第5話 ルームメイト
ギギギと木製のドアを開けると、広いロビーが僕を出迎えた。外見は古めかしかったけれど、内装は現代モダンなライトがぶら下がり、赤い革製のソファが並んでいる。
いつも適当な格好をしている僕でも、おしゃれな内装だと思う。
奥には古い振り子時計があった。その時計だけが、建物と同じ時間を過ごしているようだった。
「君の部屋は三階だ」
僕は向井さんのあとに続いて階段を登る。木製の手すりには傷にニスが塗って補修してある。階段は五階まで続いているそうだ。三階でまだ楽な方でよかったと思う。
途中、学ランの男子生徒たちとすれ違った。明らかに向井さんの強面にビビっている。道を開けていくので、さながらモーゼが海を割っていくような気分を少しだけ味わった。
新参者の僕だけでなく、向井さんまでジロジロ見られている。生徒にとって理事長秘書というものは、ほとんど顔を見ないだろうから仕方ないかもしれない。
角を一つ曲がったところで、向井さんは止まった。
「305号室。ここだな」
部屋のドアの札には、
二人部屋に違いなかった。向井さんは無造作にノックをする。十秒ほど待って、中から返事があるとドアを開けた。
「えっと、こんにちは」
中に入ると、ひとりの男子生徒が部屋の中央に立っていた。ふくよかな体型で、学ランのボタンが張り詰めている。顔は緊張のせいか、向井さんに怖がっているのか、少し引きつっていた。
「転校生の若狭透くんだ。案内してやってくれ」
「あ、はい」
転校生が来ることは事前に知らされていたのだろう。ただ返事をするものの、向井さんのことを誰だろうという怪訝な目で見ていた。
「じゃあな。明日は職員室に行ってくれ」
「分かりました。ここまで、ありがとうございました」
軽く手を上げると、向井さんはあっさりと去っていく。詳しい説明もなく、本当に連れてきただけだ。広い学園なので滅多と会うこともないのではないだろうか。
悪い人ではないが、悪目立ちをすることは確かなので、少しだけほっとする。
所在なさそうにしていた水上くんがおずおずと話しかけて来た。
「えっと、こっちのベッドをオレが使っているから、こっちのベッドを使って」
クローゼットの横にベッドと机が並んでいる。その三つが向かい合っていた。
使っている机には乱雑に並べられた教科書やノートの他に、スナック菓子がたくさん入ったプラスチックの籠が置かれている。
「あ、僕は水上深志。えっと若狭くんと同じ高二だよ」
「よろしく、水上くん」
僕たちは照れながらも、互いの手を軽く握った。
ボストンバッグをベッドの上に置き、荷物を整理していく。
机の上には教科書が積んであり、クローゼットには新しい制服がハンガーにかけられていた。準備は万端だ。
「オレも制服から着替えるから、その間にこれでも食べていて」
差し出されたのは白い紙袋だ。コロッケかと思ったが、中を見ると平たいラグビーボールのような形をしている。カレーパンのようだ。
「それ。東棟の購買にしか売っていなくて、冷めても美味しいから」
彼なりの歓迎の品のようだ。ありがたく受け取った。
僕はベッドの脇に腰かけて一口かじる。衣はサクサクしていて、中のパンはふわっとしていた。カレーの具はゴロゴロしていて、いつも食べている中辛よりも辛めだ。
「うん。うまいよ」
「コンビニの揚げ物コーナーみたいなところに置いていて、ほとんど出来立てを食べられるんだ」
「へー。出来立てのカレーパンを置いているなんて珍しいね」
確かに特別に置いてあるだけあって、作る人のこだわりを感じた。
「じゃあ、行こうか」
水上くんは制服から着替えて、シンプルな水色のシャツと白いズボンの姿になっている。
「学園は広いからね。今日は時間もないし、寮内だけを案内するよ」
「うん。よろしく」
僕らは部屋を出ると、階段を下りていく。
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