第16話 焦り

 八月三日、十時四十六分。

 タイムリングに記載されている日付を確認し、改めて元いた時代との関係を断絶されてから一週間経過したことを実感する。

 ここに来てから既に九日が経過していた。

 時間は常に進むことを止めず、それに伴って世界は急激に色を変えていく。

 だというのに、未だに何の手掛かりも得られないでいた。

 ――本当に何も。


「……今日も悪いな。手伝ってもらうことになって」


 ここに来た最初の日に待ち合わせに使ったファストフード店前で今日もヴェルト、ミリア、トーマス、エマの四人は集まっていた。


「いえ。僕は寧ろ家にいたら、両親が勉強しろってうるさいんですよ。良い学校に入れって。今までずっと勉強させられて来たのに、まだ勉強させたいんですよね。だから、家にはあまりいたくないので、寧ろありがたいくらいです」


「私もです」


 トーマスもエマもヴェルトに気を遣っている訳ではなく、本心で苦にはしていないと分かる口調で言ってくれたので、ヴェルトにとってはありがたい。


「それよりも、ヴェルトさんの方は大丈夫なんですか?」


「えっ、大丈夫って何が?」


「あまり顔色が優れないというか……」


「ああ、まあ大丈夫だよ。悪いな、心配かけて」


 努めて顔を緩めて言ったつもりだが、ちゃんとなっているだろうかとヴェルトは心配する。

 でもまさか、こんな歳下に心配される程疲労が顔に表れてしまうとは、とヴェルトは内心で溜息を吐く。

 実際はトーマスの言う通りだった。

 毎日のように昼は歩き回り、夜は手伝いをし、そしてここ、二、三日は仕事後もまともに寝られない日が続いて、体には酷い疲労感が残っている。

 だからといって、勿論どちらもやめる気はない。ハンナさんにも心配され手伝いは休むように言われたが、何でもないと言い切ってやらせてもらっている。貴重な経験であって、慣れるにつれて様々な人と交流出来るのが楽しくて仕方無いと感じ始めていたのだ。

 そして、捜索の方も。

 しかし、もう一週間以上探して見つかっていない。そのことにより感じる多大な焦燥感に阻害され、睡眠もまともに出来ない状況になってしまっている。

 他にも、世界の命運を自分が握っているという責任感と重圧、孤独、不安、慣れない環境でのストレス。色々な要因はあるが、どれも様々な悲惨な経験をしてきたヴェルトには、負担となるどころか、寧ろ力の糧にしているものもある程だった。

 しかし、迫り来るタイムリミットと本当にこのままで見つけることが出来るのかという憂慮は徐々にヴェルトの心を蝕んでいく。

 ――本当にこのままで良いのか。

 ずっとこの方法でやってきて何も進展していない。なのに、このまま同じ方法で何か変わるのか。もしかしたら、やり方が間違っているのではないか。

 何度も考えたが、しかし、ヴェルトには他の方法が見つからない。

 焦りは募る一方だ。


「本当に大丈夫、ヴェルト?」


「お前には何度も言っただろ。心配しなくても大丈夫だよ」


 ミリアにも三日程前から何度も心配されている。その度毎に同じようなことを言っているのだが、言うのをやめる気はないらしい。

 しかし、一番最初にそうやって心配してくれたのもミリアだった。やはり一緒にいる時間が長かったこともあって、一番変化を敏感に感じとってしまうんだな、とヴェルトは得心する。


「しかし見つかりませんね……。それらしき人ならいたけど、全員空振りでしたし」


「そうだな……」


 四十度以上の高熱を子供が出した等の情報はあったが、勿論会わせてくれる訳などなく、血も吐いていないということで、結局進展は無いままだ。

 デニスさんにあれ以降二回程会ったが、まだそんな患者は診ていないと、そっちの方もダメだった。


「他に方法は無いんですかね?」


「他は思い付かねえな……」


 くそっ、元の時代ならインターネットでも駆使すれば見つかる可能性は高くなるだろうに。

 ヴェルトの頭にそんな考えが過ぎるが、すぐにその考えを消す。

 無いものねだりした所でしょうがない。虚しいだけだ。

 何もしなければ何も変わらない、だから取れる方法はこれだけ。今日もひたすら聞いて回ることしか出来ない。

 

「俺達に取れる方法はこれだけだ。だから、時間が惜しい。さっさと行くぞ。頼むぜ、お前ら」


『はい!』


 ヴェルトの掛け声に、トーマスとエマが力強く応える。

 だが、ミリアだけは俯き加減に渋った様子を見せる。


「ミリア。どうしたんだよ」


「やっぱりヴェルトは今のままじゃ危険。私と一緒に行こう」


 不安げに、焦るように言うミリア。

 その言葉を聞いて、ヴェルトは眉をしかめる。


「今のままじゃ危険って、今までだってお前、そう言って来たじゃねえか。でも、問題無かっただろ。心配し過ぎだって言ってんだよ」


 語気が荒くなる。

 心配してくれているのは分かるが、ただでさえフラストレーションと焦りが募っているというのに、良い加減聞き飽きたミリアの言葉に、ついカッとなってしまう。


「今までよりヴェルト疲れてる。明らかに顔色だって悪い。このままじゃ倒れちゃう。ねえ、やっぱりヴェルトは休んで。私が着いていてあげるから」


「いらねえよ、そんなもん! 大体時間が無えってのは、お前だって分かってるだろ! 一分でも長く捜索しなきゃダメなんだよ」


「なら、私達三人で探すから、お願いヴェルトは休んでて」


「良い加減にしろ!」


 引かないミリアに遂に頭に血が昇ったヴェルトは、今までより一層強い怒号を浴びせてしまう。


「大丈夫だって言ってんだろっ! 時間が無えんだ! なのに俺が休んでる訳には行かねえんだよ! 大体前から思ってたけど、何でお前にそんなこと言われなきゃいけねえんだよ! 良いからお前は黙って俺に――」


 そこまで言った所でハッとなる。そして徐々に冷静さを取り戻していく。

 ミリアが悔しそうに俯いている。

 トーマスが驚いた顔で見つめ、エマが怯えた目をしている。


「悪い……。でも、本当に大丈夫なんだ。だから別れた方が効率が良いだろ」


「……そうだね」


 ミリアがためらいがちに頷く。

 俺は何をやっているんだ。ただ心配してくれただけの仲間に怒り散らして、最低じゃねえか。

 ヴェルトはそんな自分に嫌悪感を抱いてしまう。


「そこまで急ぐ理由はやっぱり教えてもらえないんですよね?」


「……うん、ごめんね」


 何度かしてきた質問を再度尋ねてきたトーマスに、ミリアが答える。

 事情を知らないで見たら、何故こんなにもヴェルト達が急いているのか疑問に思うのは当然だ。そもそも何故探しているか、理由すらも話していないのだから。

 だから、この心情を知るのはヴェルトとミリア、互いに二人だけということになる。

 そうして四人はぎこちない態度は違えど、いつもと同じく四方に散ってそれぞれの範囲を捜索し出した。

 ヴェルトも懸命に走り回っては聞いていった。

 だが、二時間経過し、見つかることないのに猛暑の中走り回ったヴェルトは、体に倦怠感を感じ、途中にあった木製のベンチに座り、完全に背中を預けた。

 

「……ふう」

 

 自然と息が溢れた。

 疲れている。あいつらの言う通りだ。体が重い。足を動かすのも辛い。どころか再び立ち上がるのも億劫だ。

 流れる人波を細めた目で見つめる。

 よく見てる。トーマスも、エマも、そしてミリアも。

 正直鬱陶しく感じることもある程だが、いつも自分を信じて着いて来てくれるミリアの存在の大きさはこの時代に来ても変わっていない、どころかより実感が増している。

 一人ならとっくに潰れてしまっていたかもしれない。自分以外で唯一事情を共有している存在。あいつがいたから俺はここまでやれている。あいつには多大な感謝をしている。

 そしてそんなミリアだから、ヴェルトを一番見ていて、一番早く変化に気付いた。


「ふっ」


 自然と笑みが溢れた。我ながら、さっきから忙しい奴だと自嘲する。

 確かに時間はない。焦りは酷くなる一方だし、何より気持ちに余裕が無くなっている。

 でもその反面、頭では焦った所でそんなに変わらないと理解している、どこか冷静な自分もいるのだ。

 大丈夫、そんなに変わらない。元の時代ではまだ猶予はあったんだろ。なら、ここでも大丈夫だろ。

 そして直後に来る、どこにそんな保障があるという正論。高まる鼓動が冷静な脳に働きかける。早く動けと。

 さて、休憩はここまでだ。そう思い立ち、ヴェルトは立ち上がる。今日こそ手伝ってもらってるあいつらに、俺が良い報告をしてやる。そうわずかな希望に燃え、歩を進め始めた時だった。

 辺りの景色が霞んで、揺れ始めた。

 何だ、これ……?

 ヴェルトは理解出来ない事態にパニックに陥る。

 

 ――時間は進むことを止めず、それに伴って世界は急激に色を変えていく。


 体を支えられず前に倒れる感覚と共にヴェルトの視界は黒く染まった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る