第23話 推測
ハンナさんが出してくれた料理を急いで全て片付けた後、私は一目散に掛け出した。幸い、今日は太陽を雲が覆い、陰りはあるが暑さはそんなにない。
食後すぐの運動はお腹が痛む、少し休んでから行きなさいというハンナさんに、お母さんみたいなこと言うなあと思いながらも、時間がないからと押し通して出てきた。
走りながら、履いているデニムパンツの右ポケットを確かめる。間違いない、入っている。出る前に入れた注射器が。
あとは。
最後になにか間違いがないか、リスクと可能性を天秤にかけ、決意を固める為に改めて考えを整理する。少しでも可能性があるものを考慮し、高いものを見極める。
まず今回、ヴェルトが病気に罹ったことで浮かび上がった推測。もしかしたら、この時代で赤体病を巻き起こしたウイルスは、本来はこの時代のものではないということ。
いや、この時代のものではないという言い方は正しく言えば違うかもしれないけど、ヴェルトが感染したのはこの時代で新しく発現したウイルスではなく、未来で既にウイルスに感染し、そのままタイムリープしこの時代で発症したという可能性が高い。
勿論そんな可能性は信じたくない。私が、ヴェルトが、確かに救いたいと信じて行った行動の結果がまさか根本の原因になっていたなんて、ありえるものかと、否定したい。でもその可能性からは、目を背けられない。
それだと説明がつくから。何故赤体病はほとんどの薬剤に耐性を持つのか。新しく出来た薬にも耐性を持っていたのにも納得がいくから。
単純なことだ。未来で既にいくつもの耐性を得ていたなら、なんら不思議ではない。
未来から私達は自分が病気に感染していることを知らず、この時代にタイムリープする。その際に、私達はウイルスを感染した状態で行く。そしてそれが他者に感染し、そこから病気が流行した。そして私もヴェルトも死ぬ。その数年後、勿論私とヴェルトはまた生まれる。また病気を治そうと過去へ戻る。
おそらく、私達は何度も同じ時を繰り返している。
でももしそうだとしても、勿論私達にはまだ経験していない、死んだ時の記憶なんてある筈がない。だとしたら、科学的にはありえないのだろうけど、ヴェルトの言っていた私やヴェルトが死ぬといった記憶はその無限に繰り返した時の中での記憶なのではないだろうか。ごく稀に前世の記憶を持つ人間がいるのと似たような感覚で、ヴェルトの中にも残っていたのかもしれない。
そしてそれがもし正しいのなら、最もタイムリープと病気という歴史への関わりが強いヴェルトだからこそなのではないか。そしてそれは私もだ。ヴェルト程ではないにしろ、私の中にもあった既視感と言いようのない確信もその所為なのかもしれない。
今までの実験の結果から察するに、この世界で起きた出来事には二つある。
まずは、ちょっとしたことで変わる些細な事柄。例えば、誰かが道を歩いていて木に躓いて転ぶとする。しかし過去に行ってあらかじめ教えてあげることでその人は転倒せずに済む。そのようなほとんどの人にも影響しないような些細な変化は今まで確認されてきた。
もう一つは、どんなに過去を変えようと起きる不変の事柄。
そして赤体病は今までの実験から確実に起こる、変わることのない不変の事柄なのではないだろうか。もし私の仮説が正しいのなら、私達が過去に来て病気を流行らせるのは決められた運めということになる。
でも、もし不変の出来事でもその根本を取り除いたとしたら。些細な変化で小さなずれが生じるというなら、死ぬ筈だった人が生きるという本来はあってはいけない変化が起きたなら、大きなずれが生じる可能性はあるのではないか。
病気が流行るとして、その元を消し去ったとしたら。因果は因があることで、果が出来る。ならその因を取り除けば……。
その内の一つであろう私とヴェルトからの他者の感染に関しては、病気が本格的に発症する前にヴェルトは他者との接触は避け、私は抗ウイルス薬を打って貰った。
私達と特に関係性のなかった人への感染はなかった、と仮定する。勿論そんなの希望的観測に過ぎないけど、もうそう信じるしかないのだ。
そして今回は今までと一つ確かに違うことがある。
――私の命が残された。ヴェルトのお陰で、私は生きている。
なら、もう病気は消えたのか。……いや、まだな筈。
私はスピードを更に加速させる。普段からあまり運動はしないし、そもそもあまり走りやすい格好ではないしで、大分足が重い。息も乱れていく。それでも必死に動かす。
どんなに疲れようと思考は止めない。考えることをやめない。
ヴェルトは確かに言った。誰かが死ぬと。
私が生きたからと言ってそのことが変わったとは思えない。おそらく既に誰かに感染している。
それは私達との接触が多く、ヴェルトが倒れる直前に会っていた者が可能性が高い。
だとすると、一番可能性が高いのは――
運動を続けていた足を止め、手を膝につける。
やっと辿り着いた。
「どうしたんですか、ミリアさん?」
「エマ、トーマス……」
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