第14話 いい穴場



 二つ目の謎が解けた後、三日ほど雨の日が続いた。




 僕らトレジャーハンター部部員は東棟の食堂へ行く。普段は外で食べている生徒も集まっているせいか、とてもにぎわっていた。




「あれって、津川くんだ」




「誰かと一緒なんて珍しい。後輩と仲良くなったんだ」




 津川先輩を物珍しそうに見て来る視線が集まっていた。見た目が麗しい倉野さんも、中身を知らない先輩たちがチラチラと見て来る。




 普通の見た目の僕と水上くんは、とても肩身が狭かった。視線に気を遣ってか、津川先輩が出口を指さして言う。




「……ここだと、席が取れないかもね。パンでも買って移動しようか」




「でも、どこにですか。僕らの教室だと、先輩居づらいと思いますけど」




 おそらくクラスメイトたちは、津川先輩を見ているだけじゃなくて、話しかけて来るだろう。話しかけられたら、おそらく津川先輩はふんわりとした答え方しかしない。ますます、東西の図書幽霊の名が広まってしまう。




 津川先輩は分かっているというように、食堂の出口を指さした。




「いい穴場があるんだ。行こうか」




「いい穴場?」




 疑問に思いつつも僕らは買ったパンを抱えて、津川先輩の後に続く。東棟から西棟への渡り廊下から外履きのスリッパを履いて傘を開いて歩き出した。




 行先はすぐに見えて来た。ガラス張りの円柱で大きな建物、中には緑が茂っているのが遠目でも分かる。温室だ。




「はじめて来る。でも、勝手に入ってもいいんですか」




「大丈夫。前に用務員の人に聞いたら、ゴミを散らさなければ使っていいそうだよ。奥の方にイスとテーブルがあるし、誰も来ないから穴場なんだ」




 傘を閉じて温室に入る。中は湿気のせいか、少しムワッした空気が流れ出て来た。中は観葉植物が多い。ここだけ学園から切り離された異世界のようだ。




 濃い緑の中に名前も知らない花の植木鉢が置かれていた。珍しい光景に思わずスマホを取り出して、写真を撮る。




「透、なかなか上手い構図」




 倉野さんが黄色い花の写真をのぞき込んで来た。少しだけ表情が緩んでいる。素直にほめてくれているということが分かった。




「あ、ありがとう」




 照れくさくなって、僕はすぐにスマホの電源を落とす。




「見せないの?」




 倉野さんは水上くんと津川先輩のことを首で示す。




「えっ、ああ。見せびらかすほど上手いわけじゃないからさ」




 うそだ。実はSNSでこっそり公開している。




 ただ、それを誰かに教えるつもりはない。誰にも言えない秘密なんだ。




 数分舗装された道なりに歩くと、白いイスとテーブルのセットが置かれている。




 倉野さんがおしゃれな雰囲気が気に入ったのか、満足気に言う。




「話を聞かれなくて、ちょうどいい。部活、ここでしよう」




「なんかトレジャーハンター部には似つかわしくない溜まり場だよね」




 水上くんがそう言うのも分かる。謎解きと言っても、一枚の紙と折り紙とせいぜいスマホを見比べて話すだけなのだ。




 そもそも、トレジャーハンター部に似つかわしい溜まり場というのも想像つかないのだけど。




「あれ、用務員さんだ。こんにちは」




 津川先輩が顔を傾けて奥をのぞき込む。用務員さんというから、つなぎを来たおじさんを想像した。




「こんにち……。あれ、向井さん」




 出て来た人は用務員の人ではなく、理事長代理の向井さんだ。




 ただし、やはり白いTシャツに汚れてもいいズボンと、どう見ても土いじりをしていた恰好をしている。この前も同じような格好をしていたので、秘書の事務仕事よりも多いのかもしれない。




 向井さんは僕らに気づいて、軍手を外しながら近づいて来る。




「ああ。津川くんが彼らを連れて来たのか。例のやつははかどっているのか」




 低い淡々とした声で確認するように言う向井さん。




「あれ? 若狭くんたち、用務員さんと知り合い?」




「あ、いや……」




 津川先輩に向井さんは用務員ではなく、理事長代理。僕を学園にまで連れてきて、理事長から預かった宝の謎を教えてくれたのだ。




「へぇ。そうか。理事長から預かった謎だったんだ。どおりで」




「どおりで?」




 津川先輩の言うことに、僕らの方が疑問符を浮かべる。




「僕がここに来ると、たまに理事長と顔を合わすことがあったんだ。顔を見るたびに言われたよ。本以外にも興味を持ちなさいって言われてね。噂のことを知っていたんだね」




 そりゃ、自分の学園の生徒のひとりが幽霊なんて、あだ名が付けられていたら気に掛けるに決まっていた。




「でも、僕は聞く耳を持たなかった。でも、理事長はこの学園には秘密がある、なんて仄めかしてきたんだ。僕を本から引きはがそうっていう嘘だと思ったけれど」




 僕は津川先輩の話を聞いて首をひねる。




「肝心の宝の謎自体は教えなかったんですね。本から引きはがそうというなら去年の時点で、津川先輩に教えていそうなものなのに。どうしてでしょうか」




 津川先輩も一年生のときに部活と言わなくても、仲間と一緒に過ごせば幽霊とまで言われなかったはずだ。




 すると、倉野さんが鼻息をふんっと漏らした。




「もちろん、宝の情報は機密事項だからに決まっている」




「決まっているって……」




 隠すようなことじゃないと言いかけて口をつぐむ。




 そもそも、なぜ向井さんが宝の謎をすんなり渡してきたかというと、僕が従慈学園を相続する権利を持っているからだ。




 僕の代わりに向井さんが口を開く。




「どうやら、理事長は謎の存在を一部の生徒には仄めかしていたようだ」




「聞かされた人たちは、どうして実際に謎を解こうとしなかったんだろうね」




 水上くんの言う通り、最初の謎は解こうと思えば誰でも解けるはずだ。それとも一つの謎が解けても、他の謎が解けなければ元の場所に戻していたのだろうか。




 そこまでして、謎を解いた先にはどんな宝が待っているのだろう。




 そもそも、あといくつの謎を解けば宝にたどり着くのだろうか。




「理事長はまぁ、そういう人だったんだ」




 向井さんの話に僕らの中の理事長像がますます謎のベールに隠されてしまった。




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