休戦協定

 てんてろりん、とん、てれれれてんてんてん♪


 チャージが、完了しました。

 チャージが、完了しました。


 古民家を改装した喫茶店の夜も更けてきた店内。突如雰囲気にそぐわない機械的な音声が流れ、兵太郎は驚いてびくりと身体を震わせました。



「え、今の何?」


「あ、私ですわ。充妖率が100パーセントになったようです」


「なるほど、充妖率が。」



 藤色の着物を纏ったたおやかな美人、藤葛ふじかずらはそう言うと壁からつながっていた蔦を自分の背中から引っこ抜きました。


 藤葛の正体は狸。本体はこの家そのものです。



「これなら接触部分の妖磁誘導だけで体を維持できそうですわね」


「なるほど、接触部分の妖磁誘導で。」


「まったく、食事時は音切っておくべきじゃろ。というかもっと雰囲気に合った音声に設定しておかんか」



 苦言を呈するのは紅の着物に身を包んだ、のじゃ言葉を話すロr



「なんぞ言うたか?」



 苦言を呈するのは紅の着物に身を包んだ、古風な言葉で話す一見少女にも見える大変美しい女性は紅珠べにのたま


 紅珠の正体は狐であり、このあたり一帯の土地神です。


 あと切れ長の目と笑うと見える八重歯がチャームポイントです。



「うむ。わかればよいのじゃ。しかしこれはどういうことじゃ。儂も妖力が戻っておる。まさかと思うがさっきのオムライスの効果なのか?」


「食べている間は夢中で気が付きませんでしたが、そうとしか考えられませんね……」


「兵太郎。お前様は一体何者じゃ?」



 じっ、っとそれぞれのうつくしさを持つ二人の美女に見つめられて、兵太郎はしどろもどろになりながら答えます。



「え、いや僕はただの会社員……ってもう会社員じゃなかった。ただの喫茶店の店主……、にもなってないから……。あれ? 今の僕って何?」


「聞いとるのはこっちなんじゃが。そして儂の求めとる答えとは多分違うんじゃが。そしてお前様の問いに答えるのはなかなかに心苦しいのじゃが」



 ぶっちゃけ今の兵太郎は無職です。しかも先の見通しはなくて借金まみれの、割と危険なタイプの無職です。



「しかし面妖なことよな。お前様本人でもわからんとは」



 面妖なんて言葉を妖怪が使うのはどうかと思いますが、確かに不思議な話でした。土地神である紅珠は自然の気を集めて自分の妖力とすることができます。しかしここまで妖力が回復するなど、此処二、三百年はなかったことです。



「兵太郎ですからね。そういうこともあるでしょう」


「ふむ。そうじゃな兵太郎じゃからな」



 二人の妖怪はある種畏敬の念を込めて、目の前の不思議な人間を眺めました。


 祠や家を直して二人を回復させた兵太郎です。そういうこともあるのかもしれません。


 不思議な人間こと兵太郎の方はと言えば、二人の妖怪に見つめられて居心地が悪そうにしていましたが、急に真面目な顔になって口を開きました。



「ええと、今更で申し訳ないんだけど。実はお二人にお願いしたいことがあります」



 突然の真剣な兵太郎の口調に、紅珠と藤葛は身構えました。



「ど、どうなさったのじゃお前様、急に改まって」


「ええ兵太郎のお願いならばもちろん……」



 何でも聞きます、と言いかけて藤葛は口をつぐみました。


 紅珠と藤葛はどちらも兵太郎が大好き。でも聞きたくないお願いだってあります。



 例えば。



「二人とも妖怪なんだよね? 紅さんはここの土地神で、藤さんはこの家なんだよね?」


 

 兵太郎の言葉に、しんと静まり返る店内。どちらが兵太郎の奥さんになるかと争っていた二人でしたが、そもそも兵太郎は人間、二人は妖怪。


 妖怪の押しかけ女房の話は数あれど、妖怪の正体は隠すべきというが常。そしていずれの物語においても正体が知られた時には。



「あ、そのう……。お前様は妖怪は嫌いですじゃ?」


「で、でもそんなに人と変わりませんのよ。今後は蔦を使ったりなど勿論致しませんし……」



 慌てて取り繕う二人にしかし、兵太郎は深々と頭を下げました。



「お願いというのは他でもありません。僕はここで、喫茶店を開きたいと思っています。突然やってきて不躾なお願いですが、許していただけたら嬉しいです」



「……………………」


「……………………」



 …………………………………………。




「な、なんじゃああっ! 脅かさんで下されお前様。肝が縮みましたぞ」


「てっきり追い出される流れかと思いましたわ」


「えっ、追い出す? 二人を? そんなことできるわけないじゃない。だって土地の神様と家の神様でしょう?僕が追い出されるならわかるけど」



 本気で驚く兵太郎に、紅珠と藤葛は呆れるやらおかしいやら。



「私は神ではないのですが。兵太郎、あなたはこの家と土地を買ったのでしょう? 自分の家から何故追い出される等という発想が出てくるのです?」


「いや、それはこっちの都合じゃない。土地の神様と家の神様が駄目って言ったら駄目でしょう?」


「駄目でしょう、って貴方……。仮に、駄目だと言われたら貴方はどうするのです? この土地を売り、別の場所を探すのですか?」


「えっ、紅さんと藤さんの場所をなんで僕が売るの? 仕方ないから大人しく出ていってアルバイトでもするよ」



 駄目かな、と上目づかいにこちらを見上げる兵太郎に、自然と笑いがこみあげてきます。



「……うふふ、うふふふふふ」


「くふっ。くかかっ」


「うふふふ。それでは貴方は大損ではありませんか」


「器が大きいというか、底が抜けてるというか。儂が見込んだとおりのお方じゃて」



 馬鹿が付くほどの正直者で底抜けのお人よし。そんな兵太郎は、人の世界を上手く渡っていくことはできません。


 しかし妖怪たちはそんな馬鹿正直のお人よしが大好きなのです。



「さて此処で喫茶店を開きたいと、儂らに頼まれたのじゃったか。ならば返事をせねばならんじゃろうな」


「ええ、ええ、ええ。その頼み確かに聞き届けました。どうぞご存分になさってくださいませ」



 土地と家。二人の守り神に許可を貰い、兵太郎はほっと胸をなでおろしました。



「良かった。ありがとう。正直ダメだって言われて追い出されたらどうしようって思ってた。お金もいくところもないからさ」


「何をおっしゃるのじゃ。お前様にそのようなことは決して申しませぬ」


「どうぞ末永く、この場におとどまり下さいませ」


「しかし弱りましたな。そうなると、このタヌキを追い出すというわけにはいかなくなってしまう」


「キツネとはいえ土地神。追い払って兵太郎の店の運気が下がるのは宜しくないですわね」


「仕方ない。一時休戦じゃ」


「承知しました。ただし兵太郎に手を出すのは許しません」


「こっちのセリフじゃ。兵太郎に手を出せば承知せんぞ」



 かくして、恐らくは妖界史上初めて、狐と狸の争いに、一時とはいえ休戦協定が結ばれたのでした。



******


あとがき


お読みいただきありがとうございました。

本日は夕方17:10にも更新予定です。ご来店お待ちしております!

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