第20話 言ってる場合?

【……えっと、一応の確認なのですが……今しがた届いたお声は、やはり……】

(……うん、小林こばやしくん達だね。でも、今日はボーリングに行くって言ってたはずなのに……)


 いつものごとく筆記による僕の確認に対し、可能な限り声量こえを落とし答える斎宮さいみやさん。僕は途中までしか知らないけど……それでも、彼女の言うように、彼らがボーリングに行くと話していた記憶はある。気分が変わったのか……いや、先ほどの会話内容から察するに、恐らくたった今来たばかりだろう。一方、教室での会話から既に数十分――気分だけで目的地を変更するには、流石に少し遅いと思う。となると、ボーリング場が満員だったから、急遽カラオケに方向転換したものかと――


 ……いや、事情は何でもいい。それよりも――


【……ともあれ、こうなってしまった以上は仕方がありません。容易くはないかもしれませんが……どうにか、この事態を無事に乗り切ることに致しましょう】


 そう伝えると、彼女は小さく謝意を口にしつつそっと首肯うなずいた。



【……あぁ、なんであたし、あんな嘘ついちゃったんだろ。こんなことなら、多少反感を買ってもボーリングの気分じゃないって言っとけば……あぁ、でもそれだとその時点で、じゃあカラオケにしようってなってたかもしれないし……】

【……まあ、仕方がないですよ。流石に、あの流れからこうなると予想するのは難しいですし】


 頭を抱えつつそう話す斎宮さんを、少しでも慰めようと試みる僕。……まあ、効果のほどはさして期待できそうもないけど。


 ところで……話すと言ったものの、今しがた彼女は音声こえで伝えたわけでなく。と言うのも――見つかってはならないこの状況においては、やはり声を発すること自体が相当に緊張が伴うようで……なので、この事態を乗り切るまで、互いに筆記にて伝え合おうという話に纏まったわけでして。うん、たまにはこういうのも新鮮で良……言ってる場合か。



 ちなみに、今しがた斎宮さんが言っていた――いや、書いていたと言う方が適……うん、どっちでもいいや。彼女が言っていた嘘というのは、ご友人からのお誘いに対する返答のこと。他校の友達と会う約束があるので、申し訳ないけど今日は行けない――どうやら、そういった主旨の返答をしたとのことです。

 ……うん、分からないでもないかな。僕が彼女の立場でも、お断りするとなればきっと何かしら角が立ちにくい理由を拵えていただろうし。……まあ、そもそも僕には無縁の悩みだろうけども。


 そういうわけで、今日ここで見つかってしまう展開はどうしても避けなければならない。万が一にも僕と二人で来ていることが判明してしまえば、斎宮さんに多大なる迷惑を掛けてしまう――というのもあるけど……それ以上に、お誘いを断った際の理由が嘘だと判明してしまうことで、ご友人との関係にひびが入ってしまう可能性があるから。尤も、僕みたいなぼっちがこんな心配をするなんて烏滸おこがましいかもしれないけど……それでも、万が一にも彼女が友達を失うような事態になろうものなら……そんなの、想像するのも嫌だから。



 それから十数分、息を潜めて筆談にてやり取りを交わす僕ら。……まあ、こういう施設であるからして、多少なりとも防音は施されているだろうから、実際にはそこまで神経質になる必要もないのだろうけど……ただ、そうは言ってもやはり念には念をということで。


 ところで……つい数分前から、斎宮さんの様子に少し違和感を覚えていたり。有り体に言ってしまえば……何やら、先ほどからどこかモゾモゾした様子で―― 


「――ごめん、新里! すぐ戻るから!」

「……へっ?」


 すると、堪えきれない様子でそう言い残し部屋を飛び出していく斎宮さん。……うん、そういう事情ことなら仕方ないよね。どうにか見つからないことを切に祈るばかりだ。





 ただ、それにしても……少し、遅い気がしなくもない。もちろん、時間が掛かること自体は何の問題もない。……だけど、今の彼女の心境であれば一秒でも早く戻って来たいだろうし、実際すぐ戻ると言っていた。……うん、どうにも嫌な予感が……。


 ひとまず、部屋の中からガラス越しに外を窺う。そして、誰もいないことを確認しつつ慎重に足を踏み出し部屋の外へ。そのまま、細心の注意を払いつつゆっくり歩を進めていく。……うん、傍から見れば不審者そのものだよね。


 ……だけど、今は致し方ない。今しがたすれ違った人に、随分と怪訝な目で見られた気もするけど、今は致し方ない。ともかく、今は斎宮さんを――



「――ねえ、どうしても駄目なわけ?」

「……えっと……うん、ごめんね?」


「――っ!?」


 卒然、角の向こうから馴染みの声が届く。さっと角に身を潜め、慎重を期しつつ声の方向へと視線を向ける。すると、そこにいたのは――果たして、トップカーストに属するクラスメイトの男女お二人……そして、背中越しにも十分に伝わるほど明瞭に困惑を示す、斎宮さんその人だった。

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