ子集団だな】
「って事は、武器を調達して、またすぐ出発するつもりなのか?」
「ええ、その様ですね。先ほど私が武器をお売りしましたから、間もなく街を出るおつもりでしょう」
じいはそこはかとなく嫌な予感がしたが、口にはしないでおいた。
「まあ、あいつらに実力があるのは確かだし、割と簡単に関所奪還できちまうんじゃねえか?もしかしたら俺の出番は無いかもな」
【やる気ねえ事言ってんじゃねえよ。とりあえず今日はゆっくり休んで、明日は俺たちも関所に乗り込むぞ】
じい自身もすっかり、戦士パーティの一員の気分である。
【…と言っても、明日は俺、学校だったな。帰ったらすぐにチャットで連絡飛ばすから、俺が居ない間に関所に向かっておいてくれよ】
「わかったよ。お前もダンプカーにぶっ飛ばされないように気をつけてな」
その日の
じいもチャットも、それぞれの世界で、明日に思いを馳せながら、静かな眠りについた。
*
翌日、朝7時。チャットが宿屋のベッドからのそのそと起き出すのを、飼い猫ドラゴンはじっと見つめる。
【おはよう、チャット】
「ドラゴンが喋った!?」
【俺だ、馬鹿。お前が寝坊したりサボったりしないか心配で、ドラゴンに通話つなげてもらった】
「なんだよおどかすなよ。てか男からのサプライズモーニングコールとか気持ち悪いからやめろや」
ぶつぶつ文句を言うが、呂律は回っている。チャットは、結構朝に強いようだ。
「おはようございます、ニートさん。朝のサプライズモーニングサービスでございます」
勢いよくドアが開き、お馴染みの店主が顔をのぞかせる。
「お前もかよ。今朝は騒がしいな。モーニングサービスって朝飯か?メニューとか有るのか?」
「勿論、ホイップクリーム又はチョコクリームをお選び頂けます」
【結局ロールちゃん一択じゃねえか】
「両方で」
「畏まりました」
ドルセは体を退いて、せかせかと木張りの廊下を歩いていく。朝だけあって、やはり相当忙しいのが窺える。
朝食が届くと、チャットはそれを片手で頬張りながら、器用に支度をこなす。昨日まで長年引きNEETをやっていたとは思えない手際の良さだ。
部屋を出ると、真っ直ぐ一回のロビーに向かい、チェックアウトを済ます。起床してから、この間僅か十五分だ。
「あれ、もう出るんですか?お早いですねえ」
「一応帝都の危機だからな。出来る限り早く関所に着いておきたい」
「ああ、いよいよ紅の勇者ニート・ジョインの再びの英雄譚を拝見できるのですね。これは楽しみです。微力ながら、私もお助けしたい。どうぞこれを持って行ってくださいませ」
店主ドルセが渡したのは、やたら丁寧に包装された大量の棒切れ。
「…ロールちゃんホイップクリームか。助かるぜ。昨日持参してたロールちゃんをほとんど全部食べ切っちまったから、食糧をどうしようかと思いあぐねていた所だ」
【昨日まだ三十本以上持ってたはずだが…】
「まだあります、これを」
「こっちは…ロールちゃんいちご味か…。戦勝後の打ち上げに頂けって事だな。ありがてえ気遣いだ」
【なんで意図まで丁寧に伝わってるんだよ】
「最後に、これを」
「!これは……」
次にチャットが受け取ったのは、それまでとは全く異質のアイテム。
「花火、か?」
「ええ、祝宴の際の賑やかしに丁度いいでしょう」
【いやさっきのいちご味と全く同質のアイテムだよね。勝った時の事しか想定していない無用の長物だよねそれ】
「そうでもないんですよ。火を点けると八割強の確率で大爆発を起こせますから、兵器としても活用できます。因みに当たりの品だと、大体半径2キロ以内が焦土と化します」
【それは多分花火とは言わない】
「ありがとな、店主ドルセ。しっかり使わせてもらうぜ。戦いの後。」
チャットは全く役に立たなそうな三つのアイテムを受け取り、宿屋を後にした。その表情は、いつになく真剣である。じいは、先ほど丁寧過ぎるツッコミをしていた事が、少し恥ずかしくなった。
「というか、じい。さっきから、そっちの通話口からプオープオーって音がずっと鳴ってんだけど、大丈夫か?」
【大丈夫だ。時速100キロオーバーのダンプカーと、通学路でデッドチェイスを繰り広げてるだけだから】
「今思ったんだけど、お前の学校生活が一番ファンタジーしてね?」
【あああああああ!!!!二宮が公園の便所の壁突き破って突進してきたあああ】
「…大変そうだな、お前も」
*
午後、3時。
「…思ったよりちゃんと警備してるな。もう少し油断しているかと思ったが…」
チャットとドラゴンは、セッキー関所の南門前、その様子が窺える高台の上に立っていた。
「門が高くて中の様子まではわからんか。もう少し登ってみるかな。」
ポヨン。
その時、スカイプのメッセージ受信音が鳴る。
「お、来たか」
【遅くなって悪い、チャット。関所には着いたか?】
「ああ、昼過ぎに着いて、様子を窺っていたところだ。デビタンの奴ら、予想よりもしっかりした警備態勢を敷いているな」
【そうか。何か有益な情報は得られたか?】
「有益かはわからんが、ジーペン…宿場町で会ったあの戦士集団の攻撃は、失敗したようだな」
【何故わかる?】
「ドラゴン、カメラをズームして、じいにも門の様子を見せてやれ」
門番をしているデビタンの胸元には、生々しい生クリームの跡がべっとりと付着していた。
【ああ…】
じいは、全てを察した。あの戦士たちが店主ドルセから買った武器とは、案の定、ロールちゃんだったのだ。それを武器にデビタン達と戦ったが、有効なダメージを与えられず、敗北してしまったのだろう。
「ドルセは基本、ロールちゃんごり押ししてくるからな」
【いや、そういう問題じゃないだろ。あの青黒い髪の男とか酒場で悠々と強キャラオーラ漂わせてた癖に、何であいつら揃いも揃ってロールちゃん一本腰に引っ提げて敵の占領地に特攻してんだよ。とんだコント集団じゃねーか】
「…そう言ってやるな。奴らだって、精一杯戦ったはずだ」
その言葉を聞いて、じいは少々面喰らった。普段のチャットならボケを交えて返答してくる所だが、今度はそれが無い。表情を見ると、確かに強張り、頬を汗がつたっている。
【なんだ、ビビってんのか?】
「まあな。若いとはいえ、普段から厳しい鍛錬を積んだ四人の戦士が敵わなかったんだ。十年間ほぼ引きこもり続けていた俺が、たった一人で、あのデビタンの大軍を打ち破れると思うか?」
じいは思う。仮にも元勇者が、何を馬鹿な事を言ってるのだと。
【一人じゃねえだろ。二人と、一匹だ】
「!……」
【ドラゴンは人の言葉は使えないけれど、強力な魔法と猫特有の優れた運動神経がある。俺はその場に居すらしないけど、お前の第二の目となり耳となり、そうして得た情報をスカイプを通じて伝える事ができる】
「…その通り、だな。今の俺は、独りで戦う訳じゃねえ」
【ああ、紅の勇者さまは十年のブランクで体ガタガタみたいだからな。一人じゃヒーローになんかなれやしない。だから、俺も一緒に英雄になってやる】
じいの
【俺は、チャットと通話で、ファンタジー世界を救ってみせる──】
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