第18話 アイス
次の日の放課後。僕らは温室に集まった。
新しく見つかった四つ目の川柳の謎を解く。――その予定だった。
水上くんがハンカチで顔をあおぎながら言う。
「それにしても暑いよね。アイス買ってこようかな」
くすりと笑うのは津川先輩だ。
「西棟の購買で売っている、あずきのアイスバーが美味しいらしいよ。手作りだそうだ」
「早速、買いに行きます」
津川先輩の言葉に財布を手に立ち上がる水上くん。僕も気になるし、ひとりで行かせるのは悪い。一緒に行こうと立ち上がった。
ところが、重たい声が僕らの足を止める。
「待って。それどころじゃない」
倉野さんだ。椅子に座って、腕を組んでいる。
僕ら二人は能天気な顔でアイスを買いに行こうとしていたけれど、深刻な顔でテーブルに広げた四つ目の川柳と折り紙を見つめていた。
「いや、だけどさ。謎解きを始めてから、毎日のように動いているよ」
「毎日じゃない。雨の日は動けなかった」
その通りだけど、それでも倉野さんは何かと僕らに話しかけて謎を解こうと考えさせようとしてきた。ひとりで解くことは、不可能ではあったけれど――
津川先輩も少しだけ困ったように笑んで言う。
「さすがに小休憩が必要じゃないかな」
「だけど!」
顔を上げた倉野さんの顔は、早く宝を見つけたいという願望だけではないように思えた。どう見ても、必要以上に焦っている。まだ僕らは一年の始めで、津川先輩だって卒業するのは一年以上先。学園に眠るという宝を探すには、時間はまだまだあるはずだ。ライバルなんているはずもないのだし。
ただ不満はあるけれど、倉野さんには逆らえない。
僕はそう思った。
だけど、水上くんは違ったようだ。
「とにかく! 僕はアイスを買いに行くから! 倉野さんが謎解きをしたくても、話はその後だよ!」
これ以上は我慢ならないと水上くんは大きな体を揺らして、温室の出口へかけていく。
「待って、僕も行くよ!」
二人で背を向けて、止める声も聴かずに走り去った。
西棟の購買には、東棟にはないアイスの冷蔵庫が置かれている。学園でアイスを食べようと思ったら、ここに来るしかないようだ。森の中の全寮制の学園なのだから、もう少したくさんあってもいいのにと思うのは僕だけではないだろう。
駄菓子屋によくある冷凍庫が、一階の購買の横に置かれていた。
中をのぞくと、半分は市販で売られているアイスが、もう半分は手作りらしいアイスバーが並んでいた。暑くなってきたので、売れているようだ。
あずき、ミルク、イチゴ、オレンジの四種類ある。あずきが美味しいというのは本当のようで、一番売れているように見える。
僕と水上くんは、迷わずあずきを四本手にした。
「ギリギリ買えたね」
「今度、他の味も食べておこう。夏になると、三年の先輩たちが買い占めて、すぐに売り切れるらしいんだ」
学園の食べ物の情報を決して逃さない水上くん。そもそも、学園で売っている食べ物は不味いものはないが、水上くんが勧めるものはより美味なものばかりだ。
僕と水上くんが温室に帰ってくると、倉野さんと津川先輩は本を読んでいた。
「グリム童話?」
テーブルに積んであるのはグリム童話だ。倉野さんはヘンゼルとグレーテルを読んでいる。僕らがアイスを渡すことをためらうぐらい集中していた。
「買って来てくれたんだね。ありがとう」
さすがに津川先輩は僕らに気づいた。お金を渡して、アイスも受け取った。
「ほら、倉野さんも」
溶けたらまずいので、無理やり頬にアイスをくっつける。
「ひっ! 何するの!」
読んでいた本を投げ出すほど驚かせてしまった。そこまで驚くとは思わなかったけれど、これで買いに行く前のいざこざの空気も和んだかもしれない。
僕は何でもないことのように話す。
「とにかく食べようよ。大体、そう考え込まなくても、コアラなんだからオーストラリアに決まっているよ。つまり、体育館」
倉野さんは僕をにらみつつも、目の前にあるアイスバー奪うように掴みとった。
だけど、僕の道化が台無しになるような声が温室に響く。
「大体さ!」
水上くんがドカッと倉野さんの横の椅子に座り込んだ。
「僕ら倉野さんが無理やり誘ったから部活を作って入ったんだよね。それが、アイスを食べちゃダメとか、そんな命令する権利なんてあるの?」
「別に命令なんてしてない!」
一触即発という言葉がこの場に一番ふさわしいだろう。
仲がいいとは言えないけれど、ここまで険悪な雰囲気になったのは初めてだ。しかも、アイスひとつで。
「大体、倉野さん。あんまり謎解きに役立っていないよね」
「そんなことない! アムステルダムの話とか、穴だって掘った!」
二人ともアイスをかじりながらだから、間抜けな光景にも見える。だけど、眉を寄せていつもには見えない剣幕だ。
津川先輩は少し面白そうに眺めているだけだし、僕しか間に入る人間はいなかった。
「ま、まぁまぁ。ケンカしても、何も得るものは……」
少し身を乗り出して二人の視界に入る。けれど、水上くんは僕を押しのけてまで文句を言い出した。
「そもそもさぁ。倉野さんが言いだした部活だよね。一応、部活。部長だって、倉野さんなんだから、部活の雰囲気良くするのが部長の役目なんじゃない?」
ふんっと、そっぽを向く倉野さんの横顔は、絶対に頷くものかという意思が見えた。
「部長なんだから、部員は部長の命令に従うべき。部長の命令は一刻も早く謎を解くこと」
「だから、倉野さん。いろいろ勘違いしすぎじゃない?」
水上くんの怒りは収まらない。確かに命令なんて言われたら、頭には来る。けれど、倉野さんだって、冷静ではないことは明らかだ。売り言葉に買い言葉に違いない。
チビたちのケンカを思い出す。さすがに取っ組み合いなんてしないはずだが――
「勘違いじゃない! 謎を解きたいだけ!」
「謎、謎って頭おかしくなるよ! 倉野さん、本当はお宝を独り占めしたいだけじゃないのッ!」
「そ、そんなことッ!」
はじめて倉野さんが動揺する。瞳が明らかに揺らいだ。
「ない、とは言えない。けどッ!」
ないとは言えない。なにを? ――独り占めを。
水上くんではなく、僕の口からぼんやりとした声が出て来る。
「え……。倉野さん、見つかった宝を独り占めしたいの?」
四人ともつい数週間前に出会ったばかりで、すべてを信用していたわけではない。水上くんもストレスが溜まっていたように、僕も少しはイライラしていた。
ただ倉野さんは焦っていても、津川先輩は飄々としていても、たかが部活だ。それも学園に眠る宝を探すという、眉唾物の宝探しをする。
なのにどうして、こんなに険悪な雰囲気になるんだよ。
「独り占め、じゃなくて」
「えっ!」
さらに僕は驚愕してしまった。あれだけ強気で攻めていた倉野さんが、動揺したとはいえ、涙をはらはらと流し始めたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます