第3話 心安らぐ場所
「――お疲れさま、
「……あ、ありがとうございます
「オッケ、任せて」
ある日曜日の昼下がりにて。
数種類の食器を器用に乗せたトレイを手に、快活な笑顔で話し掛けてくれるのはポニーテールの黒髪を纏う端麗な女性、
昔からよく両親に連れていってもらい、その落ち着いた雰囲気や美味しい料理――とりわけ、ご夫婦や蒼奈さんの暖かなお人柄が大好きで。
そして、高校入学からほどなく訪れた際――なんと、僕さえ良ければここで働いてみないかと提案してくださった。
……正直、全く自信はなかった。一応断っておくと、いつでもどこでも全く以て話せなくなる、というわけでもない。……まあ、話すこと自体はいつでもどこでも苦手なんだけど……それでも、例えば学校にいる時のようにほとんど声すら発せない、という事態がどこでも起こるわけじゃない。流石に、家であればまだしも普通に話せていると思うし。
そして、こちらの方々――ご夫婦と蒼奈さんに対しては、どうしてか声を発せる。どころか、家族と話す際と同じ……とまでは言わないまでも、ほとんど近いくらいに容易く声が出てきて。……まあ、だからと言ってスラスラ話せるわけでもないんだけど。
……だけど、働くとなれば話は別。尤も、アルバイト自体は高校に入ったら始めようと思っていた。だけど、それは極力人と話さなくて良いイメージの――例えば清掃やピッキング、あるいは在宅ワークなどの仕事を検討していて、元より接客業は候補に入れていなかった。
……それでも、やってみたいと思った。この居心地の良い空間で、この暖かな方々と一緒に働いてみたいと思った。なので――
『……その、きっと大変なご迷惑を掛けてしまうと思うのですが……その、精一杯頑張りますので、どうぞ宜しくお願いします』
すると、琴乃葉月の皆さんは僕を暖かく迎え入れてくれたのみならず、お客さんに対しほぼ声を発せないであろう僕を配慮して、基本的に厨房のみの仕事を任せてくれた。いつか、僕自身が接客もしたくなったら言ってくれれば良いと、そのように仰ってくださって。そんな暖かなお気遣いに大変申し訳なく……そして、すごく有り難くもあって。
そういうわけで、基本厨房に籠もり切りで調理を担当。料理は昔から家でする機会も結構あり、自分に合っていたのかもしれない。ご夫婦も蒼奈さんもすごく褒めてくださったり、お客さんが美味しいと言っていたのを後から教えてくださったり。こんな自分でも、少しは誰かの役に立てる――
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