第7話 ……これで、良かったのかな。

「……お願い、ですか……?」


 そう、小さな声で確認を取る僕。すると、僕の目を真っ直ぐ見つめ首肯うなず斎宮さいみやさん。……良かった、なんとか声が出て……うん、そんなことで安堵してしまうのもどうかとは思うけども。


 まあ、それはともかく……いったい、お願いってなんだろう? 僕にでも叶えられることなら良いのだけ――


「……実は、告白したい人がいるの」

「……え?」


 少し目を逸らし、呟くように告げる斎宮さん。頬が少し染まっているように見えるのは、きっと夕陽のせいではないだろう。


 さて、そのお相手とは郁島いくしま氷里ひょうりさん――我らが聖香高校にて、栄えある生徒会長を務める三年生の男子生徒です。


 およそ半年前――入学式での在校生代表による挨拶にて、壇上から滔々と新入生へ語り掛ける彼の姿に忽ち心を奪われてしまったとのこと。そして、もし良ければ郁島先輩への告白を僕に手助けしてもらいたい、とのことのようです。


 さて、そんな斎宮さんの想い人たる生徒会長さんについてなのだけど――まず、非常に容姿端麗です。当然ながら、僕も入学式にてその姿を目にしているわけなのだけど……うん、もうびっくりして息が止まりそうでした。あんなにも綺麗な人がこの世に存在するのかと、思わず何度も目を擦ったことを今でも鮮明に思い出せる。


 それでは、その類稀なる容姿を相殺するように内面はあまり宜しくないのかというと――どうやら、全くそんなことはないらしく。僕自身、会話はおろか目が合ったことすらないと思うけど、お人柄においても温厚で誰にでも優しいとのこと。実際、廊下や階段で時折すれ違った際も、周囲には大抵多くの生徒がいて、その人達みんなが郁島先輩のことを慕っている様子が傍目からも見て取れた。……うん、こういう言い方はむしろ失礼なのかもしれないけど……こういう人のことを、完璧って言うのかな。


 ともあれ、そんな素晴らしき我らが生徒会長であるからして、普通に考えれば中々に手の届かない――いわゆる、高嶺の花のような存在であることは間違いない。なので、仮にこの相談をしてきたのが彼女でなく別の人であったなら……うん、きっと失礼ながらも少し難しいのではないかと考えただろう。……えっ、お前には言われたくないって? ……うん、それはまあご尤もです。


 さて、話を戻しますと――郁島先輩が高嶺の花であることに疑いの余地はないけれど……それでも、斎宮さんであれば十分に可能性はあると思う。そもそも、斎宮さんだって学年……いや、きっと校内においても指折りの美少女――疑う余地もなく、高嶺の花なのだし。


 ……うん、これだとまるで容姿が全てのような言い分だよね。もちろん、そうじゃないことは分かってるつもり……つもりだけど、それでも……きっと、恋愛事こういうこと容姿そこを抜きには考えられないと思うわけでして。

 それに、別に容姿のことだけを言っているわけじゃなくて……斎宮さんは内面においても暖かな思い遣りに溢れた、すっごく素敵な人だから。


 ……ただ、それはそれとして。


【……ところで、斎宮さん。折角の決意に水を差すようで申し訳ないのですが……確か、郁島いくしま先輩にはお付き合いなさっている方がいると聞いた気が……】


 些か逡巡を覚えつつ、筆記にてそう伝える。尤も、何処かで耳にした程度の情報であるからして、その信憑性の程は定かでないけども――


「――ああ、岩崎いわさきさんでしょ? その話なら、あたしも聞いたことあるし」

「……そう、なのですね」


 すると、微かに微笑みそう話す斎宮さん。岩崎さんとは、生徒会にて副会長を務める三年生で、郁島先輩とお付き合いしていると噂の女子生徒です。だけど……噂を知っている上で告白するということは、実際はただの噂でしかなく本当にお付き合いしているわけでは――


「……まあ、真偽の程はあたしも分からないけど……それでも、本当だったらその時はその時だよ。分からないのに、告白もせずに終わるのはちょっと嫌だなって」

「……斎宮さん」


 そう、少し目を伏せ話す斎宮さん。どうやら、彼女自身も確かな情報を得ているわけではないみたいで。


 ……それでも、彼女の気持ちは理解できる。全てとは言えないけど……それでも、多少は理解できていると思う。もしも、その噂が事実だったとして――郁島先輩に恋人がいたとして、斎宮さんの想いが叶わないものであったとしても……それでも、恋心おもいを伝えるか伝えないかで、彼女のその後はまるで違うものになると思う。例え、結果が同じだとしても……どのみち、傷付くことになったとしても……それでも、きちんと想いを伝えさえすれば、彼女の心中なかに後悔という苦痛は残らないはずだから。だから――


「……はい、微力ながら……僕で良ければ、是非協力させてください」


 そう、声に出して伝える。……声を出せたことに、自分でも驚いている。そして、少し間があった後――


「……うん、ありがと新里にいざと


 そう、仄かに微笑み告げる斎宮さん。そんな彼女の笑顔に……どうしてか、胸がチクリとした。





「……これで、良かったのかな」



 自宅のリビングにて、ソファーにだらりと転がりぼんやりと呟く。……いや、良くはないよね。随分と回りくどいことをしたものだと、自分でもほとほと呆れてしまう。


 とは言え、今になって撤回するわけにもいかな……いや、そうでもないか。あたしが勝手にお願いしただけなんだし、やっぱりなかったことにしてほしいと頼んだところで彼が困ることは何もない。むしろ、面倒事がなくなって助かったと思うかもしれないし。


 ただ、そうは言っても……やっぱり、言い辛いよね。あんなにも誠実な表情かおで、協力するなんて言われちゃったら……今更、なかったことになんて――


 ……うん、ほんとに申し訳ないとは思ってる。思ってるけど……ひとまずは、このままで――



「……改めて、よろしくね……朝陽あさひ



 

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