第24話 ご依頼?

「――あ、店員さん。ちょっといいかな?」

「……あ、はい」



 それから、二日後の日曜日――琴乃葉月にて。

 本日の勤務も間もなく終わりに差し掛かった、夕暮れ時のこと。厨房へと戻る最中さなか、ふとお客さんから声が掛かる。若い男性のお客さんだ。……えっと、僕のことだよね? 蒼奈あおなさんでなく。


 基本的に厨房に籠もりっきりの僕ではあるけれど、あくまで基本的にであり例外がないわけではない。そして、今回はその例外にあたり、先ほどまで少しばかりお客さんの応対をしていたわけで。


 ……とは言え、未だに真っ当に接客が出来るわけでもない。そもそも、まともに出来るなら厨房に籠もりっきりである必要もないわけで。……まあ、だからといって接客が嫌というわけではないんだけども。ただ……ロクに声も発せない僕が応対なんてしたら、お客さんに申し訳わけないなぁって。


 ……まあ、言い訳してても仕方がない。ともかく、僕の出来る範囲で頑張ろう――そう、決意を新たに男性の下へと歩みを進める。……筆記で応対しても、許してくれるかな? でも、優しそうな人だしきっと許し――



「……実は、少し頼みがあるんだけど――」


「…………へっ?」




「……あの、蒼奈さん。突然ですが、一つお伺いしたいことが……」

「うん、どうしたの? 朝陽あさひくん」

「……えっと、その……いえ、すみませんやっぱり何でもないです」

「ふふっ、何それ。まあ、聞きたくなったらまた聞いてね?」

「……あ、はい……ありがとうございます」


 勤務修了後、些か逡巡を覚えつつ蒼奈さんへと話し掛ける。彼女も今日はラストまでのシフトなので、こうして勤務終わりに纏まった時間を持てたことは幸いなんだけども……うん、結局聞けなかった。まあ、僕だからね。


 ちなみに、何のお話かと言うと……蒼奈さんの、好みの男性についてでして。



『――とまあ、そういうわけで……蒼奈さんがどんな男性が好みなのか、聞いてみてほしいんだ。もちろん、必要であれば僕の名前を出してくれて構わない。……駄目かな?』


 そう、先ほどのお客さんからお願いされてしまったわけで。……正直、僕にとっては中々に難易度の高いご依頼だ。だけど……そのお客さんは凄く真剣な様子だったし、微力ながらお役に立ちたいと思うのもまた事実で。



 ……とは言え、さてどうしようかな。やはり最善かつ王道たる方法は、蒼奈さんご本人に直接尋ねることだろう。実際、僕もついさっき試みた。


 ……でも、出来なかった。まあ、僕じゃなければ容易く出来るのかもしれないけど……それでも、ご本人に直接好みのタイプを尋ねるというのは、僕にとっては中々に勇気の要ることでして……。


 それでは、ご両親に尋ねてみるのはどうだろう? 簡単とは言わないけど、それでも蒼奈さんご本人に比べれば……いや、やっぱりそれもどうだろう。大変穏やかで優しいお二人ではあるけれど、ご自身の大切な娘さんの件となれば事情が違ってくるかも。僕の質問といに対し、多少なりとも不快な思いをなさる可能性は否めない。


 さて、そうなると後は……蒼奈さんのことを知っていて、かつ僕でも話しやすい人と言えば……うん、一人しかいないか。

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