第29話 気になること?

「――おぉ、やっぱ凄えな夏乃かの!」

「ほんと、見かけによらず頭良いよね、夏乃って」

「えへへ、ありがと。でも、見かけによらずは余計じゃない? 彩華さやか

「あはは、ごめんごめん冗談だって!」



 それから、およそ一週間経て。

 お昼休み、廊下に貼り出された少し大きめの用紙の前で、楽しそうに笑顔を見せる斎宮さいみやさん。そして、今一緒に話しているのは小林こばやしくんと三河みかわさん。言わずもがな、斎宮さんには友人が数多くいるけど、とりわけお二人とは話す機会が多い印象で。


 ところで、少し大きめの用紙とは、二週間前に実施された中間試験――その結果において、上位20人の名前が記載された用紙のことで。



 それから間もなくして、多くの生徒が集まり次々に斎宮さんへ称賛を口にする。そして、少し照れくさそうに微笑む彼女の成績は――学年3位。間違いなく称賛に値する、非常に素晴らしい成績だ。


 ならば、当然ながら僕も隙を見て称えにいくべきだと思うし、そうしたいのは山々だ。……でも、それは些か難しくて。それは、あの人集ひとだかりの中を割って入ることなど、とてもじゃないが僕には出来そうもない――といった事情以前に……



「……あの、新里にいざとくん。その……すごいね! 今回も、学年1位なんて」

「……へっ? あ、ありがとうございます……」


 卒然、僕へ届いた称賛の言葉。……良かった、どうにかお礼だけでも伝えられた。


 ――そう、これが斎宮さんへ称賛を伝えにいくのを躊躇う理由。……いや、考え過ぎだとは思うよ? ただ、そうは言っても……やっぱり、万が一にも嫌味のように受け止められてしまい、彼女を不快にさせてしまうような事態は避けたいなと……。



「……それで、新里くんはどうやって勉強してたり……とか、聞いてみたいなって」

「……えっと、そうですね……」


 すると、何処か窺うような表情で尋ねるのはクラスメイトの西条さいじょうさん――つい今しがた、僕を褒めてくれた女子生徒だ。


 ……うーん、どうやって……か。正直、僕としては何か特別なことをしているつもりもなく、ただただ教科書や参考書と向かい合っているだけなのだけども……うん、そんな月並みな方法ことを伝えても、きっと何の役にも立たないよね。そもそも、方法と呼んで良いのかどうかすら怪しいし。


「……ところで、新里くんって、休み時間とかいつも読書してるよね?」

「……へっ?」

「……あれ、違った?」

「……あ、いえ……違わないです」

「……そっか、それなら良かった。……それで、例えばどんな本を読むのかなぁって」


 すると、返答が得られないと判断したのか話題を変える西条さん。そして、少し驚いたような僕の反応に少し困惑したような表情で再度問い掛け……うん、なんだか色々と申し訳ない。


 でも……うん、驚きもするかな。空き教室の様子からだと少しイメージしづらいかもしれないけど、斎宮さんと僕は校内では、基本的に放課後以外はほとんど関わっていなかったり。なので必然、一年A組の教室では基本的に一人で過ごすことになるのだけど……よもや、そんな僕の様子を知ってくれている人がいると思わなかったから。


 ただ、それに関しては嬉しくも有り難くもあるのだけども……さて、どうしたものか。ここまでは、どうにか声を発せているけれど……うん、最後の問いに関しては声が続く自信がまるでない。なので、必然筆記での返答ということになるのだけども……果たして、受け入れてくれるかな? 不快にさせてしまったりしな――


「……あの、新里くん。一つ、気になることがあるんだけど……」


 そんな思考の最中さなか、些か躊躇いがちにそう口にする西条さん。僕の返答が遅いがために、彼女を苛立たせてしまった……幸い、そういうわけでもなさそうだ。何故なら――そう話す彼女の視線は僕というより、少し遠くの僕の後方へと向けられているから。……うん、分かるよ西条さん。僕も、なんとなくは気になってたから。



「……なんか、さっきから斎宮さんがじっとこっちを見てる気がするんだけど……どうしたのかな?」



 ……うん、どうしたのかな。

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