第12話 川柳と折り紙



 埃や葉っぱをサッと払う。銀メッキで出来ているのか、少し黒ずんでいた。




「あ、開けてみてよ」




 倉野さんがなぜか僕に押し付けてくる。思わず受け取ってしまったが、すぐに突き返す。けれど、倉野さんは受け取ろうとしない。




「な、なんで僕が。倉野さんが探していた宝だよね!」




 抗議はしたものの、理由は分かっている。いくら理事長が残したものかもしれなくても、得体のしれないものを簡単には開けたくないからだ。




 中に変な虫ぐらい入っていてもおかしくはない。




「若狭くん、早く!」




 ところが、水上くんも急かしてくる。




 僕は仕方なく、蓋に手をかけた。薄っすら目を開けて、ゆっくりと力を入れる。開けにくいけれど、焼却炉の蓋ほど難しくはない。




「あ、開いた……ッ! え……?」




 中に入っていたものは、別に爆発するものでも、宝石でもなかった。




「紙だ。それと靴の折り紙?」




 紙は四つに折りたたまれている。靴の折り紙は黄色の紙でおられていた。二つとも密封された箱に入っていたせいか、痛んだり破れたりはしていない。




「しかも、また川柳だ」




 開いた紙には綺麗な文字で書かれている。





 腰を折り 知の川巡り 歴史見る




 

 僕たちは川柳を読んで沈黙してしまった。




「ヒント、は?」




 紙が入っていた時点で、次のヒントが書かれていることは予期していた。

ヒントが川柳である場合も。




 しかし、いざその川柳を読んでみると、最初の川柳のような謎を解くヒントには見えなかった。どこの場所を示しているのか、全く予想がつかない。




「ヒントとなると、川がある場所?」




「川なんて世界中どこにでもある」




「そうだよね。あと歴史も。人の住んでいる場所で歴史のない場所なんてないよ」




 僕らは川柳との、にらめっこを続ける。




 気づくと空に薄く雲が立ち込めて、薄暗くなってきた。星も微かに光っている。校舎裏なので、寒いし暗くなるのも早かった。人気もないので薄気味悪い。




「今日はここまでにしようか。次のヒントが見つかっただけでも良かったと思うよ」




「うん。若狭くんの言う通りだ。寮に帰ろう」




 僕らは出て来た部活棟の入口に戻ろうとする。




「待って!」




 振り返ると倉野さんが肩を少し怒らせて、こっちを睨んでいた。




 どうしたのだろう。




 迫力に少し慄きつつ、僕は声を掛ける。




「も、もう、ここには用はないよね」




 だけど、食い下がるように倉野さんは言葉を付け足す。




「部活。入るでしょ」




「ああ……」




 正直、部活にこだわる必要はないと思う。もしヒントが解けて、宝が見つかったら解散することになるはずだ。




「でも、向井さんが言っていたよね。三人だけじゃなくて、上級生も入っていないといけないって」




 水上くんも横でうんうんと頷いている。そもそも、入る以前に作れないのだ。

それでも、倉野さんは念を押してくる。




「もう一人は何とかする。もし出来たら、入るでしょ!」




「しょうがない。水上くん、もし出来たら入ろう……。トレジャーハンター部に」




 なんだか言葉にすると情けない部活だ。大学にでも入ったら、高校時代はトレジャーハンター部に入っていたと言うことになるのだろうか。




「しょ、しょうがないなー。もし出来たらだよ」




 絶対に部活は創設出来ないと思っていそうだけど、水上くんも頷いた。




 すると、倉野さんは当然作ってやるといった様子で先に歩き出す。自信あり気な髪のたなびく後ろ姿を僕と水上くんは見送る。




 本気で宝を見つけたいのだろうけれど、何がしたいかよく分からない。




 宝さえ見つかれば、部活なんて必要ないんじゃないかな。




 だけど、何が何でも意地を通そうとする倉野さんの様子は、実家のチビたちを思い起こされた。




 次の日の倉野さんは、眉間のしわが少しだけ緩んだのは気のせいじゃないと思う。









 とにかく、僕らは前進した。




 ただ、やっぱり川柳のヒントを解くことには難航する。




 僕は川柳の書かれた紙を見つめて、ぼんやりと思いついたことを口から垂れ流す。




「知の川かぁ。世界の有名な川と言えば、アマゾン川、ミシシッピ川、ナイル川とかかな」




 東棟の中庭で、三人昼食を取りながら謎を解こうと奮闘していた。




「あと、この黄色の靴の折り紙」




 変色もしていない黄色い折り紙は、キッチリと折り目がつけられている。




「知の川といえば、ヨーロッパだと思う」




 おにぎりを頬張った倉野さんがポツリとこぼす。




「わたしの住んでいたオランダの首都、アムステルダム。市内は運河が網目状に張り巡らされている。海だったところを干拓して陸地にした。そして、交易の中心となる。まさに知の川」




 僕は倉野さんの話にすっかり感心した。いつもゆっくり口調だが、さすがに地元のことはするすると言葉が出て来るようだ。




 水上くんも思い出したように言う。




「たしかヨーロッパの川は勾配が少ないから、水門を利用して船を運行しているところもあるって遠征のときに聞いたことあるよ」




「遠征?」




「あ、ああ。子供のときに旅行に行ったんだよ。それで聞いた話」




 水上くんは少しだけ視線をそらしながら言い直した。気にしつつも、ふーんと僕は関心のないふりをする。触れられたくないのかもしれない。




 倉野さんがスマホで学園の地図を調べ始めた。




「西棟のヨーロッパの位置。……図書室がある」




 西棟といえば、ユーラシア大陸だ。僕も確認してみると、確かに西棟の図書館は北西の位置にあった。




「とりあえず行ってみようか」




 川柳をただ眺めていても始まらない。僕らは西棟の図書室に向かった。




「はじめて来たけど、いいところだね」




 西棟の図書室は、東棟の図書室とは少し趣が違う。




 三年生が落ち着いて勉強をするために違いない。ステンレス製の本棚が無機質に並んでいる東棟とは違い、木製の本棚で交互違いのモダンな造りとなっている。




 深く腰掛けられるソファも、壁際に向かって一人で集中できるスペースもあった。




 おそらく、広さも東棟より広いだろう。




「肝心の謎はどう解けばいい」




 しかし、西棟の図書室に来たからといって、簡単にひらめくわけがなかった。




「えーと、腰を折り、知の川巡り、歴史見る。だったよね」




「腰を折りということは、低い棚にある?」




 だけど、低い棚といっても図書室は広く、棚も多い。闇雲に探すには骨が折れる。




「あと、もうひとつのヒントはこの靴の折り紙」




 僕はポケットの中から折り紙を取り出した。




 そのときだ。




「良ければ、そこの本、取らせてもらってもいいかな」




「すみません。あ……」




 少し横に避けると、そこには以前に東棟の図書室に出会った男子生徒が立っていた。




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