第9話 居場所

 酒場を出てから、一時間程経った。

 その間も聞き込みを続け、各所の店に寄ってはみたものの有益な情報は一切無し。それでも既定の時間になってしまったので、仕方無く元いた場所に戻りミリアと合流することにした。

 約二時間前に見たピエロの像が見えて来た。待ち合わせのファストフード店前まで、残り約百メートル。時間は約束の時間より五分程早い。

 ミリアはまだかとヴェルトが視線を巡らせようとすると、しかしその必要無く、待ち合わせ場所に立っている見慣れたポニーテールが見えた。

 それに伴い、ミリアの横を通り過ぎる人達が、彼女を見ながらひそひそと話しをしたり、何やら驚いた表情を見せているのも視界に入った。それもヴェルトには既に見慣れたもの。ミリアの良い意味で際立った容姿に対する驚きや憧憬の眼差しだ。

 美しさとは時間の流れと人の主観に左右される。しかし時代は変われど、ミリアの美しさは人を問わずに魅了している。そのことに何故かヴェルトが誇らしさを覚える。

 見つけてから小走りで近付き、「おい、ミリア」と声を上げようとした時だった。それより先にミリアがヴェルトに気付く。そして向こうも近付いて来た。


「ヴェルト!」


「えっ、なっ、どうしたんだよ」


 大声を出しながら、目前まで近付いてきたミリアは安堵と喜びを合わせたような笑みを見せている。そして今度は一転、心配げな表情になる。

 えっ、何、その表情。

 ヴェルトは戸惑ってしまう。


「大丈夫だった? 私がいなくて寂しくなかった? また喧嘩とかして怪我とかしなかった?」


「お前は俺の母さんか! 子供じゃねえんだから、大丈夫に決まってんだろ!」

 

 何事かと身構えていたら、出てきた言葉がそれとは。

 本気で心配している様子だが、正直それはありがた迷惑以外の何者でもない。というより、まずそれは同世代の女子から掛けられる言葉では絶対にない。


「ずっと心配だった……」


「いや、お前の場合し過ぎだから!」


「ヴェルトが死んだらどうしようって」


「今度は飛躍し過ぎだろ!」


 死んだらって……。

 いくら見覚えのない場所にいるからといって、それは心配し過ぎだろっとヴェルトは呆れかえる。

 まあいいや。今はそれよりともかく結果を報告しあいたい。そう思い、ヴェルトが口を開こうとした所であることに気付いた。

 ミリアはともかく自分にも少なくない視線が向けられている。

 何でだ、と動揺する頭で考えながらすぐに答えに辿り着く。

 さっきミリアが大きい声で俺の名前を呼んでこっちに駆け寄って来た所為で、自分にまで視線が分配されている。


「ミリア、ちょっと移動するぞ」


「……どこに?」


「どこでもいいから、ともかくここを離れるんだ!」


「えっ……!」


 居心地の悪さから、ヴェルトは急いでその場を後にしようとする。

 しかし一瞬遅れたミリアの手を掴み、そのまま引いていく。


「……ここら辺で良いだろ」


 走り続けること五分。相変わらず周りは店と家が並んでいる街並みに囲まれながら、先程までの場所からは大分離れた場所で息を切らしながら、ヴェルトが呟く。

 そこで改めて手に感じる熱に意識が行った。見ると、自分の手が握っているのはミリアの手。そしてそのミリアはポカンとした表情でその手を見つめている。


「あっ、その、悪い!」


 さっきはあの場から去りたい一心でほぼ無意識にミリアの手を掴んだが、意識してみると大分恥ずかしさが込み上げてきた。

 釣られるようにミリアもかーっと赤く頬を染め、気恥ずかしくて直視出来ないヴェルトは目を逸らし、急いで本題に入る。


「で、あの、ミリア、結果はどうだった?」


「……あっ、うん。ごめん、特にこれといった情報は得られなかった」


「いや、気にするなよ。……俺もだ」


 言ってから、「やっぱそうだよな……」とヴェルトは嘆息する。


「この時代は昔よりはプライバシーへの意識が弱い筈だから病院にも行ってみたんだけど、流石に教えられないって言われた」


「あっ、病院行ったのか」


「うん」


 ヴェルトも病院というのは思い至っていたが、場所を聞くと自分が来た方向とは逆、つまりミリアの行った方にあるということだった。なので、ミリアに任せる、あるいは後日に回そうと考えたが、流石というべきか、当然というべきか、ミリアも思い至っていたようで、ちゃんと聞いてくれていたようだ。

 しかし頼りにしていた病院でも無理か……。

 元々そんな簡単に見つかるとは思ってなかったが、いざ実際に捜索してみると、改めて楽な仕事ではないとヴェルトは実感する。


「これからどうするかな……」


「どうするっていうのは、どうやって見つけるかってこと?」


「いや、それもそうなんだけど、ほらもう日も落ちてきただろ。だから、夜どうするかなって」


 大した意識もせずにそう言い、上を見上げると辺りには黄金色に塗りつぶされた空が広がっていた。その空の先では太陽が沈みかけている。

 その景色に目が奪われた。

 燃えさかる炎のように真っ赤に染まった夕日も、それに飛び火されたかのように同じく純白の中に赤を混ぜられた雲を見るのも実に久しぶりだった。その光景にノスタルジーを感じる。

 ヴェルトを見たミリアも同じ方向を見、そこに視線が固定された。そしてヴェルトがふとミリアの方を見た時、ミリアはまだそれだけを見つめ、固まっていた。その赤を移した瞳は、心なしか光って見えた。

 そうして見ていると、こちらに気付いたミリアがヴェルトに視線を移し目が合った。


「……なに?」


 しかし目があって二秒程経過してから、ミリアが顔を伏せてボソッとそう聞いてきた。

 しまったとヴェルトは自分の行動に後悔する。ヴェルトの視線は自然とミリアに吸い寄せられ、そしてそのまましばらく見つめてしまっていた。親しい間柄とは言え、女性の顔を数秒間見つめ続けるというのはちょっとどうなのだろうかと自分を責めるのと同時。

 何故こんなにも見慣れたミリアの顔に見惚れたのかと自分の行動に疑問を持つ。


「いや、悪い。何でもない。……まあ、あれだ、夕日綺麗だよな」


「うん、綺麗」


 と自分で言っておきながら、ヴェルトはじゃなくてと話を戻す。


「じき日が沈む。なのにまだ泊まる宿が決まってない訳だけど、まさか野宿って訳にもいかないし。かといって金も無いしな。……どこか泊めてくれないかな」


 この時代の貨幣は、十五年後に変更されることになっている。だから、ヴェルト達が元いた時代の貨幣をこの時代で使おうとした所で、即引き返される、偽札ですらないただの玩具の紙でしかないのだ。

 だから、タイムリープする際に金銭は持って来なかった為、現在二人は只の無一文になってしまっている。

 

「民家を訪ねていって、泊めてくれそうな家を探す?」


「ここから更に探すのか……。面倒だけど、それしか無いよな……」


 ミリアが頷き、それで決定。

 早速行動に移そうと歩き出し、少し進んだところで右方向から声が聞こえた。


「あらっ、ヴェルト君じゃない!」


 今日、というより少し前に聞いた女性らしい甲高い声。

 しかし、女性の声なんて随分聞いてきた為思い出せなかったが、声のした方向を向くと同時にぱっと思い出す。

 見つめた先、そこにはやはり、先程の酒場、『HELLO WORLD』にいた女性店員がこちらに、何やら荷物を入れたのか膨らんだバッグを肩に掛け、逆の方の手をブンブンと振ってこちらに歩いて来ていた。相変わらずのバンダナ、エプロンスタイルである。

 思い掛けない人物に声を掛けられ驚くヴェルトだが、好意的な様子を見せる彼女にとりあえずペコリと頭を下げる。


「あっ、どうも。さっきはありがとうございました」


「いえいえ。全然役に立たなかったでしょ。ごめんね」


「そんなことないですよ」


 っとヴェルトは言うものの、ヘルマンさんの話は確かに余計だったなと考える。


「それより店の方はどうしたんですか? もう閉めたんですか?」


「まさか! これから、これから。これから客が増えて大変になるのよ。でも今ちょっと料理の材料が切れたから、お客さんには待ってもらって買ってきたの」


 右手を顔の前でパタパタと否定の意を見せてから、現状を説明する女性店員。

 当然酒場なので、昼より夜の方が繁盛するだろうという漠然としたイメージから意外そうにヴェルトは閉めたのかと尋ねたが、やはり予想通りだったようだ。

 しかしだとすると、さっきの時点で既に人が結構入っていたのに、その時に見た所この人一人で店を切り盛りしていた。大変そうだなとヴェルトは同情する。


「で、ちょっーと、ヴェールト君」


「はいっ! ――って、なっ!」


 言うや否や、左手で肩を掴まれ、前後にぐらんぐらん揺らされた。


「なに、この子! 聞いてないわよ! あなた一人だと思ってたら、とんでもない! こんな綺麗な子と一緒だったなんて!」


 ミリアの方を指差し、興奮気味に捲し立てられた。

 いや、聞いてないって、そりゃ別に言う必要もなかったし、とヴェルトは内心で呟く。

 自分もいきなりのことに驚愕していた為今まで気にしてはいなかったが、言われて隣を見るとミリアが呆然としていた。


「まあ、さっきは二手に別れてましたからね。――ミリア、この人はさっき捜索していた際に寄った酒場で働いてた人」


「正確には私一人でやってるんだけどね」


「どうも、初めまして。ミリア・ワーです」


 ペコリと、ミリアは軽く会釈する。


「初めまして、ミリアちゃん。私はハンナ・リヒター。ヴェルト君とはさっき出会ったばかりの者です」


 女性店員がニコリと明るい笑顔で言った。

 ハンナ・リヒターか。

 そういえば、名前聞くの初めてだなとヴェルトは思い至る。

 

「でも、ヴェルト君。こんな綺麗な彼女を持つなんてあなたなんて幸せものなのよ」


 彼女という言葉に、ヴェルトとミリアはビクンと同時に過敏に反応する。

 

「なっ、彼女!? えっ、ミリアが! ちがっ――」


「ちっ、ちがっ……違います。そんなんじゃ、ないです」


 ヴェルトもそうだが、ミリアも滅多に見せない程の動揺を見せ始めた。

 二人してその頬には、夕日の色に負けない程の朱に染まっている。


「えっ、違ったの! じゃあ、友達とか?」


「そんな所です」


 そう言われるとそれも違う気がするのだが、他に適当な言葉も見当たらないので、とりあえずヴェルトはそう答えた。

 しかし、どことなくミリアは不服そうな顔をしているのが気になった。


「なんだ、友達か」


 残念そうに言うハンナを見て、ヴェルトは本当に女性っていうのは恋愛ごとの話が大好きだよなと考える。


「じゃあ、探してる患者さんっていうのは見つかった?」


「いえ、まだですね。もう日も暮れますし、とりあえず明日以降にしようかなと」


「ふーん、じゃあ今から家に帰るところなんだ?」


「それが、実は自分達はちょっと遠い所からその人探しの旅に出てきたので、ちょっと今宿を探している所なんですよ」


「二人で? 親は?」


「親は事情があって来ていないんで、はい。二人です」


 驚きの上に不思議そうな顔を合わせながら、右肩に提げていたバックを、左肩に掛け直すハンナ。


「ふーん、お金あるの?」


「……全く。一銭たりとも持ち得てません」


 ヴェルトの言葉を聞いた瞬間、ハンナは目を見開き驚愕を表現した顔をする。

 その後、口を開けてあっはっはと大きく笑い出した。


「じゃあ、どうする気だったの」


「野宿は嫌なので、民家をしらみつぶしに当たって、泊めてくれそうな家に泊めてもらおうかなと」


 より一層大きく笑うハンナ。


「本当にあんた達謎だらけだけど、面白いわね! デニスさんの言う通り、私も気に入ったわ。良かったら二人とも、私の店、というより家に泊まらない?」


「えっ、良いんですか!」


「勿論!」


「……ありがたいです」


 ヴェルトもミリアも、宿が見つかったことへの安堵と喜びの雰囲気を滲ませる。

 

「お金がないってことは、もしかしてまだご飯も食べてないんじゃない?」


「あっ、そういえばそうですね」


「そういえばって、あんたそんなことも忘れるぐらい必死だったのかい」


「……そうみたいです」


 再度腹を抱えて笑い出すハンナ。

 思い返してみれば、今日は色々なことが重なりあってもう朝から何も食べていない。

 本当に大変な一日だった。それは飯なんて食べてる暇のないぐらい。そして次々に好転、悪化する事態に落ち着く暇もなく、意識が自分の空腹に向かうこともなかった。

 しかし、指摘されてみると、確かに随分空腹の感覚がある。

 ミリアも同じだったのだろう。腹を触って、あっと気付いたような表情をしている。


「分かった、じゃあご飯も出してあげよう。それにその探してる患者さんが見つかるまでいても良いよ。お金がないんだから、勿論お金を払えなんて言わない」


「えっ、そこまでしてくれるんですか! ありがたいですけど、大丈夫なんですか?」


「大丈夫、大丈夫。何せ、条件は付けさせてもらうからね」


「条件、ですか?」


 だよな、とヴェルトは内心で納得する。

 見つかるまで良いとなると結構時間はかかる可能性が高い。しばらくの間、年頃の男女二人が急に増えたとなると、食費もかなりかさむだろうという考えに基づく疑問だったが、やはりタダでは無かった。

 どことなく、恐る恐るといった感じでヴェルトは問うた。


「そう。空いてる時間、主に忙しい夜なら大丈夫でしょ。っに、私の手伝いをして欲しいの。そうすれば、来たお客さんに聞きたいことがあれば聞いていくことも出来るでしょ」


 聞いて、安堵の息を吐くヴェルト。

 手伝いか。そんなの泊めてもらって更にご飯まで出るとくるんだから、頼まれなくてもやるぐらいだ。その上、何かしらの情報を得られる可能性があるというなら、余計ありがたい。


「……勿論です」


 ミリアも当然だと言わん如く端的に返事をする。

 

「それじゃあ、お客さんが待ってるから急ぐわよー」


 よし! っとハンナが気合いを入れる。

 そういえば、さっきもそう言っていた。しかし、俺が言えたことではないけど、お客さん待たせているのにこんな所で立ち止まって話して良いのだろうかと、ヴェルトは心配するが、働いている時の様子を見ると、その場に居座りながら人と話すことに慣れているのかもしれない。くせのようなものなのだろうか。


「はい! よろしくお願いします!」


「……よろしくお願いします」

 

「オッケー、オッケー。よろしくね」


 前へ歩きながら、振り向いて言ったハンナのその笑顔を見て、ヴェルトは昔母に見た暖かさを久しぶりに感じた。


   ☆★☆★☆★☆★☆★☆


 ヴェルトにとってはつい二時間程前に来たばかりの店、『HELLO WORLD』に到着し、裏手からハンナの家に入れさせてもらった。

 それから向かったのはテーブルと椅子、皿やコップの置かれた棚にテレビぐらいしかない質素な部屋で、ここに連れられてから今で三十分程経過している。

 ハンナは店の営業と並行しながらヴェルト達の食事を作るということで、作ってる途中で呼ばれ、また作っては呼ばれを繰り返している為、時間は中々かかっている。


「大変そうだな」


 あちこち走り回るハンナの姿を見ていると、ヴェルトは何だか申し訳ない気持ちが起こってくる。

 おそらくこの時代もそうだが、ヴェルトが元いた今から二十五年後の世界では両親が共働きなどの理由で時間が無いことも多い為、割と手軽で冷めている料理で食事を済ませるという家庭も少なくはなかった。

 今回も二人は別に簡単な料理で良いと言ったのだが、ハンナの方がせっかく来たんだからとちゃんとした料理を食べて欲しいと言ってくれたのだ。


「うん。……でも本当にありがたい」


「まあ、そうだな」


 優しい笑みで言うミリア。

 本当にありがたい。確かにその通りだ。

 大切な人達と別れて生活しなくてはいけなくなった寂しさと不安を未だ強く抱く中、まだ会って間もない自分達にこんな優しく面倒を見てくれるハンナにただひたすら感謝するしかない。ヴェルトもミリアと同じ気持ちだ。

 巡り合わせというのだろうか。タイムリープしてすぐに、こういう人に出会えたことは幸運という言葉が相応しいとヴェルトは考えた。


「はい、お待たせ!」


 パタパタと慌ただしく、ハンナが料理を盛った皿を持ってきた。

 茶一色だった食卓に、次々と色彩が増えていく。


「おいしそう」


「おおっ、マジ美味そうだ!」


 一口サイズに切られたパンにウインナー、野菜のポタージュ、豆を煮込んだ料理、チーズと水。ただでさえ空腹で漲る食欲を尚かき立てる様々な色合いな見た目と野菜と肉の自然的な香りに、発酵したチーズの臭み。

 ヴェルトは今にもフォークとスプーンを掴んで、料理を掻き込んでしまいたい衝動に駆られる。


「そう! ありがとう。さあ、食べて、食べて!」


「はい、ありがとうございます!」


「ありがとうございます」


 そうして二人は料理を口に運ぶ。

 まず、ヴェルトが掴んだスプーンで向かったのは野菜のポタージュ。スプーン一杯にすくい上げ、口に含むと、程良い温かさに様々な野菜が上手く合わさり、舌に感じるとろみも絶妙で浮かんだ言葉はただおいしいだった。勿論空腹だったからというのもある。しかし、ハンナの料理の腕も相当のものだ。

 ヴェルトはひたすらスープを掻き込み、そして他の料理にも手を付けていく。どれも見た目を裏切らない、レベルの高い味をしている。

 そうしていると、どこか懐かしさを覚えた。


「……おいしい」


 感嘆ともいうべき、心の底から出たと分かる声が聞こえた。

 その先、ミリアを見ると、ソーセージを口に運んだ後、ポタージュをすくおうとするも、自身の纏めたポニーテールの一部が中に入りそうになっていた。それを手で耳に掻き分け、改めてポタージュを口に含んだ姿はどことなく微笑ましい。


「本当においしいです、ハンナさん!」


「そう。そう言ってもらえて嬉しいわ。じゃあ、私仕事戻るから、食べ終わった皿はそのまま置いといて良いわよ」


「いえ、それぐらい俺達で片付けますよ。お世話になってるんですから」


「あら、ありがとう。じゃあ、休んでからで良いから、大丈夫になったら私の所に来てね。今日から早速働いてもらうから」


「えっ、あっ、分かりました」


「……大丈夫です」


 今日からなんだと、いきなりのことにヴェルトは一瞬戸惑ったがすぐに了解し、ミリアも迷わず同意する。

 それを確認してから、じゃっ、と手をひらひらさせながらハンナは再び仕事場の方に戻っていった。


「さて、さっさと、食って手伝わないとな」


「うん、そうだね」


 ミリアも賛同の意を示し、二人は再び料理に意識を向ける。

 ソーセージを噛み、豆の煮込み料理を口に含んでから、ポタージュを付けたパンを飲み込んだ時だった。


「……なんか懐かしい」


 ミリアがポツリと呟くように言った。

 郷愁溢れる。そんな寂しげな顔で。


「父さんや研究所の皆と食べてた時のこと思い出してるのか?」


「それもそうだけど、その時の料理はこんなに温かくなかった」


 確かに、とヴェルトは苦笑する。

 研究に精を出し、その上料理があまり得意では無かったトムは、大体冷凍食品か簡単な料理で済ませるのがほとんどだった。まともだったのは、たまに料理を振る舞ってくれたアリーナの料理くらいしか記憶にない。

 言い方は悪いがそんな料理で、人の手による温かさを感じることなどほとんどなかった。


「じゃあ、母さんの料理か?」


「……うん。あの時は結構残しちゃってたんだけどね」


「そっか」


 寂しげに言ったミリアの言葉にヴェルトは共感する。

 ヴェルトも丁度思い出していた。トムや皆との日々だけでなく、母親の料理のことを。

 確かに温かかった。でもそんな料理を残そうとして、しかしそうしたら、無理矢理食べさせられたりもした。そんな記憶は今は懐かしい。

 ――思い出すのも懐かしい。

 あの凄惨な死を間近で見て以来、両親のことを思い出す度に病気への憎しみばかりが増し、抱くのは嫌悪感のみ。最早、思い出すことすら苦痛となり、どこかで避けるようにしていた。

 しかし今回は自然と思い出し、だというのに負の感情は沸き上がってこない。


「似てるんだよな……」


「何が?」


 決してミリアに話し掛けた訳ではない。

 ふと浮かび、無意識に発してしまった言葉にミリアは反応した。

 言われてから考える。自分は何が懐かしいと思ったのか。


「料理……母さんもこんなんばっかだったんだよ。あの時は当たり前の味だったから何とも思わなかったけど、今考えればすげー美味しかったなあ」


 時が経っても変わらないものがあるというが、確かに変わるものもある。だから歳月は人を変えるともいうのだ。

 仮に見る対象自体は何も変わっていなくても、その人の見方は確実に変わっているのだ。

 

「私もそう思うよ」


 寂しげな中に優しい笑みを。過去を慈しむようにミリアが言う。


「それに前に話したじゃん、母さんのこと。口うるさくて、世話焼きだったって。あの人、ハンナさんもさ、出会ったばっかだけど、どこか母さんに似てるのかもって思ったんだよな」


「私もそんな気がした」


 お互いに母の面影を感じていたと聞いて二人でクスクスと笑い出す。

 その空間は和やかで、こういう雰囲気を味わうのは随分久しぶりだな、っとヴェルトは思った。

 そして、全ての皿はあっという間に真っ白になった。


「よし、後は食器片付けて、早速手伝いに行くか!」


「うん!」


 ミリアの声を聞いて、自分の声も弾んでいたことに気付いた。

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