第26話 探し求めていた



 僕らは向井さんの大きな背中を見ながら、後に続く。そわそわと落ち着かなかった。




 落ち着けるわけがない。だって、どう考えても――




 通されたのは理事長室の隣の部屋だ。私室のようで、少し乱雑に向井さんがいつも着ている作業着が椅子にかけられていた。




 理事長室よりもごちゃごちゃと物が置かれた部屋の奥。その隅に、隠されるわけでもなく黒い重厚感のある金庫も置かれていた。




「もしかして、ここに絵が」




 倉野さんの声は疑問というより、確信だった。横を見ると少し涙ぐんでいる。




 僕らも間違いなく、ここに倉野さんのおじいさんが見たがっていた絵画が保存されているに違いないと思っていた。




 向井さんが隣に置いてあったサイドテーブルの引き出しから、鍵を取り出す。




「番号の順番は分かるか」




「あっ! はい! えーと」




 番号とは間違いなく、折り紙の裏に記されていた日付のことだろう。ペンを取り出して、折り紙の裏に丸印の数字を書いていく。




 金色の靴、ガチョウ、コアラ、花、ただの紙の順だ。




 日付は八つの数字だ。つまり、全部で四十の数字が並ぶことになる。




「もしかして、これが」




「ああ。暗証番号だ」




 日付でパターン化しているにしても、あまりにも長い番号だ。勘で当てることなど叶わない。




「押すか?」




 向井さんが振り返って、尋ねて来る。聞かれた倉野さんは無言で首を横に振った。




「じゃあ、開けるぞ」




 折り紙の裏を確実に確かめながら押していく向井さん。




 僕の心臓は当然、高鳴っている。探し求めていた学園の宝。倉野さんのおじいさんが認知症になっても、ずっと覚えている絵画。




 それが、やっと目の前に現れるのだ。




 金庫のドアが開かれると、水上くんがぽつりとつぶやく。




「本当に絵だ」




 出て来たのは茶色い箱だ。だけど、中身は一抱えする絵画だと素人でも分かる。




 向井さんが箱を持って、理事長室へと向かう。応接セットのローテーブルに置いた。




「開けるか?」




 また、向井さんは倉野さんに尋ねる。また、倉野さんは首を横に振った。




 箱を開けると、黄色い袋に包まれている。




 僕らは固唾を飲んで見守った。




 ゆっくりと取り出された絵画は、シンプルな木製の額縁に収められていた。




「これが……、祖父が見たかった絵」




 美しいという感想はすぐには出てこなかった。どちらかというと、不思議な絵だと思う。




 ――額縁いっぱいの花の絵だ。




 桜、チューリップ、ダリア、アルメリア、デルフェニウム。




 ずっと植物図鑑と向かい合っていたから、なんの花かすぐに分かる。そんな五つの花がごちゃ混ぜに描かれていた。構図も何もない。




 けれど、その色合いからか、花それぞれの美しさからか。




 僕らにその絵画は輝いて見えた。




 誰からともなく、つぶやく。




「……よかった」




「うん。この絵でよかった」




 約一か月半。謎を解き続けて来た。トレジャーハンター部として、決して仲が良かったとはいえない。頭を悩ませて、ぶつかり合って。




 僕らはついに探し出したんだ。












「あ。オパ」




 おじいちゃんのことをオランダ語ではオパと言うらしい。




 タブレットの向こうで、車いすに座っているおじいさんが、ぼんやりと空虚を見つめていた。いつもよりずっと大きな声で倉野さんは叫ぶように言う。




「見つけたよ、オパ! 見て! 見たかった絵、これでしょ!」




「近いよ、倉野さん」




 絵画をタブレットのカメラに思い切り近づけるので、僕は倉野さんごと引かせた。




 しかし、おじいさんの反応がない。




「ほら、この絵。チューリップ描いたのオパだよね!」




 チューリップの描かれたところを指さす倉野さん。やはり反応はない。




 遅かったのかもしれないと、誰もが思った。次第に倉野さんも涙目になって来る。




「すっごく大変だったんだよ? 最初はひとりで誰も協力してくれなくて」




 声も震え、絵を持つ手も危うかったので津川先輩が受け取った。




「五つも謎があったの。全然、解けなくて、みんなで知恵を絞って……」




「なぞ……」




 倉野さんのおじいさんがポツリとつぶやく。すると、倉野さんはすぐに興奮してタブレットに顔を近づける。




「そうだよ! 絵を探すのに、宝を探すのに。わたしたち、がんばって謎を解いた!」




「たから、探す」




「うん! 折り紙と川柳が謎になっていて、それがヒントになっていて。焼却炉とか体育館とか!」




 興奮しているせいか、いつもより支離滅裂だ。それでも、おじいさんは懐かしむように頷いた。




「和泉が、謎を作るのが、得意だった」




「和泉?」




「えっと、あ! 理事長の名前だ!」




 おじいさんは理事長になったことを知らないのだろう。ひとりごとのように続ける。




「マリオは、詩が。ミシェルは、花を育て。わたしは、絵が。わたしは、部に馴染めなかった」




 ぽつりぽつりと話すことに、邪魔をしないように相槌を打ちながら話を聞く。




 どうやら、理事長たちは趣味も正確もバラバラの四人組だったようだ。ただ、他の人たちはもっと気が合わない。




 だから、四人で中庭に集まって、よくあーだこーだと話していたそうだ。




 隠されていた絵も四人で、おふざけのように描いたらしい。しかし、完成すると、いつのまにか無くなっていた。




「和泉が、世界の宝だから、寂しいときに」




 ――見つけてね。




 つまり、認知症で薄らいでいく意識の中、思い出したのだ。理事長の、昔の友の大事な言葉を。




 僕らは倉野さんを一人残して、理事長室を去った。




 倉野さんは今までに見たことがないほど、笑みを浮かべて話していた。




 

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