第38話 今度は準備万端?

「――さて、前は色々あってドタバタしてたけど……今日こそは全力で楽しむよ、新里にいざと!」

【はっ、かしこまりましたあねさん】

「誰があねさんだよ」



 それから、数日経て。

 デンモク片手に弾んだ声を上げる斎宮さいみやさんに対し、ビシッと敬礼のポーズで答える僕。そんな僕らがいるのは、我らが日本の誇る偉大なレジャー施設、空オーケ……はい、ごめんなさいカラオケです。


 さて、今しがた斎宮さんが言ったように、以前は色々とあり途中から楽しむどころではなかった。……いや、まあ実際にはあの窮地を脱した後、利用時間いっぱいまで楽しんだのだけど……とは言え、当然ながら何の懸念もなくただただ純粋に楽しめるのなら、それが一番なわけでして。


 そういうわけで、少しでも懸念を減らしておくべく本日は事前に手を打っている。そっと隅の方へ視線を移すと、そこには先ほど受け付けにて拝借したあさいーセット一式が。これで、いつ何時なんどきでもキラッと変身……うん、願わくば出番がないに越したことはないけども。


「――よし、私の勝ちだね新里」

【はい、参りました斎宮さん】


 そう、ビシッとVサインを向け無邪気な笑顔を見せる斎宮さん。嬉しそうで何よりです。

 ちなみに、何のお話かと言うと――前回、予期せぬ出来事にて流れてしまった採点勝負についてです。僕の点数は94点。一方、彼女の点数は――96点。うん、やっぱり凄いなぁ斎宮さ――


「……ん?」


 そんな感服の最中なか、ふと声が洩れる僕。どうしてか、先ほどまで笑顔だった斎宮さんが、何処か不服そうな表情でこちらをじっと見ていたから。……えっと、どうかしたのかな?


「……いや、さっきからずっと思ってたんだけど……実は、手ぇ抜いてなかった? 特に、最後の方とか」

【……へ? あっ、いえそんなことはありません!」

「ほんとにぃ?」

【もちろんです! 僕が今まで採点この勝負で手を抜いたことがありますか!?】

「いや知らないけど!?」


 ……まあ、そりゃそうだよね。そもそも、採点機能を使ったこと自体これが初めてだし。

 ただ、彼女の疑いも全く理解できないではない。遊びとはいえ、真剣勝負――もちろん、手を抜くなんて失礼なことはしない。しないけども……歌唱中盤の辺りで右上にパッと曲が表示されてから、ああ斎宮さん次はこれを歌うんだぁ、楽しみだなぁなんて考えてたら、終盤やや集中力が切れていた可能性は否めなくて……まあ、いずれにせよ僕が勝ってたなんて保証もないけども。



 その後、幸いあさいーちゃんの出番もなく二人存分に歌唱を楽しみ、およそ一時間が経過した頃。


【あっ、宜しければ飲み物入れてきましょうか? 今から行こうと思っていたので】

「そう? だったらお願いしようかな。ココアで」

「承知しました」


 そう答え、斎宮さんからカップを受け取り部屋を後にする。大丈夫だとは思うけど、念のため軽く周囲を見渡す。……うん、大丈夫。


 その後ほどなく、無事ドリンクバーの前へ到着。さて、僕はどうしようかな。……うん、斎宮さんと同じくココアで――



「――あれ、もしかして朝陽あさひくん?」

「…………へ?」



 卒然、右の方から快活な声が届く。呆然と顔を向けると、そこには――


「――やっぱり朝陽くんだ! わぁ、すっごい格好良くなってる! 私のこと覚えてる?」

「……あっ、えっと……はい、福原ふくはらさん」

「良かった、覚えててくれたんだ!」


 そう、声に違わぬ明るい笑顔で話す女の子。彼女は福原真奈香まなかさん。僕と同じ高校一年生で、かつての――


「ねえ、朝陽くんは誰と来てるの?」

「……あっ、えっと……」


 そう、不意に尋ねられ言葉に詰まる。……いや、不意にでもないか。話の流れとしてはごく自然だし、そもそも言葉に詰まるのなんて今に限ったことじゃないし。


 まあ、それはそうと……さて、何と答えるべきか。同じ高校でもなく、こういった偶然以外で会うこともまずないだろうから、正直に話したところで殊更問題はないと思う。


 ……それでも、全くリスクがないかと問われれば、迷いなく首を縦に振れる自信もない。例えば、万が一にも福原さんに聖香高校――それも、僕らのクラスメイトに友人がいるとしたら、そこから情報が洩れる可能性も皆無とは言えず……うん、考え過ぎかな? そもそも、そんなこと言い始めたらキリがないし。……ただ、それでもやはり話さないに越したことは――



「――なんでここにいるの? 福原さん」



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