第23話 ほっとした
温室は体育館と違い、いつ行っても人がいない。いち学園にあるとは思えないほど大きな温室だ。鉢植えの花もあるが、観葉植物の類が多い。
よく考えたら、この学園は植物だらけだ。まず、学園自体が森林に囲まれている。
部活棟の裏にはかなり広大な畑が広がっているし、二つの中庭には花壇もある。同じクラスにいる園芸部の生徒はいつも忙しそうだ。ほとんど観葉植物と特殊な手入れが必要そうな花々がある温室どころではないだろう。
いつもの温室のテーブルチェアセットに集まって、体育館と同じように川柳の謎を解くことから始めた。
「と、言ってもなぁ」
水上くんがボリボリと頭をかく。
「華やいだ暖かな部屋って、完全に温室のことでしょ。他に学園内にある?」
「音楽室は暖かかった気がする。音楽が聞こえるから華やいでいるかも」
「華道部とか花を生けるし、部屋も暖かいかも。あ、でも学園に華道部はないや」
僕はスマホで学園内の地図を隈なく見ていく。陽当たりの良い部屋は多くあるものの、どれも温室以上に川柳にぴたりと合致するとは思えない。
津川先輩が微笑んで温室を見渡す。
「難しく考えなくても最初の推理通り、温室のことでいいと思うよ。最後のもゆる日々というのも。萌える、木々が芽吹くという意味だからさ」
そう考えると、本当に川柳の全てが温室を指しているとしか思えなかった。だけど、全てが温室を指しているが、温室のどこかはさっぱり分からない。
倉野さんがぽそりとつぶやく。
「絵が隠されていると思う?」
「そりゃ……」
もう謎を解くのも五つ目だ。倉野さんの焦燥感も相当なものだろう。
絵画が見つかって欲しい。けれど、無責任なことは言えない。
「ここに絵はないと思う」
「え。津川先輩……」
きっぱりと言い切る津川先輩に僕と水上くんは驚いた。倉野さんをがっかりさせてしまうのではないだろうか。心得ている様子で、津川先輩は続ける。
「他の陶器や貴金属なら、温室にあるかもしれない。でも、隠されているものが絵画なら、こんな管理の難しそうな場所に隠すだろうか」
「確かに」
温室は高温多湿だ。貴重な絵を置いておくには向いていないだろう。
ところが、水上くんはすぐには納得しない。
「隠し扉の線もなし?」
「そうだね。体育館と一緒で、あの理事長がわざわざ作ったりはしない。謎が謎たるには、日常に潜んでこそだからね。それに隠し扉で保管していても、やっぱり温室での管理は難しいと思う。何年も開く人間がいないなら、なおさらだろう」
津川先輩が話し終わると、倉野さんが肩を落として鼻から息を吐く。
僕は気遣わないと、やる気をなくしてしまうのではと思った。
「大丈夫? がっかりした?」
「ううん。ほっとした。探そう」
ほっとしたのは、理事長のことを僕たちよりも知っている津川先輩が、絵画を大事にしているに違いないと断言したからだろう。
絵画は温室にはないと聞いて、僕は少しだけ意力がそがれた気がした。最後の謎だと思っていたからだ。
けれど、一番しょんぼりしていておかしくない倉野さんが前を向いている。
宝に縁もゆかりもない僕が文句を言えるはずもなかった。
僕らは植物図鑑を図書室からありったけ借りて来た。
それと、いまさらだけど折り紙の本も。
ピンク色の花の折り紙は、どうやらバラのようだ。子供にも簡単に折れる、真ん中が四つに開くタイプのバラだ。だから、バラの植えている場所を重点的に探す。
「痛い。けど、我慢」
バラのとげが手を傷つける。チクチクして、細かな傷を作る程度だが倉野さんは気にせず何かないかと探した。
「倉野さんはバラ以外の場所を探しなよ。見ているこっちが痛いよ」
夢中になっている倉野さんよりも、僕らならもっと気を付けて探す。
「うんうん。それか図鑑で花の名前を調べて、川柳と関連がないか考えた方がいいよ。正直言って、そっちの方が面倒だな」
水上くんは倉野さんの背中を押して、テーブルチェアセットの方へと押しやった。
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