第6話 一つ、お願いがあるの。

「ごめんね、新里にいざと。仕事終わりなのに付き合わせちゃって」

「……あ、いえ……」



 帰路の途中、住宅街にひっそりと佇む静閑とした公園にて。

 少し微笑みそう話す斎宮さいみやさんに対し、首を横に振り答える僕。……いや、答えられてないか。ともあれ、僕の意図するところは伝わったようで、クスッと笑う斎宮さん。その笑顔が本当に可愛く、僕なんかに向けてもらってることがなんだか申し訳なく思えてくる。実は僕ではなく、僕の遥か後方にいる人に向けていると告げられても、すんなり納得出来てしまうくらいで――


「……どうしたの? 新里」

「……あ、いえ……」


 一応、後ろを振り向いて見るも誰もいない。再び前へ視線を戻すと、あからさまに怪訝な表情を浮かべる斎宮さん。……まあ、そりゃそうだよね。


「それにしても、ほんとに素敵だよね、あのお店。蒼奈あおなさんもご両親もすごく優しいし、初めて入ったけど中の雰囲気も、これぞ日本の美って感じの和風の――」

「……え?」

「……あっ、これじゃ伝わらないか。いやー自分でも語彙力ないなあって――」

「……あっ、いえ、そうで……」


 そうではなくて――たったこれだけの言葉が出ない自分に、いつも以上のもどかしさを覚える。


 ともかく、僕が気になったのは……初めて入った、という部分。求人なんて検索すれば無数に出てくるにも関わらず、わざわざ募集をかけていないお店に直接希望を伝えに来るくらいだから、てっきり相当に思い入れがあるのかと思ったのだけ――


「――あのさ、新里。別に、いつでも紙に書いてくれれば良いんだよ? 仕事中だけじゃなくて、それこそ学校でも。

 貴方のことだから、時間が掛かって相手をイラつかせちゃったら申し訳ないとでも思ってるんだろうし、実際イラつくような人もいるんだろうけど……あたしは、気にしないから」

「…………さいみや、さん……」


 そう、真っ直ぐに僕の目を見て話す斎宮さん。そんな彼女の言葉に、僕は――


「……あれ、泣いてんの? 新里」

「……い、いえ……」


 すっと口角を上げ、揶揄からかうような笑みを浮かべ尋ねる斎宮さん。別に、泣いてなんか……少し、ほんの少しだけ、瞳が湿りを帯びちゃってる気がするだけです。



【……えっと、それでは早速ですが……斎宮さんはさきほど、琴乃葉月ことのはづきに初めて入ったって言ってましたよね? 僕はてっきり、もう何度も来店しているものかと……】

「ふふっ、同級生なのに敬語っていうのがほんと新里らしいよね」


 お言葉に甘えて、ポケットからメモ用紙とボールペンを取り出し筆記にて伝える僕。尤も、これならスマホのメモ機能で事足りるのだろうけど……基本不器用な僕であるからして、文字を打つのもそれなりに時間が掛かるし……それに、どうにも手書きの方が僕には合ってるみたいだから。……ところで、敬語って僕らしいのかな?


 それはともあれ、少し可笑しそうな笑顔を見せた後、再び彼女はゆっくりと口を開いた。



「まあ、新里が疑問に思うのも無理ないか。でも、あたしが琴乃葉月で働きたいと思ったのは――貴方がいるからだよ、新里」

「…………え?」

「ご両親や蒼奈さんに志望動機を聞かれた時、そのことも話したんだけど……その様子だと、やっぱり新里は聞いてなかったんだね。別に、秘密にしてもらうつもりもなかったんだけど」


 斎宮さんの話によると、数ヶ月前にカフェの前を通った際、偶然にも勤務中の僕の姿が見えたとのこと。基本厨房に籠ってはいるものの、ホール側へ全く姿を現さないというわけでもない。とは言っても、ほんとにごく稀にではあるけれど。


 ともあれ、そんな中々にレアな僕の姿を偶然にも店の外から目撃したということだろう。……まあ、単にレアというだけで、僕なんぞを目撃出来たところで何かしらの得があるわけでもないんだけども。


 ただ、正直そんなことよりも……なんで、僕と働きたかったの? そこが目下最たる疑問だ。本当、どうして僕なんかと――



「――ねえ、新里。一つ、お願いがあるの」


 

 


 

 



 

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