第19話 え?
もちろん、倉野さんの涙を見て動揺したのは僕だけではない。
「え、そ、そんなに、僕は強く言ってないよね」
水上くんは僕に同意を求めるけれど、とても頷くことは出来ない。倉野さんが不機嫌な態度を取っていたとはいえ間違いなく、水上くんに責められて涙を流している。
津川先輩がハンカチをスマートに差し出した。
「これ、使って」
嫌味のない言葉だ。倉野さんは受け取るものの、握りしめて涙を拭こうとしない。鼻水もすすっているくらいなのに。
しかも、どれだけ負けず嫌いなんだってくらいの強気の言葉が出て来た。
「独り占め、は、しない」
「「は?」」
強調した限定する言葉に僕と水上くんは、疑問符を浮かべる。
「ただ、宝が見つかったら、少しの間だけわたしに貸し出して欲しい」
――貸し出す。
どういう意味だろうと、一瞬考えてしまう。
宝が見つかって、もしそれが高価なものだったら、持って逃げしまうのだろうか。
でも、さすがに学園の一生徒で身元が完全に分かっている人間がするとは思えない。
「もしかして、倉野さん」
ふと思いついたように、津川先輩が口を開く。
「宝が何なのか、本当は知っているんじゃないかい?」
「あ……」
そうかと、僕は納得する。そして、ひとつの仮説が立つ。
「知らないって言っていた方が、僕たちが協力すると思ったんだ。秘宝って言った方が興味をそそられるもんね」
じろりとした上目遣いと、沈黙が帰って来た。正解のようだ。
「な、なーんだ。それならそうと言ってよ。泣くなんて、ちょっとズルいと思うな」
倉野さんが泣いたことに、まだ動じているものの、どこか安堵した水上くんが茶化して言う。でも、この場の空気が緩んだなら何でもいい。
「ほら、津川先輩がせっかく貸してくれたんだから、涙を拭きなよ」
とにかく、女の子が涙を流したままでは話しにくかった。
「う、う˝ん」
倉野さんは遠慮なく顔全体をハンカチでゴシゴシと擦る。お礼は言わないものの、そのまま津川先輩に返さなかっただけ、気を遣ったのだと思うことにした。
倉野さんが落ち着くまで、僕たちは待つ。アイスは解けていたものの、何とか食べきることが出来た。
僕と水上くんは、心持ち前のめりで本当のことを聞き出そうと瞳を輝かせた。
「ここまで来たら聞いていいよね。倉野さん、学園に隠されている宝ってなに?」
倉野さんはぼそりと小さな声で、ひと言だけつぶやく。
「え……」
「そんなに言いにくいこと?」
「だから、え」
「え? あ、ああ。絵画のことだ!」
こくりと素直に頷く倉野さん。
今まで曖昧模糊としていた宝。それが、具体的な絵画という姿で現れたことに僕たちは自然と色めき立った。
「有名な画家の作品かも!」
「そうだな。世界の宝と言うからには、何か特別なものが描かれていそうだ」
「これだけ手の込んだことをしているんだから、かなり高額な絵だろうね!」
津川先輩もいつもより、声が明るい。
「わたしの祖父は、その絵をもう一度見たいとだけ言っている」
「きっと、とても綺麗な絵なんだろうな」
「……うん。たぶん」
僕らは盛り上がっているけれど、倉野さんは浮かない顔だ。何かがおかしいと、誰からともなく静かになっていく。
「わたしの祖父、もうあまり覚えていない」
「え、何を」
「わたしのこと」
倉野さんのおじいさんが、倉野さんのことをあまり覚えていない。一瞬、なんのことだろうと思考が止まる。
「認知症。だね」
「あ!」
津川先輩の言葉で、僕もすぐに状況を理解した。
つまり、倉野さんは認知症のおじいさんのために、はるばるオランダから学園まで絵画を探しにきたんだ。
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