第13話 東西の図書幽霊
彼が目的の本を手にすると、僕とバッチリ目があった。
「こんにちは。また会ったね」
どうやら覚えられていたようだ。
東棟の図書室で会ったときと、それほど日にちを開けていないからかもしれない。
僕の方は身体の線が細くて儚げな人は他に知らないし、紹介してもらった本がとても役に立ったので覚えていたのだ。彼は僕の横の本棚に本を差し入れる。
「ところで、何か困ったことでもあるのかい」
僕らが三人集まって頭を悩ませている様子を見ていたようだ。
「実は――」
僕が代表して、学園に眠る宝のことを話す。いま、理事長の手紙の一つ目の謎を解いたことも。
目の前の人は、目を細めてくすりと笑った。
「君たち面白いことをしているね。しかも二つ目の謎の答えはこの図書室にあると踏んでいる。僕は学園の図書室のことなら詳しいから何でも聞いて」
やっぱり優しい人のようだ。水上くんが「あっ」と声を上げた。
「もしかして、二年の津川先輩ですか」
「水上くん知っているの」
「あ、ああ。まぁ」
ぎこちない顔で視線を逸らす水上くん。
それを見て、微かに笑い声を漏らしたのは津川先輩本人だ。
「困らせたら悪いよ。僕は
「東西の図書幽霊?」
確かに存在感が薄そうな先輩だけど、幽霊というには失礼だ。どちらかというと、薄幸の美少年あたりが妥当だと思う。
「東棟と西棟の図書室って結構離れているだろ。そこを短い時間で音もなく、移動するからっていう意味だそうだよ。聞いたときは、びっくりしたけれど、確かに昼休みはもちろん、短い休み時間でも行ったり来たりしているからかな」
確かに東棟と西棟は鏡あわせのような造りをしている。図書室は一番遠い。休み時間は十分しかないのだから、その間に移動して来ても、本を手にして戻るぐらいのことしかできないだろう。
「はー、本の虫って本当ですね」
「さしずめ、二つの図書室を飛び回るバッタってとこかな」
津川先輩には似つかわしくない虫の名称だったけれど、僕は黙っておいた。
「先輩。じゃあ、すぐにこれを解いて下さい」
倉野さんが川柳の書いてある紙と折り紙を押し付ける。相変わらず、先輩相手でも遠慮がない。
「なんだい。……川柳と靴か」
気を悪くした様子もなく、津川先輩は手に取った。二つ目の謎だ。
「そうか。それで西棟の図書室か。ヨーロッパでは川がよく活用されているというのは本当だよ。日本も川を使った移動手段があるけれど、それよりももっと多く活用されていると思う。川幅が広くて大きな船も通りやすいからね」
「津川先輩は行ったことがあるんですか?」
「いいや。本で読んだんだ。さて、この謎だけど、僕に心当たりがある」
僕たちは三人揃って、眼を見開いた。何日も頭をうならせていたことの方がおかしいと言わんばかりに、津川先輩は図書室の奥へと迷いなく向かっていく。
ついていくと、あまり人が来なさそうな奥まった場所にある本棚にたどり着いた。もちろん、周りには誰もいない。
「僕はこの折り紙の靴、シンデレラの靴だと考えた」
「「「シンデレラ?」」」
僕たちは三人で声を揃える。
「シンデレラの靴といえば、ガラスの靴」
「ガラスだったら普通は水色の折り紙で作ると思うけど」
「これは黄色ですよね、先輩」
津川先輩は僕たちの疑問をあらかじめ心得ているかのように頷く。
「そう。有名なアニメ映画のシンデレラはガラスの靴を履いている。あれはフランスの童話作家シャルル・ペローのサンドリオンという小説を元にしているんだ」
一通りのストーリーは知っているけれど、シンデレラに元の小説があったとは知らなかった。すらすらと説明が津川先輩の口から出て来るのだから、もしかしたら有名な話なのかもしれない。
「あれ? でも……」
水上くんがしゃがみ込んで、下の本棚の棚を見ている。
「ここにあるのは全部グリム童話みたいだけど」
僕もしゃがみ込んでみた。図書室の端にあるはずだ。グリム童話全集が揃っていた。童話の類を高校生は読まないだろう。
「シンデレラの原点はもう一つあるんだ。それが、グリム童話の灰かぶり」
「灰かぶり……」
キラキラしたイメージのシンデレラとはまるで真逆なタイトルだ。
「エラと呼ばれる少女が継母たちにいじめられる。その中には熱い灰の中に豆を投げて、拾わせるというエピソードがあるんだ。豆を拾うために灰だらけになる。だから、灰かぶり」
悲惨なエピソードに、ひえっと悲鳴じみた声が自然と出た。水上くんは苦笑いしてこぼす。
「具体的な内容は知らなかったけれど、元々のグリム童話は結構怖いって言うからね」
津川先輩が本棚の方へと近づいて、グリム童話灰かぶりと書かれた薄い本を引き出す。
「腰を折りっていうのは、下の本棚にあることと灰の中の豆を探すことを指している。そして、黄色い靴の折り紙は――」
ペラペラとページをめくる津川先輩。僕たちに一枚の素朴な挿絵を見せて来た。小鳥と少女と足元には靴がある。
僕らは次のページの文章に目を走らせた。
「金色の……、靴!」
書かれていたのはガラスの靴ではなく、金色の靴だ。折り紙は黄色だけど、これでガラスの靴じゃない意味が分かった。
「すごい! それで、宝は?」
倉野さんがもっともな意見を言う。僕は残りの手がかりを思い浮かべた。
「えーと、あと残っている川柳は歴史見る。歴史? シンデレラの?」
「それは、きっとこれ。今はバーコードで管理しているけど、以前は名前を書く貸出カードを使っていたんだ。これが歴史」
最後のページ、ハードカバーの裏をめくって見せた。半分に切られた紙の封筒が張りつけられている。そこに貸出カードを入れていたらしい。
しかも、カードの代わりに何かある。
「何か入っている!」
「すごい! 津川先輩、名推理!」
入っていたのは白い紙だ。開くと中にはやはり川柳が書かれている。
「えー……。またか」
真っ先に不平を漏らしたのは水上くんだ。僕もそろそろ宝にたどり着きたかった。とにかく、三つ目の川柳を確認しなければ始まらない。
帰る王 渓谷の夜 星が交わる
それと、白鳥の折り紙も出て来た。また、川柳と折り紙のセットだ。
「また、世界地図のどこかを示しているんだよね。その学園に一致する場所に宝かヒントがある」
「津川先輩、分かりますか?」
僕たち三人は揃って、津川先輩の顔を見つめた。津川先輩は不思議そうに僕らの顔を見つめ返す。
「どうして、僕なんだい?」
「それはもちろん、名探偵だから」
倉野さんが断言すると、津川先輩は軽く声を漏らして笑った。
「僕が分かるのは本のことだけさ。君たちが図書室にまでたどり着いたから、分かった。それだけのことだよ」
「それだけということはないと思いますけど」
たくさんの本の知識があるというだけで、とても頼りになるということが分かっていないらしい。
すぐに断られるかと思いきや、津川先輩は思案するポーズをとる。
「でも、そうだな。その学園に眠る宝っていうのに興味はある。うん。それにいつまでも幽霊って言われるのも、良くないよね。君たちと一緒にいれば妙な噂も減るかも。結構、親や先生に心配をかけているらしいからね」
「じゃあ、トレジャーハンター部に入部! これで上級生含めて四人! 部活作れる!」
倉野さんは顔を紅潮させて勧誘する。
「うん。いいよ」
津川先輩は今までの倉野さんの勧誘には絶対なかった快諾をして頷いた。
こうして、僕ら四人はトレジャーハンター部の部員となったのだ。
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