🍫甘い拷問🍰

 さて美人姉さん系の方の奥さん、藤葛。


 旦那の兵太郎がこしらえた借金の契約書を確認してみると、案の定でございます。


「こくり家」がもし順調に行ったとしても、再来月末までに支払わなければならない金額を確保するのはとても無理だというのはもう一目でわかります。


 藤葛は、深い深いため息をつきました。


 ただ、その口元は笑っています。


 まあ、わかってはいたのです。


 まったく困った旦那様。でも困った旦那様を支えるのは、できる奥さんの務めです。


 普通にやって駄目ならば、普通でないやり方をすればよい話。


 兵太郎が直した、藤葛自身である居心地の良い店内を見回して、颯爽と腕まくり。



「集客の方は紅さんにアテがあるようですし。私はお店の方を何とか致しましょうか」



 ******



 さて一方、元気可愛いのじゃろり妹系の方の奥さん紅珠と、どんな風に育てようか悩んでしまう逆光源氏な弟系の家来クロ。


 木苺と山ブドウと話をつけ、近くの川で岩魚数匹も捕まえて、意気揚々の帰宅です。


 家の近くまで来ると、クロがくんくん、と鼻を鳴らしはじめました。



「紅様、うちの方からとてもいい匂いがします」


「狗狼は花が良いと聞いたがさすがじゃの。大方、兵太郎が作っとるケーキじゃろうな」



 家が近づくにつれ、紅珠にもその甘い香りが感じられるようになってきます。



 ちりんちりん、と鈴の音。



 カフェの入り口を開けると、そこから圧倒的な香りが流れ出してきました。



 甘い、甘い、甘~い香り。



 空気自体が味を持つほど濃厚なこの香りは、まぎれもなく。



「チョコレートだ!」



 帰宅早々、クロが大声で叫びました。



「お、紅さん、クロちゃんお帰り」


「ふうう、やっとですのね。もう待ちくたびれてしまいましたわ」



 クロは何故か恨めしそうな顔をして二人を見ている藤葛にも気が付かずダッシュ。カウンターの椅子に膝立ちになって中をのぞき込みます。



「兵太郎、兵太郎、チョコレートの臭いがします!」



 クロはチョコレートが大好きです。もともと大好きでしたが、昨日兵太郎からもらったのでますます好きになったのでした。



「お、クロちゃんよくわかったね」


「兵太郎はチョコレートを作ったのですか?」


「んー、惜しい。僕にチョコレートは作れないよ。でもチョコレートのおいしい食べ方は知ってるんだ。さあ、丁度出来たところだよ。手を洗ってきたらおやつにしようね」


「やったー!」



 クロは転がりそうになりながら、洗面所へと走っていきました。



「ふわあ、しかし良い匂いじゃのう。よだれが出てくるのじゃ」


「紅さんも早く手を洗ってらして下さいな。この香りの中で待っているのは、ほとんど拷問でしたのよ」


 藤葛が待ちくたびれていたのは、どうやらこのチョコレートの香りのせいのようです。



「それはすまんかったのじゃ。クロは外にいて良かったかもしれんの。あの様子ではとても耐えられまいて」


「そうでしょうね。何せ今日のケーキは兵太郎がクロをイメージして作ったようですし」



 兵太郎の作る料理やケーキはもちろんどれも素晴らしいですが、「誰か」の為に特別に作られた物はまた格別。


 紅珠の為の苺ショート、藤葛の為のチェリータルト、二人の似顔絵が書かれたオムライス。


 ずきゅんとターゲットを狙い撃ちにするような、とんでもない力を持っています。




「それはクロも喜ぶじゃろうな。ふふ、どんな顔をするか楽しみじゃ。おっとその前に。お前様、岩魚を捕まえてきたのじゃ。ちょっと見てくれんかの」


「岩魚? すごいねえ。どれどれ?」



 岩魚と聞いて兵太郎がカウンターから出てきます。とてもうれしそうな顔。きっと頭の中では、どうやって三匹の妖怪たちに食べさせようかと考えがぐるぐる回っているに違いありません。


 兵太郎のそんな嬉しそうな顔を見れば、紅珠だって嬉しくなってしまいます。



「これなのじゃ!」



 ばばーん!



 ラップ音も高らかに、紅珠は草の茎に数珠状にぶら下げた岩魚を得意げに兵太郎に見せました。



「わ、大きい。しかもこんなにいっぱい。おいしそうだねえ。早速夕飯にいただこうかあ」


「うむ。お願いするのじゃ」




 岩魚は大変においしい魚です。しかもこれほど大きなものは珍しい。どんな風に料理したら、一番三人を喜ばせられるでしょう。これはとても悩ましい。ほかのことはからっきしですが、料理のことならいくらだって悩めるのが兵太郎です。



「やっぱりシンプルに塩焼きが一番……? でもこんなにあるなら」



 吊るした茎ごと岩魚を受け取った兵太郎は、ぶつぶつと何事か呟いています。



「もう、二人とも。岩魚も楽しみですが、まずはケーキを食べましょう。私はもう我慢の限界ですわ」



 見れば藤葛が変化法ノートパソコンの術に突っ伏してしまっています。



 「あはは。ごめんよ藤さん」



 更にどたどたと音がして、クロも戻ってきました。



「兵太郎、兵太郎、手を洗ってきましたよ!」


「おお、偉かったねえクロちゃん」


「うむ、大儀であった。では儂も手を洗ってくるかの」



 紅珠だってもちろん、兵太郎の作るチョコレート菓子は気になります。いそいそと洗面所に向かったのでした。



「じゃ、みんなでおやつにしようかあ」

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