第42話 神聖なお役目?

「……さて、どこに行こうかな」



 それから、およそ一週間後

 正午を少し過ぎた頃――そんな呟きを零し、閑散とした住宅街を一人歩いていく。ただ、それにしても……三箇日だというのに、いつもながらほとんど人通りないなあこの辺り。まあ、正直僕にとっては有り難いけども。


 ところで、どこに行こうかなというのは――具体的には、どこの神社に行こうかなというお話でして。ここから比較的近いと言えば……例えば、伏見稲荷大社かな。でも、八坂神社もそれほど遠くはないか。それとも、結構遠くなるけど貴船神社も良いかな――


 でも……なにせ、今日は1月2日――繰り返しになるけど、三箇日真っ只中だ。平時でさえ数多の来訪があるだろうこれら由緒ある神社に、頗る人混みの苦手な僕が出向くというのはどうにも抵抗が。そもそも、これらどの神社にも近くないこの住宅街あたりをこうしてふらふらしている時点で、我ながら本当にお参りする気があるのかという話で――


「……やっぱり、あそこかな」


 そんな呟きと共に、十字路を右へと曲がり真っ直ぐ進む。この道をひたすら進むと、小さな公園の隣に小さな神社が一つひっそりと佇んでいたり。お世辞にも知名度があるとは言えないけど、自然豊かで静謐としているあの空間が好きで、以前から時折足を運んでいたりする。


 それから、歩みを進めること数十分。ワクワク高まる僕の視界に、お目当ての風景が入ってきて――


「…………え?」


 思わず、ポツリと声を洩らす。何故なら――普段は閑散としているはずのこの辺りが、本日はどうしてか随分と混み合っているから。


 いや……よくよく思い返すと、数分ほど前から徐々に往来が増えていた気がしなくもない。やっぱり、三箇日だから……いや、僕は去年も――どころか、ここ数年ここを訪れているけど、どの際もとりわけ平時と変わらず閑散としていたはずで。


 ともあれ、常ならぬ数多の――とりわけ、男性が大半を占める数多の往来に暫し呆然とする僕。だけど、次第に判明してきたのは――どうやら、彼ら彼女らの目的はやはりの神社のようで。


 もちろん、今日のような日にこういう場所への来訪が多くなること自体、何ら不思議なことじゃない。とは言え……うん、他にもっとあるよね? いや、大変失礼なのは重々承知だけども……それでも、今年になって突然参拝者が急増するというのは、例年とは違う何かしら特殊な事情があるとしか思えないわけで。


 ともあれ、その特殊な事情をこの目で確認すべく込み入った鳥居をくぐる。そして、間隙を縫いつつさっと辺りを見渡し――直後、驚愕する。何故なら、長い列の向こう――お馴染みの授与所の中に、大変お馴染みの美少女が視界に飛び込んできたから。



「……斎宮さいみや、さん……?」






「――いやー、ほんと大変だったよ。昨日はそれほどでもなかったんだけど、今日は朝からほんと忙しくって。あっ、でも嫌ってわけじゃないけどね。琴乃葉月で働いてる時もそうだけど、お客さんに喜んでもらえるのは凄く嬉しいし」

【本当にお疲れさまです、斎宮さん。そうですね、お客さんに喜んで頂けるのは僕も大変嬉しいです】



 それから、数十分経て。

 ゆるりと腰掛け一息ついた後、疲れを見せながらも嬉しそうに話す斎宮さん。本当にお疲れさまです。

 ところで、僕らが今いるのは縁側――この神社の主人あるじたる天船あまふねさんのご自宅に設置されている、何とも風情ある桧木ひのき材の縁側です。


 天船さん一家とは、以前から家同士、懇意の間柄であったそうな。そして、高校生になったことと人手が不足しているのを理由に、この度天船さんからアルバイトの依頼を受けた――これが、斎宮さんが巫女さんとして授与所に務めていた経緯いきさつとのことです。


 ……と言うことは、彼女も以前から時折こちらに参拝していたのだろうか。残念ながら、一度も会うことはなかっ……いや、単に気が付かなかっただけの可能性も捨て切れはしないけれど。ともあれ、新年早々彼女の新たな一面を見られたことは本当に喜ばしく――



「――ところでさ、新里にいざと。どう?」


 すると、不意に立ち上がりそう問い掛ける斎宮さん。両手を後ろに回し、何処か悪戯っぽい微笑を浮かべながら。


 どう――随分と漠然とした問いではあったが、流石にその意図は伝わった。なので――



【――はい、大変素敵でお美しく、思わず見蕩みとれてしまいます】

「…………へっ?」


 すると、ポカンと口を開き呆然といった様子の斎宮さん。あれ、ご自身で尋ねたのにこの反応はどうしたことか。


「……えっ、あの、ほんとに? ほんとに、そんなに良いと思ってる?」


 そして、何処か反応を窺うように再び問い掛ける斎宮さん。心做しか、雪のように白いその頰が朱に染まっているようにも見える。

 ……ひょっとして、僕の言葉がお世辞の類だと思われているのかな? だとしたら、僕としても甚だ不本意であるからして――


【もちろんです、斎宮さん。神聖な装束に身を纏い、人々の祈りを神様に届ける斎宮さんのお姿は何とも形容しがたいほどに尊く――】

「かつてないほどの絶賛だったよ!! というか巫女さん好き過ぎない!?」

【いやー、こうして新年早々、斎宮さんの新たな一面をお目にかかることができ大変喜ばしく――】

「こっちの台詞なんだけど!?」


 すると、目を見開きつついつもながらの鋭いツッコミを入れる斎宮さん。うん、やっぱり彼女はこうでなくっちゃ。



「……ま、まあでも? もし、新里がこういう格好が好きだって言うなら……その、たまになら、してあげないこともないけど……」


 そんないつもながらのやり取りに心地好さを覚えていると、ふと少し目を逸らしつつそう口にする斎宮さん。こちらがお願いすれば、今後も巫女さんの格好をしてくれるかもしれない、ということだろうか。そんな有り難い申し出に、僕はさっとペンを走らせ答える。



【――ありがとうございます、斎宮さん。ですが、先ほども申し上げたように、巫女さんとは人々の祈りを神様に届ける神聖な存在であり、そのお役目を一心に務めるその尊いお姿に強く心惹かれるわけなのです。であるからして、別段そういったコスプレに関心があるわけではなく――】

「意外と面倒くせえなぁ!!」

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