第35話 追憶
さて、相変わらず切れの良い
「……あっ」
少し早足で廊下を歩いていた
「……何の用だよ、
「……あっ、えっと、その……」
そう、露骨に不機嫌そうな表情で尋ねる
「……はぁ、何か話があるんだろ。だったら、とりあえず場所変えようぜ」
「……へっ?」
「……ここで、問題ないよな?」
「あっ、はいもちろんです!」
「……なんだ、声出るじゃねえか」
「あっ、いえ、それは……」
それは、偶然でして――そんな短い返答すら声にならず、今更ながらもどかしさを覚える僕。かと言って、わざわざ筆記で伝えるほどでもないし。……ところで、偶然声が出るってなんだろうね。
それはともあれ、僕らが訪れたのは屋上。幸い今は僕ら以外に誰もいないようなので、これなら少しばかり踏み込んだ話も……うん、そもそも僕に出来るかな?
「それで、何の話なんだ? ……まあ、一つしかないだろうけど」
金網フェンスの前で、檜皮色の髪を靡かせ尋ねる日坂くん。こういう何の変哲もない様子ですら絵になるのだから、ほんとに凄いなあと思う。
……おっと、今は感心してる場合じゃない。勇んで来たは良いものの、果たしてどう切り出すべきか――
「……俺さ、昔は全然喋れなかったんだよ。お前みたいに」
「……へ?」
すると、僕の逡巡を察してくれたのか、日坂くんの方から話を切り出してくれた。もちろん、それは本当に助かるのだけど……だけど、それはそれとして……今しがたの彼の発言は、中々に衝撃で――
「……だけど、ある出来事をきっかけに俺は変われた。――
元来、日坂くんは話すのが苦手で、他愛もない日常会話でさえ度々言葉が詰まり、上手く話せなかったとのこと。……うん、よく分かるよその気持ち。僕も同……いや、流石に僕なんかと同じなんて言ったら失礼だよね。
そして、中学一年生のある春の日――クラスの発表会にて、緊張のあまりほとんど声すら発せなかったとのこと。うん、何だか親近感が……まあ、僕の場合はそれが
すると、ほどなくしてそんな彼を
そして、次第に居た堪れなくなった日坂くんがとうとう逃げ出してしまいそうになった、その時――
『――ちゃんと聞いてあげようよみんな! 頑張って話そうとしてるじゃない、日坂くん』
「……後から思えば、まあ随分な自意識過剰だったと呆れ返ったもんだが……それでも、あの時はクラス全員が敵――とまでは言わなくとも、全員に
――だけど、夏乃は……夏乃だけは違った。あの発言の後、驚いてそっちを見てみたら……あいつは、俺の目をじっと見て待っていた。急かすわけでもなく、俺が再び口を開くのを、ただ真摯にじっと待ってくれていた。自分でも大袈裟だとは思うが……そんなあいつの強さと優しさに、俺は救われたんだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます