第15話 絶望と希望
ミリアの狼狽した様子から只ならぬ事態を察したヴェルトは、心配するハンナに断りを入れた後、ミリアに連れられ外に出た。
店の前、朝だが人通りは多い。
例え普段通りの声で喋ったとしても意識を向けなければ聞こえはしないだろうが、ミリアは小声でヴェルトに声を掛けた。
「やっぱりダメ……」
ミリアが腕に付けたタイムリングを見ながら言う。
その口調は焦りと共に酷く困惑しているのが窺えた。
「どうしたんだよ、ミリア! 急に外に出て。それに戻れないって――」
「外に出たらと思ったけど、ダメだ。やっぱり出ない。今まで繋がっていた筈の元の時代のタイムマシーンの座標が記されていない……。エラーになってる」
座標……それがエラー? そうだ。このタイムリングに記されているんだ。
ポケットからタイムリングを取り出して腕に付け、そのままタイムリープする前に見た座標を探す。しかし、そこには元からあった数字と文字の羅列が無くなっており、代わりにその時には目にしなかった文字が書かれていた。
エラー。
間違いなく、ミリアの言った通り、確かにそこにはその文字がアウトプットされていた。
「エラーって、どういことだよ」
こんな話聞いていない。
エラー、つまり座標を読み取れていない。
タイムリープした時も、した直後も見た時は意味不明な数字と文字が並んでいた。このリングに記されたこの並びは、次向かう先の座標だと。それは聞いていた。
なのにこれは……。表示されないということは、座標は不明。つまり戻るべき場所を見失っている。
「私も何でか分からない」
普段冷静なミリアが、ここまでパニックに陥るとは。状況はどう考えても芳しくない。そんなことヴェルトだって分かる。
何故なら、これはつまり――
「俺たちは元の時代に戻れないってことじゃねえか」
さっきミリアが言った通りだ。
ミリアは悔しそうに俯いた。それが、ほぼ決定事項で、でも認めたくない事実をより鮮明に現実に変えた。
「座標を失うということは、考えられるとすれば座標先、つまりタイムマシーンがプログラムの続行が困難にな状況になったこと。例えば誰かに妨害されたとか、あとは……」
困難になった……。
あのタイムマシーンはあの四人で調整しながら何とかプログラムを継続させ続けることが出来る。誰かが欠けたらほぼ続行は不可能ということになる。
つまり……
「誰かが倒れたとか……?」
言いながら、ふとヴェルトの頭にあるシーンが浮かんだ。
避難所を出た時、咳をしていたトムの姿。
あの時、確かにトムは苦しそうにしていた.
「もしかして、父さんか?」
病気にやられたのか? 父さんが?
そんなことは……。
「そんな訳ないよね?」
捲った筈のヴェルトの袖は既に元に戻っており、ミリアはそれをギュッと掴んだ。
怯えた様子で、俯いている。
分かる訳ないと知っていながら質問する。それは単に安心したいだけだ。違うと言われて自分を落ち着かせたいのだろう。
でもそんなの、当然ヴェルトに答えられる訳が無い。
「分かんねえよ」
元の時代に戻れない。これはヴェルトとミリアが二人で考えていたってどうすることも出来ない。
何を願おうと、どんなに待とうと戻れるようになるという保障はどこにもない。
――俺はずっとこの時代で生きるのか?
未知なことが多すぎるこの時代で。
まだ来て間もないのに、知り合いが出来た。優しい人ともたくさん出会った。
でも、大好きだった人達ともう会えないのか……?
ヴェルトの中の不安が増大していく。
☆★☆★☆★☆★☆
トムに引き取られ、中の世界にやってきたヴェルトはまもなく、研究チームへの紹介を兼ねて研究所に一緒に連れて行かされた。
その際に勝手に覗いた部屋に置いてあった巨大な機械。トムに聞くと、それはタイムマシンだと言われ、ヴェルトはそれに歳相応の興味を示し、興奮しっぱなしだったのだが、しかしそれとは別に他の感情があった。
トムに聞かされた、「これを使えば赤体病をこの世から消し去れるかもしれない」という言葉に感銘し、ならば自分が使って変えてやるという野望ともいえる気持ちが沸き上がっていたのだ。
「俺に使わせてくれ」とヴェルトは何度も頼んだ。
しかし返ってくる答えは、ダメの一点張り。タイムリープは危険だと、決してトムはヴェルトに使わせることは無かった。
それでも交渉を続け、その間もタイムマシーンの研究は続き、そしてしばらく経った時、根負けしたトムが遂に五分程度前までならと許可を与えてくれた。
物体を飛ばす実験を何度も繰り返しただとか、他の動物で試しただとか今までの研究の成果と一応の安全な確率が高いことは確認してきたこと、でもそれでもリスクはあるということは忘れないで欲しいと聞かされた。でも今のヴェルトにはどうでも良いことだった。ただタイムリープ出来ることが嬉しくて仕方がなかった。
そして五分前に飛んだ。
その時に実感した。自分の目で見て体で感じ、理解した。
視界に充満していた光が消えてからヴェルトの目に最初に映ったのは、先程までと何一つ変わらない景色。しかし壁に掛けられた時計を見ると、時刻は確かに五分前になっていた。
しかし、そこにヴェルトの姿は無かった。五分前にいた筈のもう一人の自分の姿は無い。
ヴェルトはトムに聞いた。 「ここに五分前の自分はいないのか」と。最初は困惑する様子を見せたトムだったが、ヴェルトがタイムリープしたことを聞くと、納得して、タイムリープすると、した先と辻褄が合うように状況が変わっていると説明してくれた。
それにより安全がより確立されてからは幾度となくヴェルトは実験に付き合って短い時間を行き来してきた。それは数分から、数時間、一日、更には最長一週間の時もあった。
それでもトムにはタイムリープは危険だと、何度も何度も繰り返し聞かされてきた。
しかし何度も過去に行っては、ある程度時間が経ってから戻るのを繰り返している内に、それに慣れ、次第にヴェルトにはその認識は薄くなっていった。
☆★☆★☆★☆★☆
今回も一緒だと思っていた。
流石にタイムリープする前は、今までに経験したことのない大きな時間移動に不安だったのは否みえなかったが、無事この時代に辿りついた時からあとはもう用を済ませていつも通り戻るだけ。今までと何も変わらないと高を括っていた。
――今頃になって、ヴェルトは父の言葉の重みを理解した。
自分達はこの時代に取り残された。時間に逆らったペナルティーが今二人を襲う。
心が沈んでいく。孤独、悲嘆、絶望。それらの感情が重くのし掛かり、深い闇の中に落ちていく気がした。
俺達は、これからどうすれば良い? 本来生きるべき時代とは違うこの時代で、どう生きていけば良いんだ……。俺達だけでどう……。
ヴェルトが不安で思考が潰されそうになったその時だった。再びギュッと袖を強く握られる感触があった。
ミリアが怯えた目でヴェルトの目を覗きこんでいた。酷く先が不安で、そしてどうすれば良いか分からない現実に恐怖している。
――そうだ、違うだろ。
違う。このまま気持ちを塞いでいれば、何か変わるのか。この先に待つ世界の終焉を、ただ何もせず迎えるだけじゃねえか。
「どうすれば良いかなんて俺にも分かんねえ……。でもだからこそ、立ち止まる訳にはいかない」
ミリアが目を大きく開いてヴェルトを見る。
――ここで立ち止まって何が変わる。何の為にここに来た。俺には俺のやることがある。そして、父さん達には父さん達のやることがある。
決意を込めた目でヴェルトは見返す。
「動け、ミリア。動くしか無いんだよ! 動かなきゃ何も起こらない。絶望して、ずっとこのままでいるのか。それこそ何も変えられない! 待つのは今までと同じ末路だけだ。俺達がどう考えたって父さん達の状況は変わらない。だから俺達に出来ることは信じること。信じて、自分達のやるべきことを為すことだけだ! 約束しただろ。絶対に未来に帰るんだ。帰って、世界を俺が変えてやったってあの人達に自慢してやるんだ」
やるべきこと。世界を変える為に、探し続けなければいけない。
徐々にミリアの目に輝きが戻っていくのが分かった。
「そうだ。私は信じることしか出来ない。だから、私は必死に信じ続ける。でもそれは研究所の皆だけじゃない。ヴェルト、私はずっと前からあなたのことを信じている。――私はいつでもあなたに着いていく」
その穏やかな笑みに、ヴェルトも思わず破顔する。
「お前は俺のサポートをするんだろ。なら、当たり前だろ」
しかし、次第に照れが増していき、顔を逸らしてしまった。
いつも通り、誤魔化すようにヴェルトは声を上げる。
「さっさと行くぞ、ミリア!」
「うん、待って!」
先に進み出したヴェルトを、ミリアは追い掛けていった。
☆★☆★☆★☆★☆★☆
またヴェルトに救われた。
何度も折れそうになってきた心を、その度毎に彼は癒やしてくれた。何度も闇から救い出してくれた。
どんな時も変わらない彼の意志が私の支えとなる。
やっぱり私はヴェルトがいなきゃダメだ。
ヴェルトは希望だ。光だ。だから、私はその光をただ信じて着いていく。
そして待ち続ける。
――彼の光が世界中を照らすその時を。
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