第11話 協力
夜が明け、日が昇った次の朝。
手伝いは忙しくなり始める夕方からで良いとハンナが言ってくれた為、それまでは捜索活動をすることになった。
朝食も頂き、活力をしっかり得たヴェルトとミリアは再び、二手に分かれて捜索を開始することになった。
しかし、
「ヴェルト、大丈夫? やっぱり二人で行く?」
「だからお前は俺の母親か! 良いっての。そんな俺の心配する暇あるなら、さっさと患者を探しに行くぞ」
「……分かった」
未だミリアは不服そうではあるが、渋々といった感じで了承をする。
そんなやり取りをしてから、二人はついさっき出たばかりの酒場前で左右に分かれて進んでいく。
それから昨日のように手当たり次第に聞いていき、一時間経過した。今は途中にあった遊具が真ん中にポツンと置いてあるだけの小さく質素な公園の中にあったベンチに座って次はどこに行くかなと休憩がてら考えていた。
結論から言うと、結局未だに見つけられない。
まだ二日目とはいえ、見つからない現状に焦りを感じ、やり方自体間違っているのではないかとヴェルトは疑念を持ち始めていた。
「どうするかな……」
と、心からの溜息と共に呟いた時だった。
「ちょっとすいません!」
突如後ろから声がした。
予期せぬ声にビクッと大袈裟に反応しながら、立ち上がって反射的に振り返る。
振り向いた先、ヴェルトのすぐ後ろには眼鏡を掛けた幼い少年と肩ほどまでしかない短髪の少女がこちらに興味ありげな目を向けて立っていた。
二人とも同じぐらいの歳に見える。歳は九歳といったところだろうか。だが、幼いながらも二人とも、片鱗というか、可能性を感じる綺麗な顔立ちをしている。
しかし何故だろう。会うのは初めてな筈なのに、二人ともどこかで会ったことがあるような気がする。
……いや、やっぱりそんな訳がない。似てる子供もいない訳ではないだろうし、その所為だろうとヴェルトは自分で納得する。
「えっと、俺に何か用?」
「あの、その……」
「あなた昨日から何やら聞いて回ってますよね?」
言い淀む少女に対して、男の子の方ははっきりとした口調で聞いてきた。
「そうだけど、それがどうかした? ……まさか、君は何か知ってるのか!?」
「うおっ、急にテンション上がりましたね。それより、えっと、確か誰か高熱もしくは吐血の症状が見える人を探しているんでしたっけ。それに関しては知らないです」
「そっか……」
ここに来てから誰か知らない人から話掛けられるのは初めてだったからもしやと大きい期待を持ってしまった分、反動で大きく肩を落とすヴェルト。
しかし、すぐに新たな疑問が思い浮かんだ。
「あれ、でもだとしたら本当に何の用なんだ? それに何で俺のこと知ってる風なの?」
「それはですね、単純に昨日から何度かあなたをお見かけしたからです。あなたが聞いた人にあなたに何を聞かれたかも聞きました。今日もいないかと探していたら、案の定見つけたので興味本位で声を掛けてみたという感じです」
「その……すいません、ご迷惑でしたか?」
言葉とは裏腹に、女の子は明らかに不審そうな顔と声で言う。
迷惑ですよね。さっさと立ち去るのではっきり言って下さいと言う心の声が聞こえそうだ。
多分、この女の子、この男の子に無理矢理連れて来られたってところか。
しかし、無下に断るのもどことなく罪悪感があるし、抵抗がある。
「いや、迷惑って訳じゃないけど」
「じゃあ、ついでに一緒に探してあげましょうか?」
えっ、と予期していなかった発言にヴェルトは思わず驚きの声を出してしまう。しかし驚きの声を上げたのはヴェルトだけではない。女の子も声を挙げていた。
「何で……! だって、この人のことよく知らないし――」
そこまで言って、ハッとなった彼女はこちらに申し訳無さげな視線を向けてきた。
しかし、それは彼女の言う通りだと思う。
「そうだよ。良いのか、こんな全く知らない男の手伝いなんかして」
「そうですね。確かに、あなたのことは全く知らないですし、正直結構怪しげですけど――」
えっ、っとこれもまた予期せぬ発言に驚きが隠せないヴェルト。
「ちょっと待って! 聞き捨てならないんだけど、俺、そんな怪しいの?」
「はい、大分。生まれてからずっとこの街にいますけど、あなた全然見掛けたことなかったのに、昨日から突然現れて、しかも理由は分からないですが、誰彼構わず高熱出た人いないだの何だの聞いて必死に探しているんですから、それは怪しいですよ」
当然でしょと言わんばかりの男の子の爽やかな返事に、ショックを受けるヴェルト。
探すのに必死でそんなこと全く考えていなかったが、なるほど。客観的に見ると、俺はそんなに怪しげだったのか、と自分の行動に後悔する。
とはいっても、今のこの方法しかないから続けざるを得ないのだが。
「でも、」
「えっ?」
「周りの人全員に聞き回りながら、必死な形相で誰かを探している人がただ怪しいだけの人だとは思えません。理由は分からないですが、困っているようなのであなたを手伝います。それに何となくですが、あなたを見た時、運命的というか、助けなければいけない気がしたので。――なっ、良いだろ?」
隣の少女の方に顔を向けて、同意を促す男の子。それに数秒の逡巡を見せた後、少女はコクリと小さくだが頷いた。
運命とか、ちょっと大袈裟だが正直そう言って貰えて嬉しい。いや、俺が不審人物だという事実は変わっていないのだが、それでも俺の為に、一緒に探してくれると言ってくれた。
まだ小さいとはいえ、おそらく断然自分達よりこの街を知っている二人が手伝ってくれるというなら、ヴェルトにとって迷惑な話な訳がない。それに単純に人数は多い方が良い。
「ありがとう、二人とも。助かる」
ペコリと頭を下げるヴェルト。
顔を上げると、見えたのはポカンと呆気に取られた表情をしている二人。どうやら、そこまで本当に感謝されるとは思っていなかったようだ。
「まあ、気にしないでください」
「その……よろしくお願いします」
まあまあといった感じで言う男の子と逆にペコリとお辞儀を返してくれる女の子。何故この子の方がよろしくと言うのだろうと、ヴェルトは疑問を持つが、まあ礼儀の良い子なのだろうと納得して、ヴェルトもよろしくと挨拶をする。
「探している理由は教えてもらえますか?」
「……ごめん、それは言いたくないな」
未来から来たとか言ったら、更に怪しまれる可能性があるからと、ヴェルトは自粛する。
「理由言えないんですか。ますます怪しいですね」
「いや、怪しくないから! 大丈夫だから!」
……筈なのに、言わなくとも余計不審度が増したらしい。
というか、異様に自分が怪しくないアピールしていることが逆に怪しくないかと、言いながらヴェルトは気が付く。
「はあ……」
男の子は明らかに納得していない返事だ。
これ以上この話題は続けたくない。ヴェルトは話題を切らなくてはと焦る。
「あっ、そういえば二人とも名前は?」
話を仕切り直そうと話題を考えると、まだ聞いていなかったことにヴェルトは気付いた。
「名前、ですか……。それはあの、良いんじゃないですか。やっぱり一応全く知らない人に簡単に教える訳にもいきませんから」
「そこまで警戒するのかよ! いや、でも名前無いと呼びづらいじゃん」
「それはそうですよね。……あー、じゃあ僕のことはトーマスって呼んでください」
「えっ!」
自称トーマスの名前に反応したのは女の子が先で、何やら意外そうな声を発した。
ああ、これ間違いなく偽名だな。
何やら隣の女の子に耳打ちし出したことからも、偽名であるのは間違いないとヴェルトは確信する。
そして女の子が、躊躇いがちに口を開く。
「私の名前は……エマです」
「分かった、了解。トーマスとエマね。俺の名前はヴェルト・レヴォラー。よろしく。それから改めてありがとう」
戸惑い気味に、何処か申し訳なく言う女の子の様子は更なる裏付けとなるのだが、それはもう仕方ない。
いや、勿論さして知らない人物に個人情報を与えるのは危険だとはいえ、事実として偽名を使われているということはヴェルトにとっては不本意この上ないのだが、この際それには目を瞑ることにする。偽名でも名前があるならそれで良い。
それよりもありがたいのは本当だ。ヴェルトは、ニコリとなるべく優しい表情を心がけて言う。
「そういえば、ふと思ったんだけど、二人ってもしかして幼馴染み?」
「はい、そうですけど、何で分かったんですか?」
きょとんと純粋に気になった様子で尋ねるトーマスと、隣で再び訝しげな目を向けるエマ。
その小さな二人の面影がどことなく小さい時の自分とミリアに重なる。
「俺にも幼馴染みがいるからさ。自分で言うのもなんだけど、二人と何となく雰囲気似てるなって思って」
「えっ、似てる、ですか!」
「……その人もこの街にいるんですか?」
トーマスは何やら驚いた表情を見せ、エマは恐る恐るといった感じで質問してきた。
「ああ、いるよ。別の場所で俺と同じく人を探してるんだけど……あれっ、そういえばそっちは見てない?」
「いえ、ヴェルトさんしか見てませんよ。へえ、もう一人一緒だったんですか。僕たちと似てるってことは、その人も女の人ですよね?」
「そうだけど」
「会わせてください!」
ニヤリっと面白そうなおもちゃを得た子供のような愉しげな顔を見せるトーマス。
直後に、その顔をエマに向ける。
「お前も見てみたいよな! なあ、エリー……エマ」
今、名前間違え掛けたよな! 危うく本名言い掛けたよな! 自分で偽名付けといて、間違えるって……。
ヴェルトは若干呆れ気味に苦笑する。
「うん、見てみたいな」
だがそれは気にせずに、珍しく、っというのも出会ってすぐに言うのもあれだが、それでも出会ってから初めてはっきりと意志をエマは示した。
ヴェルトにとっては断る理由もない。
「まあ良いけど、探索を終えた後な。その後に待ち合わせすることになってるから着いてくれば良いよ」
「分かりました。では、ここで一旦解散ですね」
「トっ、あっ、えっと、トーマス。私達もここで分かれることにする?」
あっ、とか思い出した感じで言ったし、てか凄い言い辛そうなんだけど!
本当に偽名にまでする必要ないのにとヴェルトは、内心で嘆く。
「そうだな。そっちの方が効率は良いと思うし、そうするか」
「うん、分かった」
「じゃあ、そういうことでまた後でここに集まろう。時間は十六時って所だな。ということで解散で」
「あっ、ちょっと待ってください」
ヴェルトの掛け声で、三人バラバラに分かれて新たに捜索が開始されるというところで、トーマスがヴェルトの元に駆け寄って来た。
そして、エマに背を向けて、こっそりと喋り掛けてきた。
「ヴェルトさん、その幼馴染みのこと好きなんですよね?」
えっ、と思わず驚きの声をあげて手しまうヴェルト。
「いや、好きって……どうなんだろう」
「どうなんだろうって、えっ、好きじゃないんですか?」
何故、当然のように言うのだろうとヴェルトは疑問に思う。
でも、好きか……。ヴェルトはそんなこと全く考えたことが無かった。いや、昔始まりの街で仲間にミリアを紹介した時に、惚れたかだの何だの聞かれたことはあった。しかしあれは子供の時のことでそんな深く考えることも無かったが、改めて考えるとどうなのだろうとヴェルトは自分に問う。
「いや、別にちゃんと考えたこともなかったしな……」
「なんだ、似てるってそういうことじゃなかったんですね」
「えっ、何の話?」
「いえ、気にしないでください。じゃあ、行きますね。――じゃあ、行くぜ、エマ! また後でな」
「うん、また後で」
ポツリと呟いたトーマスの言葉についてヴェルトが聞くも、トーマスは軽く流してさっさと向かっていった。
去り行くトーマスの背中を見た時不意だった。
何故かヴェルトは初めて見る筈のその背中に懐かしさを感じた。
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