第9話 解く
僕ら三人は西棟の一階にある理事長室の前にやって来た。こぶしを緊張させながら僕がノックをしようとしたら、焦れた様子で倉野さんが無造作に扉を叩く。
「どうぞ」
中から返事があった。
「失礼します!」
やっぱり倉野さんが先を急ぐようにドアノブをひねる。中に入ると、応接セットと大きな机、トロフィーが並ぶ棚。よくある校長室の豪華版の光景が目に入ってきた。
歴代の理事長の写真も飾られている。一番右端の白髪の眼鏡をかけた女性が亡くなった理事長だろうことは容易に想像ついた。
「あれ、向井さんは」
「ここだ」
ドアの影から低い声が聞こえる。三人ほぼ同時に、肩がビクッと震えてしまった。
「あ、こんにちは」
出て来た向井さんは、まだ涼しいというのに白い半そでTシャツを着ていた。頭にはタオルを巻いている。少し土がついているので、土いじりをしていたのかもしれない。
「話がしたいのだったな。学園の生活で困ったことでもあったのか?」
「あ、いえ。実は理事長代理の向井さんに聞きたいことがありまして」
一番慣れているはずの僕でさえ、たどたどしくなってしまう。
「理事長代理に? とりあえず、座って話そう」
僕らは応接セットのソファに並んで座っていた。水上くんはやっぱり怖そうに身を縮めている。僕と倉野さんがかいつまんで事情を話した。
「つまり、君の祖父がこの学園に宝が眠っているというんだな」
「そうです。それを見つけることが部の目的です」
「そうか」
向井さんはあごに手を当てて、何やら考え込んでいる。
「それはそうと、部としては認めるにはもう一人、それも他学年の生徒が入部していることが条件だが知っているか?」
「えっ!」
倉野さんは確か三人いれば部活になると話していた。
「昔は三人で良かったらしい。全寮制だから、部活ぐらいしかすることもないからな。だが、同学年の三人なんて簡単に集められる」
確かに倉野さんがもっとフレンドリーだったら、もっと簡単に部に入ると僕らは答えていただろう。
「それで適当に三人集めて、部室をもってダラダラしている生徒が増えたんだ。ボードゲーム部なんて名前をつけて、それで部費を集めて。それだけならまだしも、他の部の生徒を引き入れて、活動に支障をきたすなんてことがあった。だから、多少なりとも部活を創設するのに規制をつけたらしい」
「それなら、しょうがないですね」
理由を聞いたら、間違いなく必要な条件であり、僕らは部になりえないことがはっきりしてしまった。
「だが、三人が個人的に探すというのなら協力しなくもない」
――協力しなくもない。
まるで本当に宝が学園に眠っているような言い方だ。
「知っているの!?」
我慢できずに倉野さんは立ち上がってしまった。敬語も使わないものだから、向井さんを怒らせてしまうのではと、僕と水上くんはハラハラする。
彼女の眼を見て、向井さんは無言で立ち上がる。向かったのは理事長の大きな机だ。引き出しを開けたかと思うと、一通の白い封筒を持って戻って来た。
「これは亡くなった理事長から預かった手紙だ。中には宝のありかが書かれているらしい」
「僕らが見てもいいんですか?」
理事長から学園を任せると言われたとはいえ、頷いたわけではない。
学園の中にあるというなら、当然宝も相続するものの中に含まれているはずだ。けれど、簡単には見るわけにはいかないだろう。
世界の宝なんて、価値のあるものならなおさらだ。
そう思ったけれど、向井さんは軽く頷く。
「構わない。どうせ、俺は解くつもりはないからな」
「解く?」
向井さんが僕に手紙を渡してくる。
「いいから早く」
倉野さんが急かすので、封がしていない封筒から手紙を出して広げる。すぐに倉野さんが思い切り顔を近づけて来た。近すぎて僕の方が見えない。
「何? 数字と、たんか?」
「短歌?」
僕も何とか手をずらして、紙を見る。
「いや、これは川柳かな」
36.6×× 138.1××
赤を経て 焦げた横糸 無になりて
二つの数字と五七五の言葉だ。
「なんだろう?」
僕ら三人はそろって首をひねった。
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