🐗締めの一品🥘
「じゃあ締めの品をご用意しますね」
ばばんばんばん。
最終ミッションを果たすべく兵太郎は再び厨房へと向かいます。
「今なにか音聞こえませんでした?」
「まあ、古い家ですので色々と。」
「なるほどそういうもんか。しかしもう一品あるのは嬉しいな。ちょっと物足りなかったとこだ」
「ちょっとお父さん!」
ねだるような颯の物言いを凪紗は慌てて窘めます。でもそう言われてみれば確かに物足りないような。 前菜、スープ、メイン料理。どれも最高のお料理でした。
なのに何処かもの足りないのは何故でしょう?
「うふふふふ。心配しなくても大丈夫ですわ。兵太郎の料理ですから」
「うむ、最後は何が出てくるのかのう。楽しみじゃ」
ぴくん。
最初に気が付いたのはクロです。だってこれはクロの大好物の一つです。
やがて他の者たちも厨房から漂うえもいわれぬ良い香りに気が付きます。
「こいつは!」
その香りの前では誰もがついつい笑顔になってしまいます。颯が思わず期待の声をあげました。凪紗も思わず生つばごっくん。
一度嗅いでしまえば、誰もがその料理のことで頭がいっぱいになってしまいそれを口にするまで収まらない。
そんな暴力的なまでのスパイスの香り。
「クロちゃん、お料理お願い~」
「畏まりました兵太郎!」
わんわんだばだばわんだばだば。
「お待たせいたしました! こちら締めのお料理でございます」
目の前に出されてみれば確かにその通り。今食べたいのはまさにコレ。夏の猪コース、締めは『猪カレー』です。
少々小さめのお皿に盛りつけられたカレーライスには、大きなお肉がごろんごろん。その
スプーンを差し込めば猪の脂とゼラチンが溶け込んだとろみのあるカレーが猪肉と絡み、スパイスの香りがふわっと立ち上ります。
ご飯少な目カレー多めでまずは一口、ぱくり。
「ほー。甘口の……。いや、そうでもないのか?」
口入れた時にまず感じるのは蜂蜜、木苺、グミのジャムが作るフルーティーな甘み。ちょっと意外に思いつつも食べ勧めるとじんわりと汗をかくような心地よい刺激が口の中に広がります。
「猪の出汁使ってるのか。……旨いなコレ」
颯が見抜いたとおり、ベースになっているのはコースのスープにも使った猪骨の出汁。強めの甘みもまた猪をおいしく食べるための工夫。猪を食べ飽きるほど食べてきた颯も納得です。
「おいしい……。そしてなんだか元気が出る味ですね」
炒めたスパイスによりわずかに残る猪の臭みがおいしそうな香りへと化学変化。口当たりはまろやかながら野生動物ならではの豊かな滋味。暑くなりかけの季節を乗り切るパワーをくれる夏バテ知らずの一品に、娘の凪紗も嘆息です。
「旨いのう。カレーもいろいろあるのじゃな」
「いつものチキンカレーももちろんおいしいのですが、これはまた随分違いますのね」
兵太郎のチキンカレーは何回食べても飽きないこくり家妖怪たちの大好物。でもこの山の果物の渋みと猪の深い味が絶妙に合わさったカレーもまた絶品。
どっちがおいしいかなんてもちろん決められませんが、ただ今日今のこの瞬間に限って言えば猪カレーの勝ちでしょう。それどころか他のどんな料理も猪カレーには勝てないでしょう。
今日のメニューは猪を味わうコース。締めの料理はその余韻と満足感を残すものでなくてはいけません。
「お肉柔らかいです。美味しいです。いっぱい入ってます!」
ヨーグルトに付け込んで臭みを消し、猪骨出汁でことことと煮込んだお肉がごろんごろん。ほろほろと崩れるようでいて歯ごたえはしっかり。同じ猪骨を使っていても料理への期待感を煽る役目のスープとは反対に、猪を食べたと言う満足感がお腹と心をこれでもかと満たします。
猪を文字通り骨の髄まで堪能いたしまして、兵太郎の猪コースはこれにて終了でございます。
「「「「「ごちそうさまでした!」」」」」
みんなお腹いっぱい。心も体も大満足。
「食ったー。こんな腹いっぱい食ったの久しぶりだ」
「ううんううん、お腹いっぱいです動けません」
お腹を押さえて苦し気な颯とクロ。みんな思わず笑ってしまいます。二人とも欲張ってカレーをお代わりしたからです。これ以上は流石にもう何も入りません。
「あ、デザートがあるよ。スダチのシャーベットだけど食べれるかな?」
「あ、食う食う」
「食べます、食べます。食べれます」
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