🦊喫茶こくり家の大妖怪たち🦝
「オオカミ様!?」
正体を明かした狗狼の少年は愕然とする凪紗ににこりと微笑むと、
一声高く吠え、瞬く間にその姿を消しました。
「おー、ずいぶんと張り切っておるのう」
「まあまあ。捕りすぎて颯さんと凪紗さんに迷惑が掛からないとよいのですが」
二人の女将がわははくすくすと笑います。
「……狗狼だっけか。なんだい、あのクロちゃんってのは凄い妖怪だってことかい?」
颯に聞かれて凪紗はこくこくと声も出せずに頷きますが、それも無理からぬことです。
オオカミの末裔は様々な妖へと姿を変えましたが、中でも
「へえ。んでその凄いクロちゃんが仕えるっていうアンタたちは何者なんだ? ひょっとして妖怪なのかい?」
まるで睨むような顔で言う颯ですが、これは単に元の顔が怖いだけです。颯は妖怪に偏見を持っていません。ただ単に聞きたくて聞いているだけでした。一夜楽しい食事を共にした仲ですから、「藤さん」も「紅さん」もそのあたりはよくわかっています。
藤色の着物を纏った方の女将「藤さん」が二人に向かって優雅に頭を下げました。
「おっしゃる通りですわ。私は妖狸。名を藤葛と申します。よしなに」
凪紗がぎょっ、とばかりに目を見開きます。
「藤葛様っ!?」
妖狸藤葛と言えば百年ほど前、この地で非道の限りを尽くしていた人食いの大狸を退治した大妖怪。少年妖怪たちのヒーロー的ヒロインです。人喰い狸を調伏した後、藤葛は何処へともなく姿を消したと云われていますが再びこの地に戻って来たのでしょうか。
「ほんとに有名人なんじゃの」
「白々しい。紅さんと比べられても困りますわ」
感心したように言うもう一人の女将「紅さん」ですが、藤葛はぷいっとそっぽを向いてしまいます。伝説の大妖狸藤葛をしてかくいわしめる「紅さん」とはいったい何者なのでしょう。凪紗はなんだかクラクラしてきました。
きっとすごい
そんな凪紗の思いにも気が付かず、見た目は少女のようなもう一人の女将「紅さん」はぺこりと可愛らしく頭を下げました。
「儂は妖狐。名は紅珠じゃ。お隣さん同士今度ともよろしく頼むのじゃ」
べにたま。そうかー、べにたまさんかあー。なるほどーそっかー、べにたまさんー、え、べにたま? べにたまって、紅珠っ!?
「べ、べ、べっ、紅珠様っ!?」
半ばリアクションを放棄するつもりだった凪紗でしたが慌てて膝をつきました。
「知らぬこととはいえ、とんだご無礼を……!」
「や、そう畏まらんでも良いのじゃ。むしろ若いのに儂の事なぞ良く知っとるのう」
「そんな、とんでもないことでございます!」
この山に住むモノで紅珠を知らぬ者はおりません。神秘が廃れた現代においても尚、物の怪達が日々口々にその名を称える大妖怪にして、この山の神様です。
「よくわかんないがつまり藤さんと紅さんはクロちゃんより凄い妖怪だってことかい?」
「ちょ、お父さん!」
名前を聞いたというのに畏まるどころか態度を改めようとしない颯に凪紗は焦りました。
「だいじょぶだって凪紗ちゃん。お隣さん同士よろしくって向こうも言ってくれてるじゃん。ここで怒り出すくらいならとっくに怒られてるでしょ」
ねえ? と颯は気軽に山の神に同意を求めます。
「お父さん、ねえお父さん。やめてその人神様だよ」
「え、紅ちゃんって神様なの?」
「うむ。実はそうなのじゃ。とは言っても人には忘れられた神じゃがの」
「ええ? そうなの? こんな美人さん忘れるとか薄情な奴らもいたもんだねえ。俺なんか絶対忘れないよ」
「お父さん、お父さん、ほんとにやめて。居酒屋のママのノリで口説かないで。ああどうしよう神様にお酌とかさせちゃった。蜂蜜取って下さいとか言っちゃった」
「何言ってるの凪紗ちゃん。神様にお酌してもらったからって困る必要ないでしょ。自慢するならともかくさあ」
「お願い、お願いだからちょっと黙ってお父さん」
現在進行形で増え続ける山の神への不敬に、凪紗はもうパニックです。
「だいじょぶですよ、凪紗さん」
最早泣きそうな凪紗ににへらと声を掛けたのは兵太郎でした。
「兵太郎さん……」
「うちの奥さんたちはとても凄いけどとても優しいんです。恐がらなくても平気ですよ」
その優しい声と素敵な笑顔(凪紗主観)に、ほっと安堵してしまいそうになる凪紗ですが、ふとあることに気が付きました。
奥さんたち?
つまり神様である紅珠とスーパーヒーロー的ヒロイン藤葛の旦那様?
ちょっと待ってこの人何者?
「はああ。どうにも妙だと思ったんだ。こんだけ美人の奥さんが二人ってんだからな。その冴えない面は仮の姿ってわけかい」
父は鋭い視線を向けますが、大妖怪たちの旦那様はにへらと不思議な笑みを絶やしません。
「聞いたことがあるぜ。妖怪の総大将ってのは見た目は普通の人間だってなあ。んで勝手に人んちに上がり込んで茶のんだりするんだって。なるほどな」
ええっ!?
でもそう考えれば辻褄が合います。この兵太郎と言う男、確かにづかづかと家の庭まで入り込んできました。明らかな不審者行為です。だというのに凪紗はすぐに兵太郎を信じてしまったのです。
まさに、かの大妖怪の所業ではありませんか。
「そうか、あんたがぬらりひょん、ってわけだ」
正体を看破された喫茶店の店主は慌てるでもなくゆっくりとあたりを見回し……。
「ええええっ?」
言われたのが自分だと気が付いて思いっきりびっくりしました。
そうなの? と奥さんたちに視線を送ると、奥さんたちは優しく生ぬるい笑みを浮かべて首を横に振ります。
ほっと安堵する兵太郎です。
「颯さん。うちの主人は人間ですのよ」
「えっ、そうなの?」
「うむそうなのじゃ。只の、かはちょっと怪しいがの」
「まじかよ。わりい、冴えない面とか言っちまった。俺はほら、なんだ。てっきり本性を隠してんのかとかってよう」
慌ててフォローを入れようとしてさらにディスってしまう颯でありました。
「まあなんだ。さっきのは一般論でだな。実に味のあるいいツラだと、俺はそう思うぜ?」
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