第10話 縦と横



 長い沈黙のあと、一番に発言したのは水上くんだ。




「やけに細かい数字だよね。どこかで見たことあるような」




「ああ!」




 倉野さんが大げさに握った手で手の平を打つ。




「世界地図。日本に来るときに飛行機でこんな数字見た」




 僕と水上くんも、思わず「ああ」と同じように声を上げた。




「緯度と経度か。確かにそんな数字だよね。調べてみよう」




 スマホに数字を打つ。すぐに地図のページが出て来た。




「場所は……、この学園?」




 長野県の山奥で、名前も私立慈従学園だ。




「でも、数字が学園を示しているからって何になるの?」




 倉野さんが首をひねる。




「宝のありかって意味なら、この学園の中にあるって意味でいいんじゃないのかな。場所だから、川柳も場所を示しているのかも」




 水上くんがあごを指でかきながら言った。僕と倉野さんも改めて、川柳を読む。




「そうかもしれない。全く予想がつかないけれど」




「そこに宝ある?」




 倉野さんが聞いて来るけれど、さすがに僕にも分からない。僕は紙から顔を上げて、向井さんの顔を見る。




「理事長はこれが宝の手がかりだって言っていたんですよね」




「そのはずだ。もういいか? 他に仕事があるんだ」




 向井さんは薄汚れた軍手をはめていた。どう見ても用務員の仕事だ。理事長代理でも、秘書の仕事には見えない。向井さんに続いて理事長室を出ていく。




「何かあれば、気軽に連絡していいからな」




 向井さんはひと言言い残して、去っていった。僕らも理事長室を出る。廊下の窓際に集まって、もう一度紙をのぞき込んだ。




「川柳は最初の言葉から分からないよね。赤を経て?」




 時間を経るなら分かるが、色を経るとはどういう意味だろうか。




「赤から変わるって言ったら虹の色かな。えっと、赤が一番上で次は橙色みたいだよ」




 水上くんがスマホで簡単に調べてくれる。




「じゃあ、最初の五文字は橙色? 次は焦げた横糸?」




「糸を焦がしてどうする?」




「横糸って、よく織物で使う言葉だよね。縦糸と横糸。なんで横糸だけが焦げるの?」




 次々と言いたいことを言い切った僕たち三人は、腕を組んで唸った。




 織機の糸が燃えたとして、器用に横糸だけが燃えるとは思えない。しかも燃えるではなく、焦げるという表現を使っている。




「横糸か……。縦糸じゃなくて、横?」




 僕はもう一度川柳を見てみる。




「あッ!」




 そこには縦と横があった。僕はもう一度スマホを取り出して、前の画面の世界地図がそのまま表示されている。




「川柳の前半は経線と緯線のことじゃないかな! 経ての経線で、横の線は緯線!」




 水上くんと倉野さんがスマホをのぞき込む。




 すぐに顔を上げて瞳をきらめかせた。




「きっとそうだよ! 数字も川柳のヒントになっていて、経線と緯線のことだ!」




「その線で確かめてみる価値あり!」




 僕らは胸を弾ませて、残りのヒントを考えてみる。一度、取っ掛かりが出来ると、するすると予想が口から出て来る。




「赤ってきっと赤道のことじゃないかな」




「うんうん。無になるって書いているからね。経度0度は赤道のことだ」




「じゃあ赤道だけじゃなくて、両方ゼロのとこ?」




 スマホを操作して経緯ゼロの地点を探す。アフリカ大陸の西側、あごの下にあった。




「ギニア湾だね。ということは」




 今度は水上くんがスマホを取り出して、学園の地図を表示させる。




 アフリカ大陸の場所は、学園でも西側だ。部活棟があり、ギニア湾にあたる位置は何もないように見える。ただ、学園において何もないとは考えにくい。




「宝、そこ! 早く行こう」




 興奮した様子の倉野さんが、僕らの答えも聞かずに駆け足で行ってしまう。




「倉野さん! 待って!」




 本当に宝があるかも分からない。それでも、他に導きだされることはないし、手掛かりもないのだ。僕と水上くんは倉野さんの後を追った。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る