🦝狸のチェリータルト🥧
「流石兵太郎です。凄くおいしいですわね」
優雅に紅茶を飲む藤葛。紅珠をイメージしたというケーキを前しても、まったく余裕を崩しません。
それもそのはず。藤葛はちゃんと気が付いているのです。
兵太郎は決して大切な奥さんのどっちか一人を贔屓したりはしません。
その時、ケーキを食べる紅珠をにこにこと見ていた兵太郎が、ぴくんと頭を上げました。
「あ、できた」
小さくつぶやくとオーブンへ。
どうやらもう一つのスイーツが完成したようです。
ココアパウダーを混ぜ込んだこげ茶色の、アーモンド薫る
「アメリカンチェリーのタルトだよ。こっちは藤さんををイメージして作ってみたんだ」
「まあ、なんて素敵なんでしょう!」
平静を装いつつ、ほんとうはとっても期待していた藤葛。期待以上の見た目におもわずぴょんと飛び上がってしまいます。
生のチェリーと軽くコンポートにしたものをミックスして、色と味に深みを演出。
焼きたてのタルトを切ると、耐え切れずにあふれ出すアツアツのチェリーのジュース。早く食べないともったいない!
「さっそくいただきますわね」
藤葛はあわててフォークを握ります。
タルトの中には、チェリーの甘酸っぱさを引き立てるアーモンドクリームがたっぷり。アーモンドのコクがチェリーの風味と絶妙な調和。
生地とクリームの間には、チェリーのジャムが薄く塗られていて、甘酸っぱさとコクを一層引き立てます。
コンポートに使われたラム酒が薫る大人のデザート。
見た目は高級感がありつつもどこか優しく、食べる人をほっとさせる一品です。
「おいしい……」
「紅茶はアールグレイを用意したよ。これもすごくおいしいんだ」
タイミングよく出されたさわやかな香りの紅茶は、藤葛に合わせてさっきより少し熱め。
チェリーパイの甘酸っぱさと、アールグレイの爽やかなベルガモットの香りが互いを引き立てて作られる絶妙なバランス。
パイ生地のバター風味やチェリーのジューシーな甘みを引き立ちなんとも贅沢な味わい。
「ああ、おいしい。美味しいですわ兵太郎……」
そういう藤葛は、感動のあまり目に涙まで貯めています。
「ふむう、これもまた旨いもんじゃな。ケーキもそうじゃが、紅茶というものもいろいろとあるのじゃのう」
ショートケーキをお代わりした紅珠も、感心したようにふんふんとしきりに頷いています。
「ねー。凄い工夫だよね。あ、藤さん、タルトもう一切れ食べる?」
カップに紅茶を足しながら、兵太郎が聞きます。最後の一口を食べてしまうのを迷っていた藤葛が、真っ赤な顔で答えました。
「いただいてもよろしいですか?」
「もちろん。藤さんのために作ったんだから。紅茶、ミルク入れる? きっと気に入ると思う。あ、でも残りはとっておいた方がいいかも。冷やすとまただいぶ変わるんだ。そっちも食べてみて欲しいなあ」
にこにこと笑う兵太郎に、藤葛の期待はまた高まるのでした。
******
コーヒーはマシンで淹れてもおいしいのが出来上がりますが、紅茶はそうはいかないのです。美味しい紅茶を出してくれるお店が繁盛しますように。
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