🐶クロちゃんのお仕事?🐶

一人目の奥さんは山へ収穫に、二人目の奥さんは家で借金事情の確認に。 


さて焦ったのはクロです。



「兵太郎、兵太郎、僕にも何かお仕事を下さい」


「クロちゃん、急にどうしたの?」


「ボクは兵太郎の家来です。何かお役に立たないと!」



 家来というものは主のために頑張らないといけないものです。


 主人である兵太郎にケーキを作らせて、奥さん二人を働かせて、自分はただ可愛いだけだなんて、そんなの駄目です。言語道断です。


 お仕事が欲しいといわれた兵太郎は、うーんと首をひねりました。これは考えている振りをするときの兵太郎の癖です。大体は何も考えていません。



「特にないかなあ」



 ほらね。



「そんな!」



 クロはますます焦ってしまいました。これでは自分は役立たず。今日自分がしたことと言えば、おいしいスパゲティーを食べさせてもらったことくらい。


 あ、そういえば一つ頑張ったことがありました。


 珈琲全部飲んだことです。あれは自分でも凄かったと思いますが、それを役に立ったことにカウントするのは、例え可愛いからと世間が許してもクロのプライドが許しません。


 あと兵太郎の顔を舐めたことも一緒に思い出して、クロはちょっとだけ嬉しくなりました。



「クロよ、そう焦るでない。儂も二か月前にここに来たばかりの時には何もできんかった。兵太郎に作ってもらったオムライスを食べたことくらいじゃ」


「紅さん、それは二日前のお話ですよ」


「あれ? そうじゃったか?」


「あとがきのネタを使いまわさないでくださいまし。クロ。私は作中での一月ほど兵太郎と一緒におりますが「貴様、微妙にマウントとりおって」まともに動けるようになったのは二日前でしたわ。自由に動き回れる貴方よりも、ずっと何もできなかったのですよ」


「そうだったのですか?」



 クロは驚いてしまいました。


 二人と兵太郎は長く一緒に暮らしているのだと思っていたのに。


 それに二人と兵太郎の関係についても少し認識を改めなくてはいけないようです。


 クロはてっきり二人はその美しさとともに、恐ろしい力と有能性を兵太郎に示して兵太郎の妻の座を勝ち取ったのだと思っていたのです。



「うむ。儂らが力を取り戻したのはひとえに兵太郎のおかげなのじゃ」


「ええ、ええ。凄い方なのですよ、あなたの主は」



 兵太郎が凄いのは知っています。そんなの臭いですぐにわかります(クロ主観)。でもそんな兵太郎がなぜ動くこともできないほど弱っていた妖怪を妻に迎えたのでしょうか。


 家来としてはそのあたりも気になります。



「それに力を取り戻したといっても未だに儂はこの山を離れぬことができぬ。藤も同じじゃ」


「バックパック型妖電池ver3.0を急ぎ開発中ですわ」


「それゆえ、次に兵太郎がショッピングモールに行くときにはお前が兵太郎を守るのじゃ。主に出会い系妖怪から。これはお前にしかできぬ重要な仕事じゃぞ」


「は、はい!」



 クロは再び紅珠と藤葛にひれ伏しました。とはいっても今朝の様に怖いからではありません。


 そうです。二人の大妖怪の前で怖くて震えていたのはついさっき、今日の朝のお話です。二週間前ではありません。


 今度は嬉しさのあまりひれ伏しです。その証拠にしっぽはぶんぶん元気に揺れています。兵太郎が山の外に出る時、その共ができるのは自分だけ。これは重要なお仕事です。

 

 クロは若干ワーカホリックの気がある狗狼族の裔。「お前にしかできない重要なお仕事」とか言われると、ついつい嬉しくなってしまうのです。



「うむ。良く仕えるがよい。差し当たって今日のところは儂の共をするのじゃ。その間、兵太郎と儂のなれそめを語ってやろう」



 願ってもない話です。仕えるべき主人とその奥さんたちの出会いの秘話を、本人の口から聞けるなんて!


 クロはぽっけからメモ帳を取り出しました。


 大事なことはメモに取る。良い家来として当然のことです。



「はい! お願いします紅様!」


「うむ。アレは二日前。空が平になく美しく晴れ渡った日のことじゃった。兵太郎が儂の祠を訪れてのう」


「ふむふむ」



 クロはメモに「ハレワタツター」と書き込みました。



「今思えばその時にはもう、お互いの心は決まっとったと思うのじゃ。あの器用な指先で丁寧に儂の身体を洗いながら、兵太郎が言ったんじゃ。『紅さん、僕と結婚してくd


「そこまでです。ストップ、妄想」


「妄想じゃないし! 実話じゃし! 儂ちゃんと覚えとるし!」


「過去の改ざんは神とて許されませんわ。冒頭から第三話あたりまでしっかり読み直してくださいまし」


「じゃから読み直すまでもなく

ちゃんと覚えて……あ、誤字発見じゃ」


「誤字というのは何故後から見つかるのでしょうね。訂正しておきましょう。それはともかくクロにおかしなことを吹き込まないで下さいまし。ジノブン、ちゃんと見張っているのですよ」



 えっ。ハ、ハイであります。


 いきなりこっちに話しかけるのはやめてほしいでアリマス。これだからルール無用の大妖怪は。



「おお、ジノブンそういえば。貴様前回、儂のことを何の方の奥さんと呼んでおったかの?」



 え、アレはほら、その。


 問題なく終わったと思ってホッとしていた案件を後から掘り起こすのもやめてほしいでアリマス。



「まあ貴様にも仕事があるじゃろうからの。細かいことは言わんのじゃ」


 

 ほっ。さすがは紅様。大妖怪はお心が広いでアリマス。



「世の中持ちつ持たれつじゃ。そうは思わんか?」



 えっ。ハ、ハイ。その通りでアリマス。



「ジノブン。脅迫に屈することの無いように。自分の責務を全うなさい?」


 

 えっ。あ、あの、藤様がソレを言うのは……。あっ、いえ、何でもないでアリマス。

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