🦊奥さんたちのお仕事🦝
「紅様と藤様のお力があれば、何でも作れちゃいそうですね」
クロが尊敬の眼差しで主である兵太郎の二人の奥さんを見つめます。
「うむ、任せるのじゃ。と言いたいところじゃが残念ながら限界はあるのじゃ。人の手を掛けねば育たぬ物たちもおる。何でもどころか、できないものも多いのじゃ。せいぜいちょっと大きめの家庭菜園といったところじゃろうのう」
ちょっと大きな、で済むような大きさではないですが。
しかし紅珠の言うことは事実です。イタリアンパセリのようなハーブやグミの木ならばいざ知らず。
農作物たちの中には紅珠の神通力で「自分のことは自分でする」ができる様になっても、それでは到底実りには足りない者たちも多いのです。
彼ら自身にもわからない魅力を、農家の人たちが手間暇かけて引き出してくれることで初めて輝く。そんな作物たちだっているのです。
ここに来た苺にしたところで、兵太郎が称賛の声を上げるほどのおいしい苺ではありますが、そのままスーパーに並ぶのは難しいでしょう。好みは人それぞれとはいえ、流行りの苺とくらべると酸味が強すぎます。
「でもやっぱり夢は膨らむよね。今度ホームセンターに行ったとき苗も買ってこようかあ。そしたら紅さん、元気にしてくれる?」
兵太郎が目をキラキラさせています。兵太郎の中では色とりどりの野菜や果物たちが、いろんな料理に変わっているのでしょう。
採れたて新鮮の野菜で作った料理は、二人の奥さんとクロも喜んでくれるに違いありません。
「うむ。それならば任せるとよいのじゃ!」
兵太郎の喜ぶ顔が嬉しくて誇らしくて、胸の無い方の奥さんはむんと胸を張りました。
「さて、この後はどういたしましょうか? 兵太郎」
胸のある方の奥さんが聞きます。寝坊したとはいえまだ昼過ぎ。今日が終わるまではずいぶん時間があります。
「んー、とりあえず僕はクロちゃんのケーキを焼くよ」
なにがとりあえずなのでしょう。居酒屋のビールじゃあるまいし。でもそれを聞いてクロは嬉しくなってしまいました。
「ほんとですかっ、兵太郎!」
しっぽがぶんぶん揺れています。
「うん。しばらく時間が掛かるから、その間みんなゆっくりしてて」
クロのぶんぶんなしっぽを見て、兵太郎もにこにこ嬉しそう。早くケーキを食べさせたくて仕方ないのでしょう。
こくり家のオープンに向けて、しなくてはならないことは多いのです。ケーキもいいですがもっと優先すべきことがあるはずです。
でも何でもできる奥さんたち二人も、この兵太郎の顔には勝てません。
しなくてはいけないことが沢山あるのなら、それは自分たちがやればいいのです。どうせ兵太郎にはできないですからね。
「ではケーキを作っている間、私は一度借金の内容を確認しておきますわね。兵太郎、契約書を見せていただけますか?」
「ええ、そんなの悪いよ、藤さん。みても面白くないし、よくわかんないし」
「わからないと駄目なのですよ、兵太郎」
「ええええええ」
「ここは驚くところではないのですが。それに兵太郎の借金は奥さんである私の借金ですわ。確認するのは当然です」
理路整然と言われてしまっては、兵太郎に勝ち目はありません。おとなしく藤葛に契約書を見てもらうことにしました。
「では儂は少しばかり山の中を歩いてくるのじゃ。儂の姿を見れば畑に来たがる山菜どももおるかもしれん」
「 紅さんありがと。誰か来てくれたら僕にも紹介してね」
「承知したのじゃ」
こうして二人の奥さんたちは、それぞれのお仕事を始めたのでした。
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