第36話 それでも、僕は……
「……
そう、遠くの空を眺めながら穏やかな口調で話す日坂くん。そして、口元には微かな笑みが……うん、すごく優しい表情だ。それから……大袈裟なんて思わないよ、日坂くん。僕だって、彼女のそういうところに――
「――その日から、俺は自分を磨く決意をした。
そして、それから二年半くらい経ったあの秋の日……ようやく、俺の気持ちに応えてくれた。ほんと、震えるくらい嬉しかったよ。やっと、あいつに認めてもらえたんだと……やっと、あいつの隣にいられるんだと。……まあ、結局は三ヶ月くらいで別れを切り出されちまったけど。……やっぱ、俺じゃ駄目だったんかな」
引き続き空を眺めつつ、哀愁漂う表情で話す日坂くんに対し……僕は、何も言えなかった。もちろん、部外者たる僕に二人の詳しい事情なんて知る由もない。それでも――
……違うよ、日坂くん。これだけは言えるけど……それは違うよ、日坂くん。仮に……仮に、何かしらの不満を抱いていたとしても、彼女は……
だけど……そんなことを僕の口から伝えて、いったいどうなるというのだろう。知ったような口を聞くな――例え口にはせずとも、そんなふうに彼を不快にさせてしまうだけじゃないのか。……ならば、僕の言うべきことはむしろ――
【……あの、日坂くん。その、もし良かったら……僕に、日坂くんの想いを応援させて頂けませんか?】
「…………は?」
唐突な僕の申し出に、ポカンと口を開け呆然とした様子の日坂くん。……まあ、そうなるよね。そもそも、僕なんかに応援されたところで彼にメリットなんてないだろうし。
……それでも、
だけど、それでも一つ言い訳をさせてもらえるなら……何も僕は、彼女の……斎宮さんの幸せに蔑ろにしたいわけじゃない。僕は今後も彼女の恋に出来うる限り力になる所存だし、その想いが成就すれば僕は本当に嬉しくなると思う。
それでも……彼女が幸せになる可能性は、何もそれ一つというわけでもないと思う。だって、日坂くんはこんなにも――中学一年生の頃から今までずっと、こんなにも一途に彼女のことを想っている。そして、長いとは言えずとも交際期間があったということは、斎宮さんも少なからず彼に好意を抱いていた時期があったということ。だとしたら――再び相思相愛となり、二人ともが幸せになる未来だってきっとあると思うから。
「……いや、なんでお前が俺を応援すんだよ」
すると、怪訝そうに……いや、と言うより何処か困惑したような表情で尋ねる日坂くん。……まあ、そうなるよね。どうして、まださほど関わりのない僕がそんなことを――恐らく、そのような疑問を抱いていることだと思う。だけど、
【……日坂くんは、きっとお気付きでない――と言うよりも、そんな意識すらなかったと思うのですけど……筆記でしか伝えられない僕の言葉を、いつも嫌な
少し面映ゆく覚えながらも、どうにか
最初に話したあの日から、彼はずっとそうだった。僕に敵意を示しながら――それでいて、声もロクに発せず筆記でしか伝えられない僕の返答を、
そして、先ほど衝撃とは言ったものの……それを踏まえれば、日坂くんの過去についても実はそれほど意外でもないのかなとも思う。どうにもじれったく、きっとほとんどの人はイライラしてしまうような僕の対応に理解を示してくれていたのは――彼自身、話すことを苦手としていたから。……そして、きっと彼は元来、凄く優し――
「……そうかい、ありがとよ。けど、俺が聞いたのはそういう意味じゃなくて……お前は、それで良いのかって聞いたんだ」
すると、今度は彼が少し面映ゆそうな表情でポツリと謝意を述べる。そして、些か躊躇いがちに再び僕へ問い掛ける。
……ああ、そういうことか。いくら僕でも、流石にその意図を理解できないはずもない。そして、今ここで僕が返すべき答えは――
【……申し訳ありません、日坂くん。それで良いとは……いったい、どのような意味なのでしょう?】
そう、軽く微笑を浮かべ伝える。……うん、分かってるよ。ほんと、みっともないし情けない。
……だけど、これで良い。どんなに不格好でも、理想論でしかなくても構わない。それでも、僕は……もう、誰も傷つけたくないから。
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