第4話 深い森の中



 次の日の早朝には向井さんがやってきた。両親から書類にサインをもらうなど、テキパキと転校の手続きをしていく。転入試験は必要ないらしい。そもそも僕が通っている学校と、同じくらいの学力なのだそうだ。




 その次の日には通っている学校に転出の意思を伝え、クラスメイトたちに別れを伝える。あまり一緒に遊ぶこともなかったし、ラインで繋がっているので悲壮感も全く感じず学校を後にした。




 そして、向井さんが家に訪ねてきて三日後、僕はボストンバックを一つ抱えて、電車に乗っていた。




 揺られること数時間。誰も降りない駅に僕だけが降りた。改札を出て、駅の周りを見渡す。周りに何もなく完全にさびれていた。どう見てもどのつく田舎の駅だ。




「よく来たな」




「あ、向井さん」




 駅から出て横を見ると、向井さんが立って待っていた。




 はじめて会ったときは、後ろになでつけていた前髪も下ろしている。相変わらず目つきは鋭いが、威圧感は多少和らいでいる気がした。




 服もスーツではなく、ロングTシャツにデニムだ。




「こっちに車を止めてある」




 口を開くといささかぶっきらぼうで、後ろを向いてさっさと歩いていく。なので、やはり簡単には親しくなれそうにはない。




 僕は慣れない土地に少し身をすくめながら、二、三メートル後ろをついていく。

駅から少し離れた場所にある駐車場には、すぐにたどり着いた。




「荷物は後ろに置いてくれ」




 僕は目を瞬かせる。理事長の秘書というからには、高級車に乗っているのかと思っていた。だけど、向井さんが指したのは軽トラックの荷台だった。




 そのまま、自分は運転席に乗り込んでいく。




 普通車ですらないなんて。僕はいまさらながら、来て正解だっただろうかと頭を悩ませる。荷台も薄っすら乾いた泥がついていて、綺麗とは言えない。




 写真では綺麗な学校に見えたけれど、もしかしたら何十年も前の写真なのかも。




「どうした」




 向井さんが窓から顔を出して振り向く。




「い、いえ。いま、乗ります」




 別に多少汚れても構わない、そこら辺のスーパーで売っているボストンバックだ。反動をつけて、荷台に乗せた。僕は軽トラの助手席へ乗り込む。




 シートベルトをすると、向井さんは無言で車を走らせ始めた。




 ぽつぽつと家と畑があるだけの田舎道。それすらもなくなり、やがて山の奥へと入っていく。道こそ整備されているけれど、本当に何もない森林地帯だ。うっそうとした杉の林が延々と続いている。何十分走り続けただろうか。




「こっちで合っていますか? こんなところに学園があるとは……」




 さすがに長い沈黙に耐え切れなくなった。




 この先、本当に慈従学園があるか分からなかったからだ。




 もしかして、自分は壮大な特殊詐欺にあっているのではないだろうか。貧乏人を狙うはずはないとは思うが、腎臓でも売り飛ばせば金になることぐらいは知っている。




「ああ。長かったか。あと十分くらいで着くぞ」




 景色は変わらない。本当だろうかとは思うが、ここで降ろされても路頭に迷う。ずっと一本道を走っていた軽トラが右の道に曲がった。




 すぐに、あれ?と思う。明らかに植えている木々が変わった。うっそうと茂る杉から太陽が透ける新緑の林になったのだ。




 数分ほどで、軽トラのスピードも緩やかになる。赤茶色のレンガタイルの塀が横に続いているのが見えて来た。鉄の門扉の前で軽トラは止まる。




 向井さんは軽トラから出て、門扉の横にある機械に近づいた。機械を操作すると、自動的に門扉は動いていく。




「じゃあ、まずは寮に行くぞ」




 再び軽トラを走らせ始めた。




 中に入ると、アスファルトの道からブロックが敷き詰められた道に変化する。新緑が繁る街路樹も整然と並び、今は咲いていないツツジだろう木々も植えられていた。




 奥には大きな立方体の建物。おそらく体育館だろう。




 木造で古風ではあるが、外観では特別古びているとは思わなかった。




 体育館の前で道が二股に分かれている。右に行くと、石造りの大きな洋館が姿を現した。緑の屋根に白い壁で、ヨーロッパの城を移築してきたのかと錯覚する。




 駐車場はなく、前にある草地に車を停める。よく車を停めているらしく、草地が踏みしめられてタイヤの跡に土がむき出しになっていた。




 キョロキョロしながら軽トラから降りると、向井さんが僕のボストンバックを既に抱えていることに気づく。




「あ、すみません。自分で持ちます」




「いや、長旅だったからな」




 向井さんはそのまま、寮の入口へと向かった。僕は恐縮しつつも、後をついていく。




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