第12話 近い二人

 時刻は十六時を少し過ぎ、陽は西に傾き始め、街をほのかに紅が染める。

 その赤みを帯びた街をヴェルトは、トーマスとエマと、三人で歩いていた。約束の時間の少し前に集まった三人は、そこから現在夕方にも関わらず未だ溢れる人混みの中を進み、寄宿場所を目指していた。

 そんな中、ヴェルトは自然と溜息を溢してしまう。


「……すいません、お役に立てないで」


「本当に全然見つからないんですね……」


 それを聞いたエマがペコリと謝罪のお辞儀をし、トーマスは疲れ切った顔で嘆いている。

 あの後も捜索したヴェルト達の成果は何も無し。何の情報も得られなかった。そしてそれは二人も同じ。どうやら、誰に聞いても知らないという解答がほとんどだったようだ。 


「いや、悪い。今の溜息は気にしないでくれ。でもそうなんだよ、本当に全然見つからないんだよ。って言っても、俺も昨日から探し始めたばっかなんだけど、それでも二日探して情報なし。だから、二人とも気にしないでくれ。一緒に探してくれるだけでありがたい訳だし」


 努めて顔は柔らかくしたつもりだが、出来ているだろうかとヴェルトは思う。

 二日間探して、何の進展もないことはヴェルトにダメージを与えていた。内心、焦りと悔しさばかりである。

 何せ、元の時代の歴史通りにことが進むとは限らない。ひょっとしたら、元の時代より早まって病気が蔓延してしまうかもしれない。いつまた見つかるかも分からないのだから、急がなくてはいけないのだ。

 いや、でも、っとヴェルトはふと考える。それはずっと先になるという可能性は無くもないし、寧ろひょっとしたらこの世界では病気が起きないなんてこともあるのではないだろうか。


「それは楽観的過ぎだろ……」


 あまりにも甘いことを考えてしまった自分を叱咤するようにヴェルトは呟く。


「ヴェルトさん、明日も手伝います。いや、明日だけじゃなくて見つかるまでやります。――なっ、エマ? お前もやろうぜ」


「うん、やる。私達なんの役にも立ってないしね」


「良いのか? 学校もあるんじゃないのか」


「いえ、今は夏季休暇中なので問題ないです。それに、このままじゃなんか僕たちも悔しいので」


「ああ、そっか。……じゃあ、頼む」


 この二人は本当に真剣に探してくれている。

 心の中の焦りが少しだけでも緩和されたような気がした。

 

「で、まだなんですか? そのあなたが泊まっているって酒場は?」


「いや、そろそろだよ。――あっ、見えてきた」


 三人の前方少し行った所に見えて来た『HELLO WORLD』の文字。

 その名前を有した酒場の前にいる少女がこちらに気付き、そして駆け寄って来た。


「ヴェルト!」


「うおっ、なんだよ、ミリア!」


 若干見下ろした位置に見えるミリアの顔は、心配を抑えきれていない、不安げな表情だった。


「大丈夫だった? 何か問題ない?」


「またかよ! だからそんな心配しなくても何の問題も無いっての!」


 ほっと、胸を撫で下ろすミリア。

 まさか一々事ある毎にこんな心配する気か、こいつ。とヴェルトは呆れ半分、あとは最早敬意半分で考える。

 そうしていると、ふと俺の横を見たミリアが不思議そうな表情を見せた。


「……誰、その子達?」


「んっ、ああ、さっき探してる途中で出会ったんだ。俺の手伝いをしてくれたんだよ。なっ、お前ら――って、おい、どうしたんだよ。何、二人とも黙ってミリア見つめてるんだよ?」


 ヴェルトも顔を横にいるエマとトーマスの方に向けると、二人は前方、ミリアの方を見つめながら、視線が固定されている。

 その顔は、我が目を疑わんとばかりに驚きを隠しきれていない表情をしている。


「ヴェルトさん、聞いてないですよ」


「えっ、何が?」


「凄い、キレイ……」


「そうですよ! こんな綺麗な人が幼馴染みだなんて、一言も聞いてないですよ!」


 エマはポツリと心の呟きが言葉として出たように呆然と言い、トーマスは興奮気味に言葉を発する。

 その二人の反応は予想外のもので、ヴェルトは目を見開く。

 

「いや、別に言う必要ないし、そもそもそれは個人の主観だからな」


「じゃあ、ヴェルトさんは綺麗だとは思わないんですか?」


「えっ、うっ、いや、……そっ、そんなことは無いけど」


「ヴェルト、本当?」


 期待を込めた瞳でこちらを見つめるミリア。

 途端にかーっと顔が熱くなるヴェルトだが、嘘を吐く訳にも行かず、顔を逸らして誤魔化す。


「はっ、はあ、知らねえよ!」


「でもさっき綺麗って言った」


「言ってねえし! そんなことは無いって言っただけだし!」


 我ながら子供くさいなと思いつつも、ヴェルトは恥ずかしさからともかく否定を続ける。


「それより、二人だ! ミリア、まだお前は知らないから一応紹介しておくよ」


 白黒はっきりさせたかった様子のミリアだったが、そこは長年一緒にいただけはあるのだろうか。

 諦めてくれたようで、ヴェルトの変えた話題の方にちゃんと乗ってくれた。


「男の子の方がトーマスで、女の子の方がエマって言うんだ。二人とも、こいつが俺の幼馴染みのミリア」


「どうも、トーマスです。よろしくお願いします」


「えっと……エマです。よろしくお願いします」


 ちらっとエマがトーマスの方を見た。

 ああ、自分も紹介しといてなんだけど、この二人ミリアにも偽名で通す気か。まあ、エマの方は若干罪悪感を感じているようだけど、とヴェルトは推測する。

 一応、耳元でぼそりと偽名であることを伝えると、ミリアは驚いた様子を見せたが、首を縦に振った。


「トーマスにエマ。二人とも、ヴェルトの手伝いをしてくれてありがとう」

 

 ニコリと、優しい微笑を携えてミリアが言う。

 しかし直後、首を傾げ、不思議そうに二人の顔を見つめ出した。


「どうしたんだ、ミリア?」


「二人はどこかで私と会ったことがあった?」


「あっ、それ俺も会った時に思った」


 同じ疑問。俺が思ったことをミリアも感じた。本当に偶然なのかとヴェルトは疑問を持つ。

 もしかしたら、本当に会ったことがあるのか。


「いえ、無いですけど……」


「エマも無いのか?」


「はい……私も記憶にないです」


 その可能性はトーマスとエマ、二人の否定によって潰えた。

 

「……気の所為だったのかな」


 ミリアがポツリと言った言葉が引っ掛かる。

 気の所為?

 二人も同じことを感じて偶然で済ませるのは釈然としないが、会ったことがないのは事実である以上仕方がない。


「とりあえず、今日はこれで終わりだから帰ろうか。二人ともありがとう。家まで送るか?」


「いえ、大丈夫です。近いので。それにエマは僕が送っていきます」


「そうか。ならちゃんと送っていけよ」


「勿論ですよ。――それじゃ、ヴェルトさん、ミリアさん、また明日」


「また明日もよろしくお願いします」


「ああ、また明日な」


「……また明日」


 手を上げて言ったヴェルトの横で、ミリアは手を軽く横に振っている。

 今日もこれから店の手伝いか。

 昨日一夜で、アルバイトという味わったことのない経験と共に慣れない仕事からのどっと一気に来る疲れを知ったヴェルトだったが、逆に新鮮な経験だったからこそ楽しくやりがいを感じていた。

 今日も頑張るか。そして、明日もまた四人で探さなきゃな。

 そんなことを考えながら、二人はトーマスとエマと別れ、店に戻っていった。


   ☆★☆★☆★☆★☆


 ミリアとヴェルトと別れ、エマとトーマスの二人は家への帰路を歩いていた。

 その時、突然だった。


「……ゴホゴホ」


 突如隣から聞こえた咳に、トーマスが過敏に反応する。

 見ると、エマが咳き込み、更にそれは徐々に強くなっていく。背中を少し倒し、前屈みで苦しそうに手で口を抑えている。


「おい、大丈夫か!」


 トーマスが必死の形相で声を掛ける。

 しかし、エマは咳き込み応えることが出来ない。

 その隣で、トーマスはエマの背中を擦りながら、声を掛け続ける。


「おい、大丈夫か。しっかりしろ!」


 未だ苦しそうに咳を続けるエマをトーマスは必死に支え、そして数分後ようやくエマの咳は治まった。


「もう大丈夫か?」


「うん、大丈夫。……心配かけてごめんね」


 トーマスの問いに落ち着いて答えたエマ。それを見て、トーマスはようやく肩の力が抜けたようにふうっと息を吐く。


「随分久しぶりだな。お前が発作を起こすのは」


「ちょっと疲れただけだよ。こんな歩いたの久しぶりだし」


 エマは、小さい頃から度々喘息の発作を起こしている。

 それでもここしばらくは発作は無かったのだが、久しぶりに苦しげなエマの姿を見た。

 もしかしてまた、とトーマスは危惧する。


「休んだ方が良いんじゃないのか? さっきはああ言ったけど、理由説明して僕だけでも探せば――」


「うんうん。ごめん。ヴェルトさんとミリアさんには心配掛けたくないし、それにこういうの少し楽しいからやらせて。私は大丈夫だから」


「そう言ったって……」


「本当に大丈夫」


 はあ、っとトーマスは溜息を溢す。

 こうなるとエマは強情な所がある。それにここまで強く自分の意志を示すことはあまり無い為、尊重したい気持ちがある。


「分かったよ。ただ、危険だと判断したら僕はあの人達に言うけど、それでも良いよな?」


 エマは渋々ながら、良いよと首を縦に振る。


「さて、じゃあ、帰るぞ」


「うん。……あっ、ちょっと待って」


「どうした?」


 言いながら少し進んだ所で、エマに呼び止められて振り返るトーマス。

 そして、夕日を背にその光を取り入れたような綺麗な微笑みでエマが言った。


「心配してくれてありがとう」


 夕日に対するトーマスの顔は赤く染まっていた。

 

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