11.フォレス森の幻惑①どうしてもおとぎ話の世界に行きそう!
森は奥に進むにつれて木々が緑を深め、徐々に妖しげな雰囲気を強めていった。
「ここらで始めるかね」
チャットはドラゴンとやや距離を取ると、愛剣レッドソードを抜いて、ぶんぶんと素振りを始める。
じいとドラゴンはじっとその様子を観察する。力無く振り下ろされた斬撃の軌跡はひょろひょろと歪んでおり、まるで威力を感じさせない。足元はふらつき、ストロークの度にバランスを崩しそうになっている。おまけに、その威力は段々と弱まっていき、終いにはただ剣を上下させているだけになる。
「…いい汗をかいたな。今日はこのくらいにしておくか」
【おいまだ三分経ってねえぞ】
加えて相変わらずの根性なしである。
「つっても無理してトレーニングしても仕方ないからなあ…ん?」
チャットは森の奥の方に何か見つけたようである。
「何か置いてあるな。じい、ドラゴン、ちょっと見に行くぞ」
チャット達は興味津々に、視界の奥に小さく佇むそれの元に馳せ参じる。
「棺、か…?」
二人と一匹が立ったその周辺は綺麗に地面の草花が抜き取られ、剥き出しの黄土に、大人の男の背丈くらいの立派な木製棺が置かれていた。じいがよくよく地べたを観察すると、大小様々の七人分の足跡が刻まれている。
【まさかこれって…】
じいは早くも直感する。こんなおとぎ話、聞いたことがある。
「開けてみるか?」
【ああ】
じいの同意を得て、チャットは棺の蓋を慎重に退ける。
姿を現したのは、雪のような白い肌を持った、黒髪の美女であった。
【やっぱり…】
これぞまさしく、有名な『白雪姫』の物語である。となると、この先の展開はおおよそ読める。
「ひーん。白雪姫が死んじゃったよー」
いつの間にか現れた縦長の赤い帽子を被った小人が一匹、棺の反対側で姫の死を嘆いて咽び泣いている。
じいは直感した。これは関わると碌な目に遭わないやつだと。
【チャット、放っておこう。剣の稽古に戻った方が建設的だ】
「なんてことだ、こんな若く美しい姫が死んでしまうなんて!一体何があったのです、小人さん!?」
【あれ、お前そんなキャラだったっけ】
じいの憂慮虚しく、チャットはこの件に関わる道を選んでしまったようだ。
「実はですね、姫の継母である王妃さまが…」
小人によると、姫の美貌を妬んだ王妃は彼女を森に放って殺害を謀った。七人の小人たちは森に迷える姫を偶然発見し、一緒に暮らす事にしたのだが、彼らの食糧事情は芳しくない。仕方なくそこらで拾ってきた赤リンゴを食べさせたら、食あたりで死んでしまったとの事だ。
【殺したのお前らじゃねえか。てか消化器官よえーな白雪姫】
「許すまじ、王妃!!」
【えぇ…】
「何か姫をお助けする手立てはないものか」
「運命の人に口づけされれば、目を覚ますことがあると聞いたことがあります」
「それだ!!」
チャットは棺の中の白雪姫に顔を近づけ、口づけをしようと試みる。因みに、両者にとってのファーストキス!
【やめろチャット、死ぬぞ!白雪姫が!!】
「いやもう死んでるだろ」
【姫の人間としての尊厳が死んでしまう!】
「そこまで言うか」
流石に萎えるチャット。
【リンゴに触れた唇に接吻すれば、お前にも害が及ぶかもしれないだろ。とにかくやめておけ】
「まあ、それもそうか」
それを聞いて、ようやく納得する。
「そんな、姫を放って置かれるんですか?このままでは姫があまりにも可哀想…」
「確かに」
【チャット、お前さっき王妃許すまじって言ってたよな?なら王妃に復讐する旅に出るってのはどうだろう】
「それは名案だ。姫を殺した赤リンゴを王妃にも盛ってやろう。小人さんよ、姫が食べたそのリンゴはあるか?」
「え、ああはい…」
小人は戸惑いながらも、腰に巻いたポーチから、すっかり芯だけになったリンゴの食べカスを取り出す。
【めっちゃガッツリ食ってんな…】
「まあこれで出汁とって飲ませれば殺せない事も無いだろう。貰っていくぜ」
チャットは小人からリンゴの芯を受け取り、必ず仇は取るとだけ言い残して、元来た道を戻って行った。このまま寄り道せずに森の外まで誘導すれば、イベントから逃れられるだろう。
なんとか、厄介ごとに関わるのは回避できた。安堵したじいであったが、先ほどから草木の陰のあちこちから、ガサガサと不穏な音がする。これは先を急いだ方が良さそうだ。
と、その時だった!
「じい、あれを見ろ!道中に茨で覆われた立派な古城が!」
【ふざけんな】
これはまさしく、『眠れる森の美女』に出てくるそれである。
ここに至って、じいは確信した。今チャット達は、次々と押し寄せるおとぎ話展開の波に巻き込まれていく、異世界突入サイクルの渦中にあると。自身がファンタジー以外の他ジャンルの魔の手に幾度となく曝されているじいには、それを素早く判別する事ができた。もしそんなおとぎ話の世界にワープしてしまえば、チャットは勇者としてこの世界を救う事が出来なくなる。それだけはどうしても避けねばならない。
【チャット、行くな!近づけばひとりでに茨の森が開け、城に侵入できちまう!その中に居る眠れる美女に口づけしたら、お前はその姫と結婚し、王子として幸せな人生を送っちまうぞ!!】
「オレ、オウジ…ヒメ、タスケル…」
【駄目だ、完全に童話の世界に呑み込まれていやがる!これだから童貞は!】
「うおおおおおおおおおおおお!!」
おもむろに城へ猛突進するチャット!
【行くな、チャットおおおおお!!!】
「にゃあああああんんんん!!」
ドラゴンも必死に追う。だが、美女との結婚を目前にしたチャットはかつてない走力を見せ、どんどん飼い猫を引き離していく!
「やったああああ城に入れたあああああ!」
【…遅かったか!】
見れば確かに、チャットは木製の大きな城門の前で、ガッツポーズをしている。…が、よく見ると手前の茨の森はまるで開かれていない。
【あれ、王子役が来たら道が開けるんじゃ…】
「ああ、開くの遅かったからそのまま突っ込んだわ」
そう言うチャットと、その体にとげを刺した茨のつるは、見事に血まみれである。
【!茨の道が開かせる事こそが、王子である証。それを示せなかった以上、チャットは王子たる資格を失った。フラグは、回避されたぞ!】
チャットの耐久性が、思わぬ形で役に立った。
「えっ、俺美女と結婚できないの?まあいいや、せっかく中入れるから宝物庫漁って来る」
【王子になれぬとわかった途端、こそ泥にジョブチェンジか…】
全く素早い変わり身である。
五分後、高価そうな銀製の食器や装飾品を山ほど携えて、王子になり損ねた勇者は城から出てきた。
「これで当面の旅の費用は工面できそうだな」
チャットはひどく満足げである。
曰く、確かに城内には美女がベッドで眠りについていたが、周りが茨に覆われていて辿り着くのがしんどそうだったので、放置してきたらしい。ともあれ、今度の危機もなんとか回避したようだ。
【それはいいんだけどさ、…何だその頭巾?】
城から出てきたチャットは、頭に可愛らしい円い頭巾を被っている。
「ああ、いくら回復出来るとはいえ、流石に頭はあまり傷つけたくなくてな。白から拝借してきた。」
布地をよく見るに、元の色は真っ白であったようだが、茨のとげで出血した血があちこちから染みだして、赤く染まっている。
【という事は次は…】
「ヘイ、そこのキュートな赤ずきんガール!」
背後から軟派な声を掛けてきたのは、全身を黒い剛毛で覆われた二足歩行の喋る狼。
【やっぱり『赤ずきんちゃん』か……】
それにしてもこの醜男が赤ずきんちゃん役はねえだろと、じいは落胆する。
「何かしら、狼さん?あたし、お婆さんの家にお見舞いに行かなくてはならないの」
【ノリノリだなお前】
チャットはすっかり童話の世界に片足を突っ込んでしまっているようだ。
「OMIMAI!?そいつはワンダフルだぜ。だが赤ずきんちゃんよ、見舞いに行く前にこの辺りで花を摘んでいってはどうだい?花を持っていけばお婆さんもきっと喜ぶぜい」
「それは名案だわ。そうしましょう」
狼の提案に従って、赤ずきんチャットは辺りの雑草をむしり出す。その間に、狼はどこかに姿を消した。元のおとぎ話の通りなら、お婆さんを食べるためにその住居に向かったのだろう。
太った赤ずきんは何故だか必死に雑草をむしり集めている。このまま暫く雑草をむしらせておけば、そのうちチャットも童話から醒めて、そのまま森から出て行ってくれるのではないか。いやしかし、それに気づいた狼が喰い殺したお婆さんの遺体を、通り道に捨て置くかもしれない。
赤ずきんチャットはお婆さんを大切に思っている。それに、今度は仇の狼が森の中に居る事がわかっている。もし遺体を見つければ、確実に狼に復讐を果たすため、森を探し回ることになるだろう。
【そうなる前に、狼を始末しておくのがベストか…】
じいは自身の経験から、そう結論を下した。
【チャット、今すぐお婆さんの家に向かえ!】
「あたしは赤ずきんちゃんよ」
【うるせーよ。狼は家に先回りしてお婆さんを喰い殺すつもりだ。お婆さんを助けたければ、急いで家に向かうんだ!】
「まあ大変!」
祖母を強く慕う赤ずきんチャットの猛ダッシュ。直ぐに狼に追いつけそうだ。
「近道を知っているわ。そこを通れば絶対狼さんよりも早く着けるはずよ」
赤ずきんのデブは、贅肉を揺らして走る。お婆さんの家に、狼よりも早く辿り着くため。
果たして赤ずきんチャットは、お婆さんを無事狼の毒牙から救い出し、童話の世界から抜け出す事が出来るのか…!?
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