☕こくり家🫖

「まずは店の名前を決めるべきじゃと思う。店も妖怪も一緒じゃ。名前によって力を持ち、名前によって縛られる。店名はとても重要なのじゃ」



 きらんと眼鏡を光らせる紅珠に、藤葛とクロはなるほどと頷きました。これがやたらきらんきらんと光る神通アイテム明淵慧眼鏡の効果なのでしょうか。



「故に、儂はこの名前が良いと思うのじゃ」



 きゅきゅきゅ、とマジックの音を響かせ、紅珠は妖狐神通フリップボードに店名を書き込んでいきます。


 手動での角度調整により光を放つ眼鏡の奥、委員長風美少女の見せる真剣な表情に、一同は唾を飲み込みました。



 ごくり。



「では、ゆくぞ?」



 ばばーん!



 ラップ音と共に紅珠がフィリップボードをひっくり返します。そこに書かれていた店名は!



『兵太郎と紅の家』



 すてーん。



 藤葛は椅子に座ったまま器用にズッコケました。流石大妖、最早名人芸。


 否定も肯定もするわけにいかないクロは曖昧な苦笑いを浮かべています。兵太郎は穏やかな笑みで三人を見守っていますが、これは既に話についていけてないからです。



「ちょっと。なんでお店の名前に紅さんが入るんですか」


「奥さんで看板娘じゃし、当然じゃろ?」


「本当に当然と思っていそうなのがなんとも。ちなみに私も奥さんなのですが?」


「安心せい、ちゃんと入っとる。ほら 『兵太郎と紅の家』の家部分が藤じゃ」


「なんだ、それならいいか……ってなるわけないでしょう!」



 『視八千代秘照の装い』によってパワーアップした藤葛。ノリ突っ込みもいけてしまいます。



「もっとちゃんと考えて下さい。カフェの名前といえば人で言ったら顔、小説で言ったらタイトルですわよ。タイトルでPVにどれだけ差が付くと思ってますの?」


「む、むう」



 言い返すことができずに紅珠は黙ってしまいました。藤葛の言うとおり、タイトルはとても重要です。



「店名にはイメージが大切なのです。ただでさえ人通りのほとんどない山奥のお店。アピールするには名前を聞いただけでどんなお店がわかり、しかも足を運びたくなる。そんな名前を考えなくてはいけないのです」



 藤葛の眼鏡が手動できらーんと光りました。



 きゅっきゅっきゅ。



 狸流変化術で作り出したフリップボードに油性マジックで店名を書き込む藤葛を、一同固唾をのんで見守ります。


 

 「例えばこんな店名はどうでしょうか」



 藤葛がフリップボードををくるりとひっくり返しました。


 そこに油性マジックで書かれていた店の名前は!



 ばばーん!



『隠れ家喫茶『藤葛』』



 ずでーん。


 紅珠は座ったままの状態から器用におもいきりズッコケました。さすが大妖。最早達人芸。



「貴様、さっきの高説はなんじゃったんじゃ⁉ 」


「えっ? 字面に隠れ家的な雰囲気も出てますわよ? そもそもこの家は私ですし」



 藤葛には何が問題なのかわからないようです。



「それを言ったら儂は土地神じゃぞ! タイトル兵太郎と紅の土地にするぞ!」


「何屋かわかりませんわ! それとタイトルじゃなくて店名ですわ!」


「やかましいわ二重カギカッコを二重に使いおって見づらいんじゃ! 『藤葛』だって何屋かかわからんじゃろうが!」


「カギカッコのことはごめんなさいわかりやすくしようと思ったんですが。隠れ家喫茶と先に書いてあるでしょう!」


「ううん、わかればいいんじゃ言い過ぎてすまぬ。だったら『隠れ家喫茶 兵太郎と紅の土地』ならいいんじゃな!」


「いいわけないでしょう!」



 ううん、久々ですね。この二人のこの感じ。神通力や変化術で知力がアップしているはずなのに、あまり変わっていないように見えます摩訶不思議。



「あ、あの」



 クロがおずおずと片手を上げました。もう片方の手は何故か人差し指と親指で丸を作って目に当てています。



「クロちゃん、別に眼鏡なくても発言していいんだよ」



 兵太郎が優しく教えてあげました。



「そ、そうだったのですか」



 安心したクロは目に当てていた手を離しました。なるほど。眼鏡の真似だったんですね。可愛かったのでそのままでもいいと思いますよ。



「あ、あの、どちらか片方の名前だから問題なのだと思うのです。お二人両方の御名前を入れ込めばよいのではないかと」



 おどおどした感じはぬぐえませんが、発言の内容自体は真っ当で建設的なものでした。



「ふむ、なるほどな」


「ではどのようになるのですか?」



 言い争っていた委員長と美人秘書も興味を持ったようです。クロは畏れながら続けます。二人の大妖怪とは違い、フリップボードや油性マジックを召喚することができないクロは仕方なく口で店名を発表します。



「ボクが良いと思う店名は……」



 ばば-ん!



 「あ、ラップ音鳴った!」


 「クロよ。タイミング外しはいかんぞ。ラップ音に失礼じゃ。世の全ては当たり前ではない。誰かの頑張りから成り立っているのじゃぞ」


 「も、申し訳ありません紅様」


 「うむ、わかればよいのじゃ。すまんが同じヤツもう一回頼むのじゃ」



 ばばーん!



「『兵太郎と紅と藤と時々クロと。~三人と一匹の隠れ家的カフェ経営! 妖怪の力で異世界に行かなくてもチートな仲良しほのぼのスローライフ。ぽろりは旨いこと誤魔化します~』というのはどうでしょうか」



 長い! 今度はラップ音のタイミングを外さずに言えたクロでしたが、いくら何でもこれは長すぎます。



「ふむ、悪くないのう。タイトルからどんなお話か分かるというのは重要じゃ」



 いやいやいやいや。


 WEB小説では長文タイトルは正義ですが、今考えなくてはならないのは小説のタイトルではなくカフェの名前です。



「えっと、異世界チートなスローほのぼの妖怪……?」



 ほら見てください。兵太郎なんか覚えられなくて苦労してるじゃないですか。


 長文タイトルは正義ですが略称があると尚いいですね。「セカセカ」とか「ホコカフェ」とか愛称付けてもらえたら嬉しいです。



「そのタイトルはおかしいのではないでしょうか」



 きらんと藤葛の眼鏡が光ります。でも今考えてるのはタイトルじゃなくて店名です。不安です。



「三人と一匹は正しくないのでは? 人間は兵太郎だけなのですから、一人と三匹にすべきではないでしょうか」



 それ見たことか。


 妖怪を匹で数えるか人で数えるかは毎回悩ましいところ。でも今重要なのはそこではありません。



「僕、思うんだけど」



 割って入ったのは兵太郎でした。流石この場に唯一の人間です。びしっと言ってやって下さい。



「四人か四匹でいいんじゃないかなあ。一人だけ仲間外れは寂しいし」



 駄目でした。でも兵太郎は悪くありません。兵太郎に常識を期待する方が悪いのです。




「せっかく色の名前がそろってるんだから紅藤黒とかじゃな」


「はいはい! 後から別のひとが増えたらどうしたらいいですか?」


「これ以上は要りませんわ!」


「儂も要らんと思うが、こればっかりはのう……」


「え、まだ増えるの?」


「兵太郎。貴方がそれを聞くのですか?」


「お前様は変装して男子校に通わなくてはならなくなったヒロインみたいなものじゃから」


「よくわかんない例えだけど何で女装して女子校に通う男子じゃないの?」


「それだとキモイってクレームが来るのじゃ」


「いえいえ、最近はそういうのもアリなのですわよ。兵太郎は女装に興味があるのですか?」


「流石にないかな。クロちゃんなら似合いそうだけど」


「興味はないですが兵太郎がお望みでしたら」


「だから頬を」


ばばーん!


「え、何今のラップ音?」


「間違ったんじゃろ。たまにはそういうこともある。騒ぎ立てるほどでもなかろうて」


「紅様、お優しいです」


「よいかクロよ。被害を受けたわけでもないのに人のミスを声高に叫んではいかんぞ。それは自分に帰ってくるのじゃ」


「はい、わかりました!」


「それはそうと女装の件ですが」




 長い時間をかけた話し合いの結果、喫茶店の名前は「こくり」に決まりました。


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