第34話 ……ひょっとして、お忘れではないですよね?

【……あの、斎宮さいみやさん。突然ですが、一つお伺いしても宜しいですか?】

「……うん、正直あんまり聞きたくないんだけど……どうぞ、新里にいざと



 それから、およそ一週間経て。

 放課後、空き教室にて――雑談もそこそこにそう切り出すと、些か渋い表情かおで答える斎宮さん。僕から質問をされること自体が不快だから……うん、流石にそれはない。いくら僕でも、流石にそのくらいは分かる。だとしたら……恐らくは、質問の中身に大方予想がついているからだろう。……とは言え、流石にそろそろ確認しないわけにもいかないので――



【……それでは、お伺いしますが……ひょっとして、お忘れではないですよね? ――郁島いくしま先輩に、告白なさるという計画を】

「……あー、そのことね。うん、もちろんちゃんと覚えてるよ。覚えてるんだけど……ほら、会長って三年生だし、受験で忙しいだろうから、あんまり迷惑とか掛けられないかなって……」


 僕の問いに、視線を虚空へと移し半ば呟くように答える斎宮さん。その様子は何処か覚束なく、さながら僕を見ているようで。


 確かに、彼女の言い分は理解できる。郁島先輩が受験なさるのであれば、今は彼にとっていっそう集中すべき期間――迷惑を掛けたくないという彼女の気持ちは、至極自然なものと言えよう。

 ……ただ、そうは言っても、先輩が受験生であることは何も昨日今日からの話じゃない。それこそ、告白の相談を受けたあの時点で、一般的にはとうにそういう時期だと言えるはずで。なので、こう言っては申し訳ないのだけども……正直、今の彼女の言葉は、些か今更という気がしなくも――



「――よう、随分と仲良さそうだなお二人さんよ」



 すると、卒然届いた凛とした声。少し驚きつつ声の方向ほうへ顔を向けると、そこには――



「……何しに来たの――巧霧たくむ


 扉付近に佇む美少年、日坂ひさかくんに対し少し睨むような視線で問い掛ける斎宮さん。以前もこういう、些か不穏な雰囲気くうきだったけど……別に、仲が悪いわけじゃないんだよね? ……まあ、お二人の関係を考慮すれば、部外者の僕から何かしら尋ねることも躊躇われるわけだけど。


 ところで、それはそれとして……ひょっとして、聞かれちゃったかな? さっきの会話。そんなに大きな声で話していたわけじゃないけど……それでも、廊下まで届いてないという保証もない。……まあ、仮に聞かれていたとしても、日坂くんであれば誰にも言わないでくれるとは思うんだけども。



「ねえ巧霧。前から言おうとは思ってたんだけど、そろそろ止めてくれない? 新里に絡むの」

「はあ? 俺がいつ新里こいつに絡んだっていうんだよ」

「クラスの友達から、何件か目撃情報が届いてるんだけど? そもそも、最初にあんな公然と現れておいてよく言うよね」

「あぁ、そういうこと。俺が言いたかったのは、その絡んだって言い方に語弊があるってことだ。俺とこいつはただ楽しく話してただけ――そうだろ? 新里」

「……へっ? あ、はい……」


 その後、不意に尋ねられ少しわたわたしつつ答える僕。すると、「ほらな」と少し勝ち誇った様子で告げる日坂くん。そんな彼の言葉を受け、歯痒そうに口を噤む斎宮さん。……うん、その……ごめんなさい。


 とは言え、日坂くんの言うように、僕自身絡まれたという印象は特にない。……まあ、僕との会話を日坂くんが楽しんでくれていたかと言うと、そこは甚だ懐疑的なところではあるけれど。


 ……いや、今はそれよりさっきの件だ。繰り返しになるけど、仮に聞かれていたとしても日坂くんなら黙っていてくれると思う。それでも、やはり知らないに越したことは――



「――まあ、折角来てくれたんだし? こうなったら、巧霧にも協力してもらおっかな――あたしが、郁島先輩に告白するのを」

「――っ!?」

「…………は?」


 直後、空気が一変する。そっと視線を移すと、目を大きく見開き声を洩らす日坂くんの姿が。尤も、驚いているのは僕もだけど……それでも、彼と僕とではその理由が全く違っていて――


「……おい、どういうことだよ夏乃かの。こいつならまだ……いや、納得はいかねえけどまだ話は分かる。でも……なんで、会長なんだよ。お前とあの人の、いったい何処に接点があったんだよ」

「接点? そんなのいる? 入学式の時、壇上で滔々と挨拶を述べる郁島会長の姿に一目惚れした――それだけじゃ、駄目なわけ?」

「……いや、別に駄目ってわけじゃ……ちっ、そうかよ」


 邪魔して悪かったな――そう言い残し、少し足早に教室を後にする日坂くん。そんな彼の背中を見送った後そっと視線を移すと、ほっと安堵の息を洩らす斎宮さんの姿があった。



【……あの、斎宮さん。本当に、今のご対応で良かったのでしょうか……あっ、いえ間違っていたとは思いませんが!】


 それから、ほどなくして。

 一人勝手に狼狽えつつ、些か躊躇いがちにそう尋ねてみる。今しがた伝えたように、彼女の対応が間違っていたとは思わない。実際、郁島先輩に告白するという計画は事実なわけだし。だけど――


「……じゃあ、逆に聞くけどさ。新里は、あたしにどうしてほしかったの?」

「……え?」


 突然の思い掛けない問いに、ポツリと驚きの声を洩らす僕。……だけど、よくよく考えれば別段驚くことでもないのかも。こちらが意見を求めたのだから、相手もこちらに意見を求めるのはごく自然なことだし。……えっと、僕の意見は――


【――あの、斎宮さん。その、申し訳ありませんが……少しの間、席を外しますね】

「……へ?」


 そう伝えると、ポカンと口を開け小さく声を洩らす斎宮さん。どうやら、今度はこちらの返答が思い掛けないものだったようで。まあ、理由については後でお話するとして、ともかく今は……あっ。


「……どしたの? 新里」


 そう、今度は不思議そうな表情かおで尋ねる斎宮さん。まあ、それもそうだよね。勇んで教室を後にしようとした僕が、どうしてか扉の辺りで一度立ち止まり彼女の下へ戻ってきたのだから。だけど、出ていく前にどうしても伝えておきたいことがあって――



【……ところで、今はどうでもいいことだと思われるかもしれませんが……先月末、既に会長は生徒会を引退されているので、正確には郁島元会長ではないかと――】

「ほんとにどうでもいいわ!!」

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